第2話 冒険者になりたい理由



「今……なんて言ったんだクロノ」


 聞こえていたし、理解もしている。顎髭が目立つベテラン冒険者、ガッツさんがもう一度確認したがった理由は単純。

 自分か僕のどちらの頭がおかしくなったかを確認する為だろう。そんな顔をしている。


「えっと、だから冒険者になりたいんです」


「いやそうじゃなくて、なんで冒険者になりたいって?」


「はい? ですから、ラインハルト君の顔を歪ませたいからですけど」


 と、答えたすぐ後に「物理的に」と付け足した。多分地位や名誉で彼は歪まない。

 あのタイプは他人に惜しみなく賞賛を送れる人格者だ。僕と違って。


「えー……冒険者にゃなれるかも知れんがお前、理由それでいいのかよ……」


「駄目ですか? うーんじゃあ、ついでにエリックにも一発入れときたいですね」


「怖ぁ……お前怖ぁ」


 ガッツさんは露骨にドン引いた顔をしている。エリックに恨みはないけど、理由が弱いと言うなら仕方ない。


 この際、やられてきた分だけでもちゃんとお返しはしておこう。


 それに僕は知っている。この破剣ギルドはウィズダムにおいて超絶不人気、圧倒的嫌われ者、故に万年人手不足! 雑用係とはいえ冒険者志望を断る理由は少ないはずだ。


 ただ、一つ懸念点があるとすれば――


「ギルドマスターがそれで納得するかだな」


 ガッツさんもやはり同じ事を考えていたらしく、能力よりもギルドマスターの認可を心配していた。


「ははは……あの、一応聞いておきたいんですけど、僕、ヴォルフガングさんに殴り殺されたりしませんよね?」


「……うーん」


 えぇ……そこは大丈夫だと言って欲しかった。そんな微妙な顔をしないで欲しい。

 ガッツさんあんた、ベテラン冒険者でしょうに。長年の付き合いで何とか言いくるめて……と思ったけど、多分無理だ。


 唯我独尊、破壊神、核弾頭、そんな単語が似合う彼が説得に応じるとは思えない。


「困ったな……そうするとヴォルフガングさんもいつか凹ませないといけないかな」


「く、くくくくクロノお前なんちゅー事……」


「いやいや、さすがに冗談で」


 ヴォルフガングさんに恨みはないし、なにより雑用係としてお世話になっている身だ。

 僕は捻くれてる自覚はあるけど、恩知らずなんかじゃない。多分。


「す、よ――?」


 瞬間、視界が反転。

 反転所じゃない。グルグル回っている。横ではなく縦に。直後の浮遊感。重力を忘れたみたいに僕は飛んでいる。


 ん? 飛んでいる!?!?!?


「ギャアアアアス」


 投げられた、と自覚したと思うと頭頂部に衝撃。痛いなんてもんじゃない。


 「ふぎゃ」と声がしたからにはきっと誰かに当たってしまったのだろう。

 何が起こっているのか分からないけど、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。


「痛い!? てめぇクロノこの野郎! いきなり上から降ってくるたあ、いい度胸じゃねぇか! 恨みの晴らし方がキモイぞてめえ!」


 ああ、エリックか。ならいいや。


「ち、違う僕は」


 僕の胸ぐらを掴み、ワーギャーと騒ぎながら揺すぶるエリック。日頃の行いと言うやつだろう。可哀想。

 揺れる視界がふと、止まる。いきなり止められると首がガクンってなるからやめて欲しい。


 と、ここでエリックの視線が僕に向けられて居ない事に気が付く。

 僕より上、つまりは後方にある。彼の恐怖に満ちた表情と、僕がいきなり宙を舞ったことを考えると大方想像がつく。


 さっきのが聞かれていたと思った方がいいかな。ここはエリックに助けてもらおう。

 日頃彼の憂さ晴らしに協力してるんだから、それくらいはいいはずだ。


 僕はエリックにだけ聞こえるような小さな声で、


「やばいよエリック、僕を逃がしてよ。今すぐ窓に向かってぶん投げギョエッ」


頭部に衝撃。


 僕の華麗なる逃走劇は、どうやら始まる前に終わったみたいだ。

 鏡ないから分からないけど、頭が首にめり込んだ気がする。


 視界がいつもよりちょっとだけ低いもの。


「よおクロノ。お前、俺の事ぶち殺すとか何とか言ってたな? 聞こえたぞ」


 いいえ。いいえ! 断じてそんな事はおっておりません。私雑用係クロノ、神に誓います。言っておりません。


「あばばばば」


 僕としてちゃんと言葉にしたつもりだが、この喉は目の前の悪鬼……もとい、ヴォルフガングさんにビビり散らかして正常に機能してくれない。


 人間離れしたゴリラみたいな肉体、獰猛な肉食獣のような鋭い眼光。

 獅子のような金色の髪、そして荒っぽい馬鹿なみたいな性格。神はなんでこの生物を産んでしまったのだろう。


 僕の記憶が正しければ、人間は知的生命体だろうに。


 ウィズダム屈指のSランク冒険者であり、破剣ギルドのマスター。


 それがこの破壊神ヴォルフガング・ジャガーノート。名前からして怖いよね。

 ウィズダムって多分名前で個体性能変わる特性あると思ってるよ僕は。


「ま、マスター……そう! こいつ、こいつがですね!」


 普段強気なエリックもビビり散らかし、膝が分身する勢いでガクガクしている。


「ああ? エリックてめぇ、いつまでDランクなんてゴミに留まってんだよ。お前入団当初俺になんて言ったか覚えてるよなァ?」


 知ってます僕。その噂知ってますよ!


