『俺達のグレートなキャンプ219 最強のアイナメを釣ろう(湖に!?)』

海山純平

第219話 最強のアイナメを釣ろう(湖に!?)

俺達のグレートなキャンプ219 最強のアイナメを釣ろう(湖に!?)


「いやいやいやいや!」

富山の声が湖畔のキャンプ場に響き渡った。彼女は両手を大きく振り回し、目の前に広がる穏やかな湖面を指差している。その表情は「また始まった」という呆れと「今回は特にヤバい」という困惑が入り混じった、実に複雑なものだった。朝日が湖面に反射してキラキラと輝いている。なんて平和な光景だろう。しかしその平和は、石川の一言で完全に破壊される運命にあった。

「湖だよ!? 湖! 淡水! フレッシュウォーター! アイナメなんて海の魚が釣れるわけないでしょ!」

富山の額には早くも汗が浮かんでいる。朝からこの調子だ。テントを設営し終わって、さあコーヒーでも飲もうかという矢先、石川が例のごとく「今日のグレートな暇つぶし」を発表したのだ。彼女の手にはまだコーヒーカップが握られていて、その中身が小刻みに揺れている。

石川は相変わらずの笑顔で、釣竿を肩に担いでいる。その目は爛々と輝き、まるで宝の地図を手に入れた海賊のようだった。彼のTシャツには「GREAT CAMP 219」と手書きで書かれており、219という数字の大きさが妙に誇らしげだ。そのシャツ、よく見ると218、217、216...と過去の数字を消した跡がうっすらと見える。

「富山、富山、落ち着いて。話を聞いてくれ」

石川は片手を上げて制する仕草をする。その動きがやけに芝居がかっていて、富山の眉間の皺がさらに深くなった。彼は釣竿をくるりと回転させ、まるでマジシャンがステッキを操るような大仰な動作で富山に向き直る。

「俺が言ってるのは『普通の』アイナメじゃない。『超進化した』アイナメだ! 体長1メートル級! 淡水適応で狂暴化! 釣り人を襲うこともあるって!」

「どういうこと!?」富山の声がさらに大きくなる。コーヒーカップの中身が少しこぼれた。

そこに千葉が割って入った。彼は新しく買ったばかりのフィッシングベストを着込んでいる。ポケットという穴という穴にルアーやら仕掛けやらがぎっしり詰まっていて、歩くたびにじゃらじゃらと音を立てている。その様子はまるで移動式釣具店だ。

「いや〜、僕もさっき石川さんから聞いたんですけど、これがまた面白い話で!」

千葉の目がキラキラと輝いている。新人キャンパーの彼にとって、石川の突飛なアイデアはすべてが新鮮で刺激的なのだ。その無邪気な笑顔を見て、富山は頭を抱えた。彼女の長い黒髪が両手の間からさらさらとこぼれ落ちる。

「千葉くん、あなたまで...」

「聞いてください! このキャンプ場の近くに、昔、海水を引き込む実験施設があったらしいんですよ!」

千葉は興奮気味に両手を広げる。フィッシングベストのポケットからルアーが一つ、ぽろりと落ちた。キラキラと光るメタルジグが地面に転がる。それを拾おうとして千葉がかがんだ瞬間、今度は別のポケットからワームのパックが三つほど落下した。

「で、その施設が閉鎖されたとき、水路に取り残されたアイナメの一部が湖に流入したんです! それが何世代も繁殖を重ねて、淡水にも適応した超生命力の高い個体群になったって! しかも体長1メートル以上! 重さ15キロオーバー!」

「ネットで見たんだよ」石川が得意げに補足する。彼はスマホを取り出し、画面をスワイプしながら続ける。「しかも性格が狂暴化してるらしい。淡水適応のストレスで凶暴性が増してるんだって。釣り上げても暴れまくって、尾びれでビンタしてくるって書いてあった。マジで危険らしい」

