雑用係の下克上~百年に一人の逸材……の顔面をぶん殴るために冒険者になりましたけど、何か?~

吉良千尋

第1話 超新星と雑用係

【冒険者速報】

 百年に一人の逸材! 超新星現る! 冒険者歴一年ラインハルト、史上最速Aランク昇級!


 宙を舞う新聞が僕の顔にぺたりとへばり付いた。見ると、ああまたか、とそんな感想しか浮かばない。

 ラインハルト・スターダスト。もう名前からしてそれっぽい。彼はこの迷宮都市ウィズダムではかなりの有名人だ。


 くせっ毛の黒髪で目が隠れている僕とは大違いで、サラサラの綺麗な金髪で当たり前みたいに顔もいい。

 それに加え、ずば抜けた戦闘センス、そして性格も前向きで明るく、彼の陰口なんて聞いた事がない。完璧超人ってやつらしい。


 ギルドの雑用係をしている僕なんかとは、比べ物にならない程の逸材だ。

 でも僕は彼に憧れなんてないし、今の暮らしに満足している。


 迷宮ダンジョンに行って命を掛けて名誉を、なんて性にあわないし興味もない。この半分酒場みたいになってるギルドの掃除、買い出し、その他雑用で手一杯だ。

 今だってこの汚れた壁を拭くのに手間取っている。


「クロノ、ちょっと来いよ」


 やっぱり来るかぁ。ラインハルト君また一面記事だしね。

 予想はしていたけど、エリックの荒らげた声に固唾を飲む。

 周りの冒険者は酒を飲んでいて気付いていない。まぁこれも、いつもの事だ。


「うん」


 エリックは足早とギルドを出ると、人気のない裏路地で立ち止まる。ここもいつもと変わらない。

 赤髪で目つきが悪いけど、鍛え上げられた肉体は素直にすごいと思う。


「持てよ、それ」


 そう言って投げられたのは汚い木刀。これも後で手入れしてあげないといけないな。

 なんて、今はそんなこと考えている時ではないけれど。


「あの、エリック。ちょっとまって」


「待たねーよ!」


 言いかけた所でエリックの木刀が振り下ろされる。防御はしたが、彼は冒険者で僕は一般人。力の差がありすぎて、そのまま木刀は右肩にめり込む。


 鈍い痛みはあるけど、目を逸らしてはいけない。まだまだこんなもんじゃ終わらないのはわかっているから。


 エリックはしばらくの間、ほとんど一方的に木刀で打ち付けた。痛みは勿論あるけど、それなりの加減はしてくれているらしい。

 でなければ素人の僕なんて今頃あの世行きだ。


「まだ元気だよな。じゃあ次は」


 と、そこでエリックの後ろに誰かいるのが見える。


「――おい、何やってんだお前」


 彼の肩を掴み、顔を出したのは、


「ら、ラインハルト!?」


 エリックがここまで焦るのを初めて見たかもしれない。僕も驚いている。あの百年に一人の逸材と名高いラインハルト・スターダスト様がいるなんて、想像もしないもの。


 金髪で整った顔立ち。線は細めだが、相当鍛えているのがよくわかる。なんて言うかな、陳腐な表現をするなら強そうの一言に尽きる。


「お前……ヴォルフガングさん所の冒険者だろ? 一般人相手に何してんだよ」


 ヴォルフガングさんとはエリックの所属する破剣ギルドのマスターだ。僕もそこで雑用係をしている。


「あ、いや、これは……その」


 エリックはあからさまにビビってる。彼とじゃ実力差もかなりあるし、仕方ないかもしれない。


「悪いけど、弱いものいじめする奴は嫌いなんだ」


 そう言うとラインハルト君は一瞬で距離を詰め、エリックの腹部を殴り付ける。エリックは反応すら出来ずにうずくまる。


 ああ、確かに彼は性格がいいらしい。こんな見ず知らずの僕の為に彼を殴ったのだから。


「大丈夫か? 行こうぜ」


「あ、うん。ありがとう」



 それからラインハルト君は少し離れた所で腰をおろすと、笑顔で右手を差し出した。僕はそういうのあまり好きじゃないけど、返さないのはさすがに失礼か。


「知ってるかもだけど、俺はラインハルト。お前、名前は?」


 あー、やっぱり覚えてないんだ。


一年前、まだ君がどこのギルドに入るか悩んでいた頃に僕らは会ってるよ。

 君がギルドの見学に来た時、僕も一緒だったから。あの時もお互い自己紹介したし、君は僕の事を友達だと言ったね。


 一度しか会ってないし、大して話してもないのにさ。


「……クロノだよ」


 覚えていないのは別にいいんだ。昔の話だし、たった一日の出来事だし。


「なぁクロノ、次からなんかあったら俺に言えよ。ギルドも近いしさ」


 でも君、どうせ寝て起きたら忘れてるでしょ?