「あばばばば」


 頑張れよエリック。君なら何とか答えられるだろう。ええ? 出来ないって、仕方ないな。

 じゃあ、僕が代わりに答えてあげるよ。


「……確か、ヴォルフガングさんなんか三日で勝てる。とかごにょごにょ」


 ボソッと呟いた瞬間のエリックの表情はきっと生涯忘れる事はないだろう。人間って絶望する時、こういう顔をするんだと、魂に刻まれた気がした。


「――――」


 その後、瞬きをしたらエリックは消えていた。ついでにいうと、ギルドの壁も一部消滅していた。


 さよならエリック。多分僕もすぐ逝く。


「で? クロノ、お前冒険者になりたいらしな」


「え……ええ、まぁ。でもヴォルフガングさん、出来れば引き摺るの辞めませんか? 凹んだ首の戻し方って多分違うと思うんですよ」


 そのままズリズリと引き摺られる僕を皆哀れな目で見ている。触らぬ破壊神になんとやらだ。

 その後気付けばギルドの外まで連れられ、ポーンと放り投げられる。


 おお! 遠心力で首が戻りそう!


「さっきの話だが……雑用係が天下のラインハルトをぶん殴りたいって、正気か?」


 ひっくり返り股の間から顔を覗かせる僕に、ヴォルフガングさんはそんな事を聞いてきた。


「だめ……なんですかね」


 この人の事は嫌いじゃない(好きでもない)。でも僕の心を否定する権利はないはずだ。それが例えSランクの彼でも。


「ラインハルト・スターダストは近い内にSランク……俺と同じ位置に上り詰める。これはまず間違いない。あいつはそれ程の器だ。お前、つまり……いつか俺に勝てると思ってんのか?」


「――ひっ」


 身体が勝手に震える。怖い。逃げたい。この場から、今すぐ。何もかも投げ出して消え去りたい。


 これが人の放つ圧だと、誰が信じる。気を抜けば、いや、抜かなくても押し潰されそうになる。自分がちっぽけなアリにでもなった気分だ。


 でも、それがどうした。僕にだって譲れないものはある。僕は死人なんかじゃないし、今だって生きてるんだ。


 僕は死人なんかじゃない!


「ふー……ふー……! あんたにはわからないさ。僕の気持ちは。僕はあいつをぶん殴って、生きてるって証明したいんだ!」


 怯まない。逃げない。そんな事しても変わらない。なら、真っ直ぐ、相手に伝えるんだ。僕の気持ちを、ただ真っ直ぐに。


「……くくく、おもしれぇなクロノ。俺の前で大口叩く奴は久しぶりだ」


 ※エリックを除く。


「その勇気に免じてチャンスをやる。ギルドの正式な入団試験だ。今からネリアと戦ってもらう。その内容で合否を判断する。ネリア、来い」


 ネリア? ネリアってネリア・ジャガーノート?


 今日に限っているのかあ。彼女はほとんどギルドに顔出さないので、一年くらい雑用係をしていてもまだ見た事がない。でも確かAランクだったはず。

 僕、生きて帰れるのかな。不安になってきた。


 でも仮にも妹……つまり女性。


 くそ、ダメだ。筋骨隆々のメスゴリラしか思い浮かばない。

 あの強烈な遺伝子はきっと性別を超えてくるに違いない。


 と、思っていると空からロングブーツの絶対領域が……ああ、えっちだ! 白い太もものチラリズム! 刺激的だ!


 すたっと、華麗に着地したのはとんでもない美少女。容姿を見る限り血の繋がりはなさそう。


 雪のような純白の長い髪。切長で吸い込まれそうになるほど美しい紫紺の瞳に華奢な体躯と、可憐な美少女という言葉が良く似合う。


 これはまず間違いなくネリアさんではない。妹ではない。遺伝子が違いすぎる。


 そんな謎の美少女は僕を一瞥すると、ヴォルフガングさんに向き直り、吐き捨てるようにこう言った。


「何よクソゴリラ。私、戻ってきたばかりで休みたいのだけど。こんなグズの相手、私じゃなくて十分でしょう? あなたもそのぶら下がってる粗末な物を大事にしたいなら消えなさい。この雑魚」


 訂正、やっぱり遺伝子は同じだ。全部中身に反映しているらしい。



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