「え、ビンタ?」富山が思わず聞き返す。

「そう! 1メートル級のアイナメの尾びれアタックだぞ! 下手したら失神するって!」

「いやいやいや、おかしいでしょそれ!!!」

富山の絶叫に、近くで朝食を作っていた家族連れのお父さんがこちらを見た。幼い子供が「ママ、あのお姉さん怒ってるね」と無邪気に言っている。富山は顔を真っ赤にして会釈した。

石川は気にした様子もなく続ける。「しかもな、釣り上げても油断できないんだって。地面に置いた瞬間、ものすごい力でバタバタ跳ねて、そのまま湖に戻っちゃうこともあるらしい」

「は?」

「脱走するんだよ、アイナメが! まるで意志を持ってるみたいに!」

千葉が両手で跳ねる魚の動きを再現している。その動きがあまりにもオーバーで、完全にコントだ。

「もっとヤバいのがさ」石川が声をひそめる。「ボートで釣ってると、下から体当たりしてくるらしい。船底をバンバン叩くんだって。まるでサメ映画だよ!」

「サメ映画って、あんた...」

富山はもう言葉が出ない。彼女は両手で顔を覆い、深く、深く息を吸い込んだ。そして目を閉じた。数秒の沈黙。周囲では他のキャンパーたちがのんびりと朝食の準備をしている。ベーコンを焼く良い香りが漂ってくる。鳥のさえずりが聞こえる。なんて平和な朝なのだろう。なのに、なぜ自分はこんな会話をしているのだろう。

「...ネット情報ね」

富山がゆっくりと目を開けた。その声は妙に低く、静かだった。まるで嵐の前の静けさだ。

「そう、ネット。インターネット。World Wide Web。情報の海。玉石混交の...」

「大丈夫だって!」石川が富山の肩をバンバンと叩く。その力加減がやけに強くて、富山の体がガクガク揺れる。「複数のサイトで確認したし、釣り人のブログにも実際に釣ったって報告があったぞ! 『命がけの格闘』って書いてあった!」

「命がけって、釣りなのに!?」

「そこがグレートなんじゃないか!」

石川の目がさらに輝く。その様子はもう完全に冒険家のそれだ。コロンブスが新大陸を目指したときもこんな顔をしていたに違いない。

「富山さん!」千葉が真剣な表情で割り込んだ。彼は拳を握りしめ、まるで演説でもするかのように胸を張る。「『どんなキャンプも一緒にやれば楽しくなる』。これ、僕のモットーなんです」

「知ってるけど、それとこれとは...」

「やりましょう! 湖のアイナメ、釣りましょう! 1メートル級のモンスターと戦いましょう!」

千葉の目にはもう迷いがない。完全に石川モードに入っている。彼の周りからはなぜか炎のようなオーラが見える気がする。もちろん気のせいだ。

富山はもう一度、深く息を吐いた。その肩が大きく上下する。彼女は空を見上げた。青い空。白い雲。平和な朝。

「...分かった、分かりましたよ。どうせ止めても無駄なんでしょう」

「さっすが富山! 話が早い!」

石川がサムズアップする。その親指がやけにキラキラして見える。朝日のせいだ。

「でも条件があります」富山は人差し指を立てる。「周りのキャンパーに迷惑かけないこと。それと、お昼までに成果がなかったら撤退。そして、万が一本当に危険だったらすぐ逃げる。いいですね?」

「オッケー! グレートな条件だ!」

「あと、本当に1メートル級のアイナメが出てきたら、私は全力で逃げますからね」

「いや、そこは一緒に戦おうよ」

「戦うって、魚相手に何言ってるんですか!!!」

こうして、第219回目の奇抜なキャンプ、「湖のアイナメ釣り」作戦が始動した。富山の不安は最高潮に達していたが、彼女にはもう止める気力が残っていなかった。219回目。もう慣れるべきなのかもしれない。でも、慣れたくない。こんなの絶対慣れたくない。

