第2話

腹が鳴る。

まるで餓鬼の断末魔のように、腹の底から絞り出される音だった。

もう何日も何もまともに食っていない。昨日コンビニで弁当を見たけど、どれも高くて手が出ない。

だが、俺は笑う。腹は空いても、心は元気、そして下半身も元気。武士は食わねど高笑いってな。

『高楊枝じゃないか?』

ルシファーがツッコんでくる。うるせえ。

『それに武士でもない』

「知ってるわ‼︎」

俺は誰も住んでない部屋にいる。壁に穴が開いてるし、天井から雨が漏る。まるで世界中の不幸がここに集まってくるみたいに。床には空のカップ麺の容器が転がってる。中を舐めたけど、塩の結晶ひとつ残ってなかった。

畳は腐って、踏むとぺこぺこ沈む。まるで死人の腹を踏んでるみたいだ。ゴミと腐った食い物の匂いがする。でも俺には贅沢な住処だ。何でかって?

タダだから。


契約してから三日経った。あの夜、アバラを殺してから。

体が変わった。音がよく聞こえる。匂いもよく分かる。力も強くなった。でもそれじゃ腹は膨れね。力なんて、結局は飯を食うための道具でしかない。

『ヒカリ』

頭の中でルシファーが呼ぶ。

『誰か来る』

「誰だよ」

『公安のヤツらだ』

公安?俺が何したって?

『一般市民が神を殺した...それは国家にとって重大事件だ』

マジかよ。

コンコン。

ノックの音がした。まるで死神が扉を叩いてるみたいに響く。


...やべえ。


「警察の者です。近隣住民から騒音の苦情が出ているんですが、お話を聞かせてもらえますか」

男の声。低くて、なんか気味が悪りぃ。まるで地獄の底から響いてくるような声だ。

騒音?俺が何か音出したか?

俺はそっとドアに近づく。隙間から覗くと、二人いた。

一人は眼鏡をかけた男。背が高くて、スーツを着てる。でも普通の人間じゃない。まるで刃物みたいに研ぎ澄まされた危険な匂いがする。

もう一人は女。


女を見た瞬間、息が止まった。

(うわあああああ。かわいい。美人だ。こんな美人見たことない。まるで天から降りてきた天女?っヤツみたいだ。青黒い髪を後ろでくくってる、かわいい。黒スーツはバチバチ決まってて、かわいい。スタイルも。あれぇ……なんだこれ、目ぇ合っただけで頭ん中が溶けて)

ガキが見ちゃいけないレベルの美人。まるで太陽を直視するような眩しさだった。

心臓がドクドク鳴ってる。まるで太鼓を叩かれてるみたいに。顔が熱く燃えるように。


「開けてくれないか?近隣の方が心配されているんだ」


男がまたノックする。今度は少し強く。まるで俺の心臓を叩いてるみたいだ。

逃げるか?でも窓は三階だし、飛び降りたら死ぬか?

それに、あの美人ともう一度話してみたい。地獄に落ちても構わないから。

仕方ない。

俺は仕方なくドアを開けた。

「あの...」

声が裏返った。自分でもびっくりして、耳まで赤くなる。胸の奥がドキドキして、喉がカラカラに固まったみたい。恥ずかしい。

「ヒカリ君ね」

美人が俺を見て微笑む。うわあああ、笑顔も美しい。まるで観音様の微笑みみたいだ。

「だ、誰ですか、あなたたちは」

なんで敬語になってるんだ、俺。でも仕方ない。こんな美人の前では、自然と頭が下がってしまう。

「警視庁公安部・神性事案対策課の牛島純一だ。こちらは同じく神性事案対策課の神崎リリス」

男が手帳を見せる。

うわぁ、本物っぽいな。

リリスさん?変わった名前だけど、きれいな響きだ。まるで鈴の音みたいに美しい。

「寒いでしょう?中でお話ししましょう」

リリスさんが俺の肩に手を置く。

えっ、触られた!美人に触られた!

