第4話 勇者なのに魔王に従う
チュンチュン
そんな小鳥のさえずりが聞こえる爽やかな朝
俺はいつものように0.01秒で起床し、
日課の筋トレ〈家の持ち上げスクワット〉を
軽くこなしてから、朝食の準備に取り掛かった
「……ふわぁ
騒がしいぞ、人間」
香ばしい匂いに釣られたのか、
ベッドの上の「迷子様」が
もぞもぞと起き出してくる
銀髪は寝癖で爆発し、目は半開き
魔王というより、休日の小動物だ
俺は声をかけようとして、ふと動きを止めた
〈そういえば…昨日の今日でバタバタしていたが
この子の名前…
まだちゃんと呼んでやってなかったな〉
確か、昨日の自己紹介で
『ディアナ』と名乗っていたはずだ
子供の「ごっこ遊び」だとしても、
いつまでも「迷子」や「嬢ちゃん」呼びでは失礼だろう
一人の人間として接するなら、名前で呼ぶのが礼儀だ
「おはよう、ディアナ
顔を洗ってこい、飯にするぞ」
俺がそう言うと、
彼女はピクリと肩を震わせ、目を丸くした
「……ほう?
『迷子』ではなく、我が名を呼ぶか」
口元を、にやりと歪める
「ふっ、ようやく理解したようだな
いつまでも不敬な態度では、命がいくつあっても足りぬと気づいたか
よろしい、その殊勝な心がけに免じて許してやろう」
……どうやら、機嫌が良くなったらしい
やはり、
名前を呼ばれるのは嬉しいものなのだろう
ディアナはふらふらと食卓につき、
俺が並べた
『フォレストウルフの厚切りステーキ』
――朝から重い〝それ〟にかぶりついた
「ん……美味! なかなかやるな、貴様」
「そうだろう!食え食え、育ち盛りなんだから」
もぐもぐと頬張る姿は、実に愛らしい
ディアナは一心不乱にステーキを平らげ、
満足げに息をついた
そして、食後の紅茶――
自生していた薬草茶――を一口飲んだ瞬間、
彼女の雰囲気ががらりと変わる
鋭い視線が、俺を射抜いた
「さて、人間よ
腹も満ちたところで、問わねばなるまい」
「なんだ?」
「貴様……何者だ?」
真剣な表情で、言葉を続ける
「昨日の『虚空崩壊』は、村ひとつを塵に変える威力だった
あれを無傷で回避するなど、ただの人間であるはずがない
それに、あの強制睡眠魔法……
あれも尋常な魔力ではなかったぞ」
「ああ、あれか」
俺は空になった皿を片付けながら、
何でもないことのように答える
「まぁ俺、勇者だからな」
「……は?」
空気が凍りついた。
「ゆ、ゆう……しゃ……?」
「ああ、今はちょっとワケあって、一人だがな」
ガタンッ!
ディアナが勢いよく椅子を蹴倒し、立ち上がる
「き、貴様、勇者だったのかァァァ!?」
「なんだ、そんなに驚くことか?」
「驚くわ大馬鹿者!!
勇者といえば、魔王である我の宿敵ではないか!!」
警戒心を露わにし、じりじりと後退る
「くっ……まさか、勇者に拾われるとは
……不覚!
だが、我は魔王ディアナ!
勇者ごときに屈しはせぬ!」
小さな体から放たれる、必死の威圧
震える指を、俺に突きつける
「よいか、勇者よ!
我々は本来、殺し合う運命にある!
だが……貴様の料理の腕に免じて、慈悲を与えてやろう!」
そして、宣言する
「ここで我と殺し合うか、
あるいは忠誠を誓って軍門に下るか……
選ぶがよい!」
……なるほど
俺は心の中で、静かに息を吐いた
〈まだ言っているのか
それどころか、設定がどんどん強固になっている……〉
勇者と聞いて、即座に「宿敵」という役割を引き出した
きっと、よほど辛いことがあったのだろう
村の壊滅
家族の喪失
その絶望から心を守るために、
「自分は被害者ではない、最強の魔王なのだ」
そう思い込むことで、かろうじて精神の均衡を保っている
ここで「ごっこ遊びはやめろ」と否定するのは簡単だ
だが、それは彼女の最後の拠り所を壊しかねない
〈俺は勇者だ
弱きを助け、心を救うのが務め……〉
なら、やるべきことは一つ
とことん、付き合ってやろう
彼女の心が癒える、その時まで
俺は席を立ち、彼女の前に歩み寄ると――
その場に、すっと膝をついた
「な、なに……?」
戸惑うディアナの前で、
胸に手を当て、最高級の礼を取る
子供の遊びだと、笑ったりはしない
やるなら本気だ。それが俺の流儀だ
「御意のままに
――俺は勇者ヒイロ
これより、ディアナ様に忠誠を誓いましょう」
目が、見開かれた
次の瞬間――
ディアナの顔に、歓喜が爆発する
「ほ、本当か!?
貴様、我が軍門に下るのだな!?」
「ああ、そうだ
貴方様が魔王で、俺はその下僕だ」
〈これで気が済むならいくらでも演じてやるさ〉
俺の慈愛に満ちた眼差しを、
ディアナはまったく別の意味で受け取ったらしい
「くっくっく、わーはっはっは!!
見たか人間ども!
最強の勇者が、今ここに我にひれ伏したぞ!!
これで世界征服は成ったも同然だ!!」
椅子の上に立ち、
ガッツポーズを決める「魔王様」
……うん
元気が出てきて、何よりだ
「よし、では契約成立だな!
さっそく命令だ、下僕ヒイロ!」
「なんだ?」
「我の肩を揉め!
昨日から凝っているのだ」
「はいはい、仰せのままに」
苦笑しながら、
彼女の小さな肩に手を回す
こうして、奇妙な主従関係が結ばれた
勇者〈保護者〉と、魔王〈迷子〉
この勘違いが、
やがて世界を揺るがすことになるとは――
今の俺たちは、まだ知る由もなかった
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