湖畔の釣りポイントに到着した三人は、それぞれに釣竿をセッティングし始めた。石川は慣れた手つきで仕掛けを準備している。リールの音がシャッシャッと心地よく響く。その手つきは本当に手慣れたもので、少なくとも釣りのスキルは本物だ。ただ、狙う魚がおかしいだけで。

「アイナメはボトム狙いが基本だから」石川が解説する。彼の声は真剣そのもの。「ブラクリ仕掛けとワームの組み合わせでいこう。でも相手は1メートル級だ。ラインは太めの30ポンド。リーダーはフロロカーボンの50ポンド。これくらいないと引きに耐えられない」

「石川さん、この緑色のワームでいいですか?」

千葉が大量のワームが入ったケースを開けている。色とりどりのワームが整然と並んでいて、まるで虹色の芋虫図鑑のようだ。彼はそこから10センチほどの太めのワームを取り出した。

「おお、それいいね! 派手な色の方が視認性高いし。でも念のため匂い付きのも用意しよう」

石川は別のケースから強烈な匂いを放つワームを取り出す。魚の匂いとニンニクを混ぜたような、なんとも言えない香りが周囲に漂った。

「うっ...」富山が顔をしかめる。

「これくらいじゃないと、湖の主は出てこないよ」

石川がニヤリと笑う。彼は仕掛けにワームを装着し、その動きを確認している。満足そうに頷いた。

富山は黙々と自分の仕掛けを準備している。その表情には諦めと「どうせやるなら本気でやる」という職人気質が混在していた。彼女は道具の扱いだけは石川に劣らず、むしろ丁寧さでは上回っている。その指先は素早く、正確に動く。

「富山、その仕掛け本格的だね」

「...やるならちゃんとやりますよ」富山がぼそりと答える。「アイナメは根魚だから根掛かりしやすい。だから予備の仕掛けも多めに用意してます。でも本当は、そんな魚いないと思ってますけど」

彼女の声には微かな期待が込められていた。いない。絶対にいない。いるわけがない。1メートル級の湖のアイナメなんて。

「さあ、キャストだ!」

石川が勢いよく竿を振った。仕掛けが空中を飛び、ぽちゃんという音を立てて水面に着水する。その音が妙に大きく響いた。

千葉も続く。「えいっ!」

彼のキャストはまだぎこちない。仕掛けが変な角度で飛んで、思ったより手前に落ちた。でも本人は満足そうだ。

「よし、着水!」

富山も仕方なく竿を振る。彼女のキャストは流麗で、仕掛けは狙った場所にぴたりと落ちた。

三本の竿が湖に向かって伸びている。水面は穏やか。小さな波が規則的に岸を撫でている。鳥の声。風の音。平和だ。あまりにも平和だ。

「...釣れませんね」

十分後、千葉が呟いた。彼は時々リールを巻いて、仕掛けの位置を変えている。

「まだ始まったばかりだろ」石川が答える。「相手は警戒心の強い湖の主だ。そう簡単には食いつかない」

「そもそもいないんじゃないですか?」富山が冷静に指摘する。

「いや、絶対いる。俺は確信してる」

石川の目は本気だ。彼は竿を握る手に力を込め、水中の様子に全神経を集中させている。

さらに十分。二十分。三十分。

「...本当に釣れませんね」

千葉がもう一度呟いた。彼の声には微かに疑念が混じり始めている。

「もうちょっとだ。もうちょっと待てば...」

その時だった。

ググッ!

