魔王の側近 猫又のリリィ


「ぐっ……」



全身、ひりつく痛みで目が覚める。

いつも見る夢……なのに、今回だけは何故かすごく鮮明だった。

いや、そんなことは一旦おいておこう。

そもそも一体ここは……?



寝ていた体勢から体を起こす。

頭を振って、ながい赤髪を整えつつ、意識をはっきりさせる。



カチャカチャ......



胸に付けた防具をによって胸が圧迫されて苦しいため、とりあえず留め金を外す。

動こうとするが自分が着ている勇者の紋章が入った服がこすれて少し痛い。

自然と手に触れていた地面の冷たい石の感触と共に、じめっとした空気が鼻につく。

ぼやけている視界を鮮明にするために少し頭を振りつつ、周りを見渡してみる。



近くに不自然なほど大きな窓があり、外は暗闇で黄色の星の光が射しこんでいた。

外の光は少し入るものの部屋の中は暗闇でほとんど何も見えない。

ただ、周りには一部壊れた木箱が散乱しているようで、これまでに見たこともないような赤く丸い食べ物がいくつか転がっていた。



「ここは……食料庫なの?どうして私はこんな埃っぽいところで……」



寝ていたのか、と呟こうとした瞬間にハッとする。

この体験は人生で三度目だということに気がつく。

なぜか体がめちゃくちゃ痛くて、知らない場所に寝ていて、直前の記憶が少し飛んでいる。

この感じは……



誰かに殺されて、時の感触だ



復活したことはいいとして、その場所が食料庫とは……

これまでの二回はふかふかの気持ちいいベッドの上だったというのに。

どうして女神様はこんなところに私を復活させたのだろう?

今回は石の上で寝かされていたためか、いつもより体が痛い気がする。



いつも通りであれば……兵士がここに来て、私が復活したことを確認後に王様にそのことを伝える。

そのあと、王様からの呼び出しを受けて私は王様の待つ玉座に行かないといけない。

そして、王様からの長々とした皮肉を聞かされる。



ハァ……



ため息が出てしまう。

私は座った体制のまま、握った手をおでこにコツンと当てた。



まてまて……まずはどうして死んだのか思い出す作業からだ。

確か、ラグティナ平原で私たちは魔族の精鋭であるリザードマンの大群と戦っていて、戦況はかなり優勢だった。

一部のリザードマンは残って戦っていたものの、ほとんどは退却していたはずだ。

その上、こちらはまだまだ戦える奴がたくさんいた。

正直この戦いは勝ったな、と思って剣すら鞘に入れたことまではしっかりと覚えている。



なのに、どうして私は死んだんだ?



その考えた瞬間、頭がズキリと痛み両目をギュッと閉じた。

倒れている私の方を見ながら悲しい目で見降ろしている男の姿が一瞬だけ目に浮かぶ。

その顔は私と共に旅をしたア……いや、そんなはずはない。


私は自分の考えをどこかに飛ばすために頭を数回ぶんぶんと振った。

実際に直接会って、尋ねれば良いだけの話だ。

ただ、私の話をちゃんと聞いてくれるかは……正直怪しい。



「あいたた……とりあえず、自分から王様に謝りに行かないと」



そう呟き立ち上がろうとするものの、全身の痛みでよろけてペタンと石でできた床に座り込んでしまう。

すると外から何やら音が聞こえてきた。



コツ、コツ、コツ……



規則正しい足音っぽいものが響く。

誰かが一人で歩いてきたようだ。

すると、かちゃかちゃと外から鍵を開ける音が部屋に響く。

恐らく巡回中の兵士だろう。

私は動かない体を無視して、顔だけ扉の方に向ける。



ハァ……



二度目の大きなため息が出てしまう。

こんな場所で髪もぐちゃぐちゃ、服もきれいじゃない所を兵士に見つかるって……

これまでの活躍も含めて、かなりの笑い者になるだろうな。



そう考えていると、ガキンという音と共に扉の開く音が部屋に響いた。

私の憂鬱もその扉の開き度合い共に最大になっていく。



ギギギ……



軋むような音と主に扉の外の光が射しこんできた。

暗闇で慣れた目にはその光がまぶしく、手で光を遮りつつも細めた目でその姿を見た。

そこには、巡回中の甲冑を着た兵士……ではなく、しわが一つも見当たらない紺色のメイド服を来た美女が立っていた。



目の前に現れたメイドは背が高くすらりとしていた。

頭にはメイドの証ともいえる汚れが一つもない白カチューシャがついていた。

腰まである長い黒の髪は後ろでまとめられているようだ。

部屋の奥まで星の光が届いていないため顔部分がはっきりとは見えないものの、優しそうな顔であり、美人であることは容易に想像できた。



あぁ、こんな可愛い子に情けない姿を見られてついてないなぁ。

というかこんな綺麗なメイド、人間の城の中に居たっけ?

