お祝いの品騒動
SB亭moya
前編
「あけましておめでとうございます。こちら新年の『お祝い』として受け取っていただければ……」
そう言いながら、強い磯の香りのする大きめの発泡スチロール箱を差し出す男の顔には、冷や汗と切実さが痛いほど伝わってくる。
確か彼はお隣さんだ。
「明けましておめでとうございます……なんですか? これは」
「ええ……タラバガニです」
「へ!?」
「あの……ちょっと重たくて。置いて良いですか?」
「いや、困ります! ありがたいですけど困ります! 突然そんな、タラバガニなんて……」
「いいや!!」
僕が受け取りを拒むと、彼の顔は一層険しくなった。まるでこの状況において、自分が正義だと主張せんとしている。
とにかくこれを僕が受け取る義務がある。何故かそう言いたげな目だ。
例え僕が、カニやエビがアレルギーで食べられないとしても、だ。
これは一体何が起きているのだろう? そしてなんだ? この、玄関の戸を開けた瞬間に外から流れ込んでくる臭みと、家の前の車の混雑具合は。
そしてこれは警察だろうか? 拡声器で車両誘導をしている。
「申し訳ないが、空気を読んでいただきたい……!」
お隣さんは強い口調で言う。
そうはいうが、僕は食べられないのだ。カニを。
あと、こういうことを生き物に対して言うのは間違っているのだろうが、エビとカニが食べられないと知った時から、僕はなんだかエビは触覚の生えたイモムシに見えるし、カニはハサミを持った蜘蛛に見えるから食欲をまるでそそらないのだ。
「いや、結構です」
僕が冷たくドアを閉めようとすると、男がそれを足と発泡スチロールで妨害する。
何がなんでも受け取ってもらわないと困ると言った顔面だ。
それでふと、階下の道路に目をやると、家の前に4tトラックが止まっており、業者の方が黙々と、同じ形の発泡スチロールをマンションの前に積み上げているのが見えた。
無限に出てくる。そして国道が、白い箱で埋め尽くされていく……。
おそらく、この澱んだ外気の原因は、あれだ。
あれ? あのトラック、そういえば朝にも来てなかったか?
「…… 何があったんですか」
僕にだって聞く義理はあるだろう。何せ、食べられないタラバガニを押しつけられようとしているのだ。
するとお隣さんは重たそうに発泡スチロールを抱えながら、さらに重たそうな口を開いた。
「……妻が当てちゃったんです」
「何を」
「『新年御祝いギフト、S賞』です……」
「『新年御祝ギフト』!?」
なんか聞いたことある。ウチにも届いたチラシのやつだ。あれのS賞はたしか……
「タラバガニ一年分ですか!?」
するとお隣さんは重々しくうなずいた。
「まさか……今日中に全部届くとは思わなかったんです……」
段々と、状況が呑み込めてきて怖くなってきた。
「い、いったい、何杯のカニが……」
「それが……千九十五杯とか言ってるんですよ……」
三百六十五×三食分だと!?
マジで一年分届くというのか!? 今日中に!? どんな嫌がらせだ!!
「今下に停まってるトラックで二台目……この後二台のトラックがこのあと、ここにタラバガニを送りつけてくるらしいんです……
とてもウチじゃあ捌ききれません!! だから、あなたを含む同じマンションの方々には、このカニを引き取ってもらう以外に道はないんです!!」
「そんな身勝手な!!」
「じゃあどうするんですかあれ!! 教えてくださいよお!!」
お隣さんはもはや泣きそうである。一年分のタラバガニを、今日中にどうにかしないといけないのだ。こうもなるだろう。
だが申し訳ないが加害者が被害者面をしているようにしか僕には見えない。
「申し訳ないが僕はカニが食べられないんだ! 見るのも嫌だ! ぶっちゃけ匂いも苦手だ! これははっきり言って迷惑です!」
「あんた、他人事だと思ってそんなことを言うけどなあ……」
すでに発泡スチロールを持っている手が震えている。相当重たいのだ。
「匂いがダメって言ったな!? 明日からこの地区はカニ臭で支配されるからな!? 可哀想に! 千杯もの蟹がやってくるんだぞ!? 今日中にな!! ウチで腐らせてみろ……隣のあんたは地獄だぞ!?」
「なんで僕が脅されないといけないんだ! そんなものを引き当てたのはあんたの奥さんだろう!」
「そう言う小さいレベルの話をしてるのではないと言いたいんです!! 誰がゴネてもスネても怒っても、来るんですよ! てか来てるんですよ! カニが!!」
「送り返せよ!」
「無理に決まってるでしょう!? ちなみにどこかに郵送も勘弁ですよ!? 金額がすごいことになります! とにかく! これは我が家だけではなく、この地区の災害として考えてほしい! あなたも他人事ではないんです!」
なんてことだ。災害に巻き込まれたわけか僕は……いやおかしいだろう!!
そして震源地にいる一番の被災者が、実に身勝手な事を口走る。
「食えないなら飼いなさいよ! まだ生きてるからこれ!」
「無茶苦茶言うな! カニなんか飼えるか! あんたが責任もって飼え!」
「なんの責任だ!? 私たちが何をした!? 抽選しただけだよ! そしたら、当たっちゃったんだよカニが!!」
「『当たっちゃった』はおかしいだろ! 当たる可能性はあったわけだろう! 食いたかったんだろうカニが!!」
「全部今日中にくるなんて思わないでしょう!! 普通!!
とにかくこれはもう、うちだけの問題じゃないですから!! 引き取ってもらわないと困ります!
あと何件も残ってるんだこんなところで口論してる時間ももったいない! じゃあ! 頼みましたからね!」
「あ! ちょっと!! あんた!! おい!!」
発泡スチロールを、扉のところに無理やり置いて、お隣さんは走り去って行ってしまった。
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