いい気持ちの天音さんと僕の非効率な日常
御園しれどし
第1話:隣の席の歩くパワースポット
「人生は、一分一秒をいかに効率的に積み上げるかの積み木遊びだ」
私、
高校二年生の春. 窓際の特等席で、私は秒単位で計算された今日の学習スケジュールを見直していた。
偏差値、内申点、将来の期待収益率。私の世界は、美しく整理された数字で満たされている。
――あの日、彼女が隣の席に座るまでは。
「……失礼。そこは私の隣の席だが、何か用かな?」
登校して早々、私のデスクの真横で、彫像のように立ち尽くしている女子生徒がいた。
緩やかにウェーブした髪。どこか遠くの地平線を見つめているような、焦点の合わない穏やかな瞳。そして、制服の着こなしが……あまりにも、ゆるい。
彼女はゆっくりとこちらを向くと、花がほころぶような笑みを浮かべて言った。
「いい気持ちだね」
「……は?」
「この教室、光の粒がダンスしているみたい。空気が柔らくて、春の呼吸が聞こえるよ。ねぇ、君もこのリズム、感じない?」
計算外だ。
転校生――
彼女のプロファイルはすぐに学級名簿で確認したが、そこに「極度の天然」や「スピリチュアル信奉者」という注釈はなかったはずだ。
「悪いが、私は埃の反射に感動して時間を浪費する趣味はない。あと、君の席はそこだ。速やかに着席し、一限目の予習に入ることを勧める。効率的にね」
冷たく突き放し、私は参考書に目を戻した。だが、隣から聞こえてきたのは、シャーペンの走る音でも、教科書をめくる音でもなかった。
陽向は至極真面目な顔で、流れるように胸の前で手を合わせると、そのまま間髪入れずに指先で空中に十字を切るという、あまりに自然で矛盾したハイブリッドな所作を披露した。
「ふふ……
私は思わずペンを止めた。
「……今、何と言った?」
「挨拶だよ。私のパパは『全ては
「支離滅裂だ。宗教的なチャンポンを私の隣で展開しないでくれ。集中力が削がれる」
だが、彼女は気にする様子もなく、自分の胸に手を当てて呼吸をした。
「乾くん、だっけ? 君の心、すごく忙しそう。まるで、止まれない回し車の中のハムスターみたい。……ねえ、ちょっとだけ耳を澄ませてみて」
彼女が私の肩にそっと手を置いた瞬間、不思議なことが起きた。
いつもは不快なノイズにしか聞こえない、遠くの運動部の掛け声や、廊下を走る足音、すると時計の秒針の音が、妙に心地よいリズムを刻んでいるように感じられたのだ。
「……っ、離せ。非科学的なバイブスを押し付けるな」
私は激しくその手を振り払った。
心拍数が上がっている。これは怒りだ。
あるいは、計算が狂ったことへの焦りだ。断じて、心地よさなどではない。
「あはは、ごめんね。負けても、そのドキドキも生きてる証拠。いい気持ちの一部だよ」
彼女は楽しそうに笑いながら、カバンから一冊のノートを取り出した。表紙には大きく『いい気持ちノート』と書かれている。
私の効率的な高校生活. その歯車が、たった一人の「歩くパワースポット」によって、決定的に狂い始めた瞬間だった。
「……最悪だ。脳内CPUの占有率が跳ね上がり、今日のタスク完了予測に致命的な遅延が発生している」
私が毒づくと、隣の席から小さな、しかし確かな声が聞こえた。
「その遅れの中に、新しい贈り物が隠れてるかもよ?」
天音陽向。
……最悪だ。不愉快極まりない誤算だ。私の美しく、冷たく、完璧な世界を、彼女は土足で踏み荒らしていく。拒絶すべきだ。遠ざけるべきだ。
それなのに――崩れた隙間から差し込む光が、不覚にも、どうしようもなく温かかったのは、きっと春の陽気のせいだけではないのだ。
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いい気持ちの天音さんと僕の非効率な日常 御園しれどし @misosiredosi
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