そう考えていると、声をかけられる。



「変な音が聞こえたので急いでこちらにきたのですが、大丈夫ですか?」

「いえ、ちょっとした手違いでこんな場所に」

「手違い……こんな場所に一人ですか?もしかして……つまみ食い??」



メイドは柔らかの中に愛嬌を含んだ声をかけながらこちらに歩いてくる。

そして星の光が届く場所に来た瞬間、ブラウン色のぱっちりした瞳と私の目がバッチリ合う。



「あらっ!!!」

「あっ……」



私とメイドの声がハモリ、一瞬時が止まった。

相手のメイドが誰なのかを認識した。



頭についているカチューシャの他にぴょこんと猫のような可愛らしい茶色の耳がついていた。

腰あたりから銀色の尻尾がユラユラと左右に揺れている。

そして、顔は想像通りもちろん美女であるが、その顔は他の理由でこの世界では知らない人がいないほどの有名人だった。

何なら全く表舞台に出てこず、顔も全く知られていない魔王よりも圧倒的に知名度が高い。



だが今、私の置かれている状況の意味の分からなさに、自然と声が震えてしまう。



「あなたは魔王の側近メイド……猫又のリリィ!!」



敵のナンバー2が人間の城の中に!?

余りにも突拍子もない事実に頭の中がグラングランと大きく揺れる感覚にさいなまれる。

対して、リリィは少し驚いていたもののほとんど動じていないのかニコリと笑って、ゆっくりと細い手を差し伸べてくれた。



「ふふふ……大丈夫ですか?どうしてこんなところに?」

「お願いなので、聞かないで……いえ、そんなことよりここは人間の城のはず。どうして貴方が!?」

「大きな勘違いをなされているご様子ですね……まぁいいでしょう。ちょうど貴方様をお探ししておりましたので」

「?」



魔王の側近が私を探していたらしい。

理由の検討はつかないものの、ろくでもない理由だろう。

復活したばかりなので少し動くだけで激痛が走るが、何もせずやられるのは勇者失格だ!

私は、体に鞭打って無理やり立ち上がった。



そして腰に手を当て、煌びやかな紋章が彫られた勇者の剣を鞘から引き抜いて両手で持ち目の前で構え、相手をにらみつける。

だが、リリィはとても嬉しそうに笑顔を絶やすことなく、自然体のまま佇んでいた。

舐められているのか……私は自然と唇を噛んでしまう。



「どうして構えないのですか!?私とあなたは敵同士でしょう!!」

「ふふふ。わたくしには貴方様との戦う意思がないからです。あと、話に聞いていたよりもはるかに美人でちょっと嫉妬しちゃいます。その赤い瞳もずっと見たいぐらい綺麗……」

「くっ……そんな言葉、今は必要ないでしょ!!」

「長くて赤い髪もサラサラですし、全身の筋肉はしっかり引き締まっていて。男の人も黙っていないでしょ?」

「ふ、ふざけないでください!!」

「何もふざけてなんていませんよ。一体どうしてそんなにも不機嫌なのですか?」



リリィは剣を構えている私を脅威と思っていないようだ。

コツ、コツ、コツ……とゆっくりこちらに歩きながら話しかけてくる。

私は剣を握る両手が少しずつ震えてしまう。

その震えで装飾品がこすれるのかカチャカチャと音が鳴るのが自分でわかる。



――焦るな。なんでもいいから考えろ。



小さく呟いた。

こんな状態で……そして、こんな剣で目の前の敵に勝てないことは理解している。

ただ、やれることはやらないと!



剣の間合いに入った瞬間、私は今持てる最大の力で蹴った。

ドン!という音と主に、蹴った地面が少し削れる。

そして剣を大きく振りかぶり、リリィの頭めがけて下ろす。



やあぁぁぁぁぁぁぁ!!!



自分の最大限の力をのせて、叫びながら飛びかかった。

リリィは虚を突かれたかのように驚いた顔をする。

もしかすると……勝てる!

そう思った瞬間、リリィはスッと右手をだけをその剣の太刀筋の前に出した。



ズシンッ!



剣と手が当たった瞬間にその周りに衝撃波が生まれる。

私の全力を……片手でとめられるなんて!?

その手からは血が一滴も流れない。



そして、リリィは吐息が当たるぐらい近くに顔を寄せて呟くように言った。



「貴方様……いえ『』であるクロ様と戦う意思はありませんよ」



私はリリィの顔を睨みながらも剣を持つその両手を強く握ることしかできなかった。


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