第2話
昨日は確か……と、うすぼんやり思い返す。
そうだ。
あの日、職員玄関で偶然一緒になった海野先生に突然「あなたに一目惚れしました。付き合っていただけませんか」と言われたんだ。
それに驚きと困惑のちゃんぽんで半ばパニックになり「ごめんなさい」と逃げ出した。
その勢いのままに明里に連絡をして、愚痴会をしたんだった。
「そもそもさ、教師間の恋愛って無しでしょ!」
私はビールのグラスをテーブルに置きながら、目の前の同僚に私は投げかけた。
「まぁまぁ、落ち着いてよ」
同い年の同僚で親友、家庭科教員の
「だってさー……」
「いやいや、凄いことじゃない? 海野先生って3個上で年齢も丁度いいし、顔はま
ぁ普通だけど身長が高くて優しいから女子生徒にもそこそこ人気。これは優良物件じゃない?」
先輩教師の好感要素を、明里は指を追って抽出する。
「でもさ、普通は食事からとか色々あるじゃん」
「食事はしてるじゃん。たまに学食で一緒になるし」
「あれ食事のうちに入らないでしょ。たまに3人になるくらいじゃん。1対1はないし……それにいきなり付き合ってとか……」
ありえない。そう断じる。
食事からでも、私が男の海野先生と付き合うなんてことはありえない。
同じ中学校で働く教師だからではない。
そんなことを知らない彼女から言葉が返ってくる。
「それだけでもあの人には十分だったんじゃない? 音楽の先生で琴乃は綺麗だし面白いし何よりマメじゃん。好きになっても仕方ない」
そしてそんなことを居酒屋のテーブルで頬杖をつき、ぶー垂れて見せる私に、明里は笑顔をくれた。
「面白いって……」
「ちょっと偏屈で面白いじゃん。一緒にいて楽しいよ」
目の前の彼女から褒められると、どことなく体が熱くなる。
綺麗とか楽しいって言われると、なおさら。
無意識に明里の湿った唇に視線を向けていたことに気づいて、バレないよう視線を逸らして誤魔化す。
視線がバタフライレベルで派手に泳いでる。
「それに音楽の先生ってなったら、そりゃあモテるでしょ」
「そんなこと言って、明里だって可愛いし家庭科の先生じゃん。家庭的でモテるでしょ?」
誤魔化すようにテーマをそのまま投げ返した。
でも実際明里だってモテるはず。
気立てが良くて、可愛くて、食べたことあるけど料理も上手。
身長は小さいのに器は大きい。
猫のように丸い瞳に、パーツのバランスのいい顔立ち。
漆のような黒髪はいつもツヤツヤで、調理実習の片付けをしてる時にはポニーテールにしてる姿を見れる。
行事の時は髪を編んで華やかめにしてる。
モテないはず、なし。
「私は全然だよ。そういうのってほら、付き合ってからじゃん?」
でも彼女はモテ女仕草で否定してみせる。
顔の前で手をひらひらさせながら、そう言う明里。
全然。と言われて少し安心する自分がいる。
そっか。となると明里の魅力を私以外が見つけてないんだろうな。
独り占めしている気がして気分が良い。
「まぁでも同じ学校の教師同士で付き合ったりしたら、生徒に噂されそうで嫌だよねー。琴乃の気持ちは分かるかも」
「生徒じゃなくて先生が噂になるのも良くないよね」
手が早い学生が職員会議や朝礼で話題に上がることはあるが、先生側が生徒の話題のタネにされるのは流石によろしくない。
あくまで生徒の規範となるべき存在なんだし。
「そうそう、高校時代に先生同士のデート見たことあるけど、生徒的にもなーんかむず痒いし」
舌を出してウゲーっとしながら大袈裟に言ってみせ「だから振って正解なんじゃない?」と明里は笑ってくれた。
そんな優しさに、中学校での生活を支えられている。
気遣いの鬼すぎて、温かい。
鬼というより……思いつかないけど、そのくらい気遣いの人。
優しい。嬉しい。良い友達。
同い年で教員として採用された仲間として、こうやって愚痴を言いながらお互いに励まし合っている。
私の方が少しだけ愚痴の量は多いけれど……。
「んー。でも今日は疲れた! すいませーんビールもう一杯くださーい!」
何もしてないのに告白されて、断るのは凄い疲れる。
断る準備というか、告白する予兆くらいは見せてほしかった。
海野先生もだけど、良い人ではあると思う。
けど、私は付き合えない。付き合うつもりがない。
「明日も学校あるのに大丈夫?」
「なんとかする……!」
「おぉ……そっかぁ。まぁ水飲んでゆっくり寝るんだよ。アルコールの分解って結構身体に負担なんだから」
喉にも良くないけれど、今日みたいな日くらい構わないでしょ。
座ってピアノを弾くだけならいいけど、歌の指導もだから音楽教師は意外と肉体労働だ。
さらに合唱部の指導もあるわけで、主要科目じゃない教師とはいえ忙しい。
多少なりメンタルのリフレッシュがないと身体がついていかなくなる。
「家庭科の先生みたいなこと言うねぇ。明里せんせーは」
「はいはい。まぁしっかり者の琴乃なら大丈夫か」
姉や母の持つような、そんな明里の暖かい笑顔に私は癒されていた。
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