「ああうん。でも大丈夫だよ」


「お前なぁ……いじめられ体質が染み込んでんじゃん。よくないぜ、それ」


 彼は呆れたようにため息をついた。


 いじめられ体質ね。否定はしないさ。僕は気が弱いし、エリックみたいな人からすると丁度いいのかもしれない。


「あぁ、うん。ラインハルト君は凄いよね。たった一年でAランクだなんて」


「まぁ俺、最強だし? 当たり前っつーか、なんつーか……そうだ、クロノも冒険者になれば? 俺みたいに強くなれるぜ!」


 屈託なく笑うラインハルト君を見ていると心がザワつく。強くなれる? 僕が? 君みたいに?


「い、いや僕には無理だよ」


 ここで頷く程馬鹿じゃない。僕はラインハルト・スターダストのような才能もないし、エリックのような体格すらない。スタートラインがあまりにも違いすぎる。


「やらなきゃわかんねーだろ!? 始める前から諦めんなよクロノ!︎ 一緒に冒険者やろうぜ!」


「ははは……」


 ザワザワする。なんだろうこのザワつきは。いや、わかってる。正体は、とっくに知っているんだ。


「なんつーか、暗いなクロノ。目も隠れてて猫背だし、ヒョロい……印象が暗い!! 根暗だ!!」


「あー……うん、そうかもね」


「クロノはさ、なんか夢とか目標ってあんの? 見た感じ歳も同じくらいだろ?」


 言う通り僕と彼は同じ十七歳。ちなみにエリックも同い年だ。

 同じ歳でかたや超新星、かたや雑用係。こんなに差が出る関係も中々ないだろう。


 夢、か。あんまり考えた事ないな。僕はこれまで通り慎ましく、ひっそりと、ウィズダムの片隅で暮らすのが嫌いじゃない。彼のような名声なんて興味もない。


 強いて言うのなら、この暮らしが続けばいいな、なんて思ってたりするくらいだ。


「うーん、今のままでいいかな。特に不自由はしてないんだ」


 そう言うとラインハルトはあんぐりと口を開いた。まるでそれが信じられないと言いたげな表情だ。


 僕はなにか、変な事を言ったろうか。


「つまんねー人生。俺にゃ無理だそんなの」


 ああ、心がザワつく。


「夢も目標もないってかー……なんか、つまんねー人生って感じだよな、それ」


「はは……」


 抑えろ。相手はあのラインハルト・スターダストだ。


「だってよ、なんの為に生きてんの? 普通、なりたいものとか、やりたい事の為に頑張るんじゃねーの?」


 昔と同じで相変わらず鬱陶しいなあ。


「は……?」


 だから、やりたい事の為に必死に生きてるんだよ僕は。君と僕とでやりたい事が違うだけじゃないか。


「クロノのそれって、死人と一緒じゃん」


 ――だからさぁ……! お前と僕は違うって。慎ましく生きてて何が悪いんだよ。


「あー……鬱陶しい」


 気が付くと僕は立ち上がり、拳を振るっていた。

 が、当たり前のように避けられ、代わりに彼の拳を右頬に受けていた。


「へぶぅっ!」


 一瞬遅れて痛みが走る。エリックに木刀でぶん殴られるより数倍痛い。やっぱりラインハルト君はラインハルト君なんだ。身体能力が違いすぎる。


「なんだよ急に、びっくりしたじゃねーか」


 顔色一つ変えないで反撃した癖に。きっと怒ってすらいないんだろうな。それが何よりも腹が立つ。


「ラインハルト・スターダスト君。僕、多分君の事めちゃくちゃ嫌いだ」


「えぇ……なんだよ急に」


「君の価値観を僕に押し付けないでくれよ。僕は今の暮らしで満足してるんだ。それなのにグダグダとラインハルト論を押し付けられて鬱陶しいから、代わりにその顔凹ませてやろうって思ってさ。いきなりごめんね」


「な、なんつーか……やべぇなお前。でも、いつか俺の顔面凹ませられるといいな! 中々いい目標じゃん!」


 親指を立て、爽やかな笑顔でそう言うラインハルト君は、それが未来永劫叶わないだろうと言っているようだった。


 あーだめだ。またイライラしてきた。


 やっぱりこの人、本当に嫌いだな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る