初めてあなたと過ごす大晦日に聞こえる音は|お正月百合ショート

岡山みこと

初めてあなたと過ごす大晦日に聞こえる音は|お正月百合ショート

エアコンが効いている部屋の中。

窓から冷気が少しずつ入り込んできている。

大晦日の夜は静かに過ごそうと決めていた。


ワンルームの狭い部屋の中で、テレビもつけず、スマホの電源を切って。

聞こえるのはふたりの話す言葉だけ。

こたつに入っているお互いの足の指先がわずかにふれて、こしょばゆい。

私の部屋は除夜の鐘が聞こえるんだ。

そういって声をかけたら、笑顔で来てくれた。


「今日は来てくれてありがとうございます。

 友だちと年越し過ごすのなんて初めてで」


大学で同じゼミに所属していて、ちょっとお話をしたことがあるだけ。

そんな弱い関係。


「私も家族以外とは初めて。

 今日は楽しみにしていたんだ」


しんっと張り詰めたような静かな笑み。

寒空をたったひとりで踊る、季節忘れのトンボの様に自由に。

肌寒いけどどこか落ち着く、そんな雰囲気が私は好きなんだ。


「ありがとう、美味しい」


時計を見ながら私が淹れて渡したコーヒーをひと口。

砂糖多めが好きだという意外なことをさっき知れた。

小さなことだけど、積み重ねられたことが嬉しいんだ。


「でも良かったんです?

 こんなふうに何もしないで過ごすなんかで」

「賑やかに過ごすだけが華じゃない。

 静かにゆっくり、遠くからの除夜の鐘を待つ。

 そんな夜も私は好き」


もうひと口コーヒーを含んだ。

少し口内で留まってから、ゆっくり喉を通っていく。

首の筋肉がうねるように動くのが耽美で、目を逸らしてしまう。

私の気持ちなんてしらない彼女はいまどんな表情なんだろ。

ホットミルクが入ったカップを見つめているからわからない。


「……あ」


窓の外、遠くにあるお寺の鐘の音が聞こえてきた。

時計を見ると二十三時三十分を指していて、これから時間をかけてゆっくりと続く。


「良い音ね」

「そうですね」


今年が終わる音を、ふたりで聞いている。

ひとつ鳴るたびに煩悩が消えると言うけど、私からは消えそうにない。


さっきシャワーを浴びて、私と同じ香りがする彼女の首筋。

切れ長の目尻を飾るまつ毛。

見るのは良くないとわかっていても、気がつけば視線が止まっている。


それから途切れ途切れに話しながら、静寂の音を聞き続けた。

年が明けた一時過ぎ、ようやく鳴り止んだ鐘。

私たちはふと思い出して笑いあった。


「遅くなったですけど、今年もよろしくお願いします」

「のんびりしすぎて忘れてた」


小首を傾げておどけたように、


「今年は去年よりもっと仲良くなれたら嬉しい」


そう言ってくれた。

うん、私もそう願う。


「さて、寝ようか」


あくびを噛み殺して涙が浮かんだ瞳。

手を引かれ、洗面所で並んで歯を磨いた。

それから私はベッドに、彼女はお母さんが泊まりに来た時用の予備布団に。

それぞれ入った。


私の隣に並んだ布団で寝る彼女。

それだけで気恥ずかしい。


電気を消すと闇の中にふたりの息遣いだけがしている。

寝ることがもったいなくて、私は話しかけた。


「あの、明日目がさめたらなんですが」

「……うん」


私の口からこぼれる小さな声。

顔が見えないことで面倒くさく思われてないかなとか、不安になってしまう。


「初詣に行きたいです」


クスリと小さな笑い声。


「そうだね、音だけタダで聞かせてもらうのは気が引けるもの」


その言葉を最後に小さな寝息が聞こえてきた。

思わず私はベッドの端によった。

少しだけ体を乗り出すと、無防備な寝顔が。


私を信頼してくれているのか、私ならと思ってくれているのか。

そのどちらであっても、胸が苦しい。


「どうしたの?」


眠りが浅かったのか、薄っすらと目を開けた彼女。

いつもより舌っ足らずな言葉で心配してくれる。

それ以上何も言わず、膝立ちになって私の布団に入ってきた。


「え!あの……」


拒むことが出来ず私はベッドの端に押しやられた。

シングルベッドに並んだふたり。

吐息さえまざりあう距離に全身が痺れて動けない。


「早く寝ないと明日初詣いけないよ」


私を胸元に引き寄せて頭を撫でてきた。

まるで幼子のような扱い。


「あの、手なれてます?」


私の問いに彼女は何も言わず、ただ自分の胸をトントンと指先で叩くことで答えた。

耳をすませば破裂しそうな心臓の音。

早鐘は止まること無く、呼吸を重ねるたびに勢いを増す。

そして目の前にある胸元の白い肌は、病的なほどに染まっていた。


「今年も始まったばかりだし。

 一年間かけて私のことを知っていってほしい」


彼女が瞳を閉じた。

これ以上聞かないで。

おそらくそういう意味なのだと思う。


一年後の夜も、こうして過ごしたい。

そう願いながら私の意識は深く消えていった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

初めてあなたと過ごす大晦日に聞こえる音は|お正月百合ショート 岡山みこと @okayamamikoto

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画