手が温かい。まるで春の陽だまりみたいに。いい匂いもする。シャンプーの匂いか?まるで花畑を歩いてるような気分だ。結婚したい。

「は、はい...」

俺の声がまた裏返る。まるで壊れたラジオみたいに。

「入らせてもらってもいいかしら?立ち話では風邪をひいてしまうわ」

かしら、だって。お嬢様みたいな喋り方だ。ツラだけじゃなく言葉まで上品だ。

男が部屋に入ってくる。リリスさんも続く。

俺は慌てて空のカップ麺を足で隠す。恥ずかしい。こんなの美人に見られたくない。まるで自分の恥部を晒すようなものだ。

「汚くて、すいません...」

「大丈夫よ。一人で頑張ってるのね、偉いね。」

リリスさんが優しく言う。責めない。むしろ褒めてくれた。

うわあああああ。優しい。こんな優しい人見たことない。まるで仏様みたいだ。

俺の胸がドキドキする。結婚しよ。

牛島が部屋を見回してる。何かを確認してるみたいだ。まるで獲物を狙う鷹のような鋭い目つきだ。

そして振り返る。さっきまでと表情が違う。

「実は騒音の件ではない」

え?

牛島がブリーフケースを開ける。中からファイルを取り出した。

俺の名前が書いてある。

「えっ?」

ファイルを開くと、俺の写真が貼ってあった。いつ撮ったんだ、これ?

「三日前の夜、君は《アバラ》という神を殺害した」

心臓が止まりそうになった。まるで氷水を浴びせられたような衝撃だった。

知ってる。こいつら、全部知ってる。

「証拠はある。目撃者もいる。監視カメラにも映っている」

牛島がファイルをめくる。路地裏の写真だ。俺が変身してアバラを殴ってる写真。

やべえ。完全にやべえ。まるで地獄の釜の蓋が開いたみたいだ。

でもリリスさんが俺の手を握った。

「でも大丈夫よ」

優しい声。まるで母親の子守唄みたいに。俺の心が温かくなる。

「あなたは悪くない。生きるために戦っただけ」

うわあああ。手、握られてる。美人に手を握られてる。

柔らかい。温かい。まるで絹のような手触りだ。

「神による社会秩序の破壊。これは国家にとって重大事案だ」

牛島が淡々と説明する。無駄のない言葉遣い。まるで機械みたいに正確だ。

「君のような神殺しは貴重だ。特に神と一体化....合一している。我々が知る限り前例はない。」

一体化?

『バレてるな』

ルシファーが頭の中で笑ってる。

「で、何ですか」

俺は開き直った。どうせもう終わりだ。まるで崖っぷちに立たされた囚人みたいな気分だった。

「ただ、無届の力行使は違法だ。そこで、選択肢をキミに与える」

牛島が俺を見据える。その目は、まるで裁判官のように冷たかった。

「国家の犬になるか、犯罪者として処分されるか。」

処分?まるで粗大ゴミみたいな言い方だな。

「でも協力してくれたら良いだけ、大丈夫よ」

リリスさんがまだ俺の手を握ってる。

「あなたは悪くない。生きるために戦っただけ。」

うああああ。この人、天使だ。絶対天使だ。まるで救世主みたいに美しい。

「協力するってどういうことですか」

敬語になってる。でも仕方ない。こんな美人には敬語を使わないと。まるで神様に祈りを捧げるような気持ちだ。

「まずは保護下での訓練と教育だ。君はまだ未成年で、正式な職員にはなれない。」

牛島が答える。でも目が冷たい。まるで実験動物でも見るような目だ。

「でも特別措置として、訓練を受けながら段階的に任務に参加してもらう。」

『「保護」という名の監視だな。不自由、死と同義だな。』

ルシファーが頭の中で呟く。でも俺は聞こえないふりをした。

「君は神崎の指揮下に入る。私とは別働隊だ」

リリスさんが微笑む。

「よろしくね。私があなたを守るから」

守る?

こんな俺を?

この人が?

まるで夢を見てるみたいだ。いや、夢の方がもっと現実味があるな。小説より奇なりってこういうことかぁ?

『守る、か...きな臭い女。』

ルシファーの声に、何か引っかかるものがあった。でも俺は気にしない。

「給与は月二十万。食事と住居も支給する」

牛島が事務的に続ける。

「条件としては悪くない」

二十万?

