背後の穴
なんば
第1話
朝起きて立ち上がると、背後に穴が見える。
それも私がすっぽり入れそうな穴だ。
カレンダーを見て日付を確認すると、今日は休みであった。
朝食を済ませ、上着を羽織ると、外へ出た。
歩き出すとそれから逃げるように歩いたが、離れずに追いかけて来ている。
覗き込んで見ようにも背後から離れないので、何ともむず痒く、それでいて知的好奇心を刺激していた。
私は何かを入れて見ようと思い、地面に転がっている空き缶を穴に投げ込んだ。
一瞬入ったと思えばその穴はすぐに空き缶を吐き出す。
すると、前を通りがかっていた老人が言った。
「ゴミは捨てずに持って帰りなさい」
私は弁明した。
「後ろに穴が見えるでしょう。この穴に入れてみようと思って」
すると老人は妙な顔をした後に、
「変な言い訳をするな、馬鹿にしとるのか」
そう怒鳴ってどこかへ行ってしまった。
通行人も知らん顔をしているが、この穴は誰にも見えていないのだろうか。
私はそのまま駅へ向かい、郊外にいく事にした。
緑のない煤だらけの生活には飽き飽きしていたからだ。
電車を待つ間にも誰もこの穴を見ては居なかった。
奇異な目で見られることがないと分かったので、安堵していると、電車が迎えに来た。
乗ってから気づいたが、これでは座れないではないか。
すっからかんの箱の中で立ちっぱなしとは何とも新鮮な気分だ。
私はすぐにこの穴を埋める方法を考え始めた。
しばらく立っていると、目的地に着く。
駅を出て、通行人に土で穴を埋めてほしいと頼んだが、相手にされなかった。
仕方がないので自分で埋めることにした。
片方の足で後ろに地面を蹴り始めると、ジロジロとした視線を感じる。
傍から見れば、かなりの変人で滑稽に見えるだろう。
それでも足を止めなかった。
それからどのくらい経っただろう。
穴は埋まることはなく、疲労だけが溜まってゆく。
ついには足を止め、ベンチに腰を下すことにした。
だがその時思い出した。座ることが出来ないではないか。
私は痩せ細った街の方へ歩き出してゆく。
見慣れない景色に、目を惹かれていると、日が暮れ始めていた。
暗くなれば、この穴も見えなくなるのだろうかという考えがよぎり、首を捻ってジッと見つめてみる。
街灯もない道なので、辺りは真っ暗闇だったが、依然として穴はそこに存在していた。
夜の街は静々としていて、私の存在を際立たせている。
役に立たないこの穴を忘れようと、缶コーヒーを買い、一気に飲み干した。
幾つもの生物の鳴き声が耳に入り、頭の中でこだましている。
お互いを慰めあっているようにも聞こえるその鳴き声は、とても静かで、美しかった。
私はもう振り返らず、穴があるものとして歩くことにした。
歩けば歩くほど、人工物が減ってゆく。
誰も居ない森の中を歩くのは、普段の生活とは対極の時間だった。
在るのは輪郭のない木々であろうものと、満月だけで、私の疲れを吸い取ってゆく。
心地よく照らされている間は、穴のことを忘れられていた。そうに違いない。
とにかく歩き続けていると、一つの考えが足を止めた。
その考えというのは、片足だけを穴に入れてみるというものだった。
これなら、身体ごと落ちることなく中がどうなっているか確認できる。
早速、靴を脱いで前かがみになり、足を入れてみる。
思っていたより深く、何もない。
私は心の底で落胆した。
諦めて足を上げようとすると、何かが奥深くで蠢いているような、そんな感覚があった。
気のせいだろうと、靴を履きなおすと、また歩き出した。
日が昇っているのが見える。
この道を真っすぐ行けば、たどり着けるのだろうか。
振り向いて穴を見ると、日差しさえも飲み込んでいる。
私はそれ以上考えず、また歩き出した。
背後の穴 なんば @tesu451
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