毎日カップ麺食えるじゃねぇか‼︎

俺の人生で一番大きい数字だった。まるで宝くじに当たったような気分だ。

「食事も、ですか?」

「三食きちんとね。あなた、痩せすぎよ。」

リリスさんが心配そうに俺を見る。

「栄養のあるものを食べなさい。体が心配だわ」

心配してくれる?俺のことを?

こんなこと言ってくれる人、初めてだ。

特に美人に。まるで砂漠でオアシスを見つけたような気分だ。

「どうする?」

牛島が問う。無感情な声だが、プレッシャーがそこにはあった。まるで死刑宣告を待つような重さだ。

リリスさんがまだ俺の手を握って待ってる。

選択肢なんてない。この人についていきたい。初めて優しくしてくれる美人に。たとえ地獄の果てまでも。

「やります」

俺は答えた。

リリスさんが嬉しそうに笑う。

「ありがとう、その言葉を待っていたよ。一緒に頑張りましょうね」

俺の新しい人生の始まりだった。まるで暗闇の中に一筋の光が差したような気分だった。

「まずはシャワーを浴びましょう」

リリスさんが俺の頭を撫でる。

うおおおお!頭撫でられた!美人に撫でられた!

まるで天国の門が開いたような気分だ。

「臭いですか?」

「そうね、少しだけ...かな?」

でも嫌な顔をしない。むしろ微笑んでる。

「でも大丈夫。きれいにしましょうね」

まるで汚れた子供を慈しむ聖母のような優しさであった。


霞ヶ関の警視庁施設、地下の極秘フロア。エレベーターの扉が開くと、目の前には真っ白な廊下が果てしなく続いている。光の反射に包まれ、まるで天国への道を歩むかのような錯覚を覚える。しかしその静謐の底には、人知れぬ秘密と監視の影が潜み、白の清らかさはただの幻であることを、歩み出す足音がひそやかに告げている。

「ここがあなたのお部屋よ」

リリスさんが扉を開ける。八畳くらいの部屋。ベッドと机と椅子がある。

「マジすか?俺の部屋?」

「そう、ここがあなたのお部屋。鍵もあるわ」

鍵をもらった。自分の部屋の鍵なんて初めてだ。まるで人生で初めて自分の居場所を手に入れたような気分だった。

「シャワーはあちら。お着替えも用意してあるの」

リリスさんが優しく説明する。

「食事は?」

「シャワーの後よ。何が食べたい?」

何が食べたい?

そんなこと聞かれたのも初めてだ。まるで王様になったような気分だった。

「何でも...」

「じゃあ、ハンバーグはどう?お野菜もたくさん食べなさいね」

ハンバーグ?

俺、ハンバーグなんて食ったことない。まるで夢んの食べ物みたいに思えた。

「あの...ありがとうございます」

リリスさんが驚く。そして優しく微笑む。

「どういたしまして。仲間であり”家族”なんだから」

家族?

俺に、家族ができたのか?

しかも美人の。

まるで人生が一変したような気分だった。今までの苦労が全部報われたような。

俺は走った。

シャワー室に飛び込んで、服を脱ぎ捨てる。久しぶりに鏡を見ると、やせ細った自分がいた。肋骨が浮き出てる。まるで餓死寸前の囚人みたいだ。

でも筋肉がついてる。前よりも。ルシファーの力?

風呂はお湯が出た。お湯が出たんだ、熱いお湯が。

天国だった。まるで生まれ変わったような気分だった。

お湯を浴びながら、俺は考えた。これでやっと人間らしい生活ができる。飯も食えるし、屋根もある。

そして、リリスさんがいる。

あんな美人が俺を心配してくれる。

『後悔してるか?』

ルシファーが聞く。

「するわけねえだろ」

俺は答えた。

「やっと這い上がれるチャンスだ。それに...」

『それに?』

「初めて優しくしてくれる美人がいるんだ」

『...そうか』

ルシファーが何かを言いかけて、やめた。まるで何か言いたいことがあるような口ぶりだった。

『君はもう、普通の人間ではない。』

「え?」

『何でもない』

でも俺には、その言葉の重さが分からなかった。

俺はシャワーを浴び続けた。新しい人生に向け、過去の汚れを洗い流すように。罪を洗い流す禊のように。

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