石川の竿が大きくしなった。

「!!!」

石川の目が見開かれる。竿が弧を描く。リールが逆回転を始めた。ジジジジジという音が響く。

「来た! 来たぞ! これは...でかい! めちゃくちゃでかい!」

石川の声がオクターブ上がる。彼は竿を両手でしっかりと握り、足を踏ん張った。その顔は興奮と緊張で真っ赤になっている。

「マジですか!?」千葉が叫ぶ。

「嘘でしょ...」富山が呆然と呟く。

竿がさらにしなる。石川の体が前に引っ張られる。彼は必死に踏ん張っているが、その足が少しずつ水際に引きずられていく。

「おい、マジでヤバい! この引き、半端ない!」

石川の額に汗が浮かぶ。彼はリールを慎重に巻こうとするが、相手の力が強すぎる。ラインがどんどん出ていく。

「石川さん、大丈夫ですか!?」

千葉が慌てて駆け寄る。

「大丈夫じゃない! これ、マジで15キロくらいあるぞ!」

その瞬間、水面が爆発した。

ザバァッ!

巨大な魚影が跳ねた。水しぶきが上がる。その大きさに、三人は言葉を失った。

「...あれ、アイナメ?」

富山の声が震えている。

間違いなく、アイナメだった。しかし、そのサイズは常識を超えていた。全長は優に1メートルを超えている。いや、もっとある。1メートル20センチはあるだろう。体は筋肉質で、鱗が朝日を反射してギラギラと光っている。その目は血走っていて、まるで狂戦士のようだ。

「うおおおおお! いたああああ!」

石川が雄叫びを上げる。彼は竿を立て、リールを巻く。しかしアイナメは抵抗する。水中で激しく首を振り、ラインに衝撃を与える。

「千葉、ネット! ネット持ってきて!」

「は、はい!」

千葉が慌ててランディングネットを取りに走る。しかし彼のフィッシングベストから次々と道具が落ちる。ルアーが、ワームが、プライヤーが、地面に散乱する。それでも彼は走り続ける。

「富山、お前も手伝ってくれ!」

「え、私!?」

「いいから!」

富山は仕方なく石川の隣に立った。彼女の顔は青ざめている。

再び、アイナメが跳ねた。

ザバァッ!

今度はさらに高く。2メートルほど宙に舞う。その巨体が回転し、水面に叩きつけられる。衝撃で波が広がる。

「なんだあれ!? イルカ!?」富山が叫ぶ。

「アイナメだ! 超進化したアイナメだ!」石川が答える。

アイナメは水中で方向転換し、沖に向かって突進した。ラインが一気に引き出される。リールが悲鳴を上げる。

「くそっ、止まれ!」

石川が竿を立てる。しかしアイナメの力は凄まじい。彼の体がさらに前に引きずられる。足が水に入る。

「石川!」

富山が石川の腰を掴んだ。しかし彼女も一緒に引きずられる。

「重い! 何これ! マグロ!?」

「アイナメだって言ってんだろ!」

二人がかりでなんとか踏ん張る。その時、千葉がネットを持って戻ってきた。

「持ってきました!」

「ナイス千葉! でもまだ近づけるな! こいつ、まだ本気出してない!」

石川の言葉通り、アイナメはまだ暴れ続けている。水面に尾びれが見える。その尾びれの大きさは、もはや凶器だ。

「やばい、こっち来る!」

アイナメが岸に向かって泳ぎ始めた。その速度が速い。水面を切り裂くように迫ってくる。

「えええええ!?」

三人が後ずさる。

ザバァッ!

アイナメが浅瀬に突っ込んできた。水しぶきが上がる。その勢いで体が半分、岸に乗り上げる。

そして、起こった。

ビシィッ!

アイナメが尾びれを振った。その尾びれが石川の足をヒットした。

「ぐあっ!」

石川が吹っ飛ぶ。彼の体が1メートルほど後ろに飛ばされ、地面に転がった。

「石川さん!?」

千葉が駆け寄る。

「だ、大丈夫...じゃない...めちゃくちゃ痛い...」

石川が足を押さえている。その足には赤い跡がくっきりと残っている。

そしてアイナメは、信じられない光景を見せた。

地面の上で、バタバタと跳ねながら、水に向かって移動し始めたのだ。

「嘘でしょ!?」富山が叫ぶ。

アイナメは尾びれと胸びれを使って、まるで這うように進む。その動きは力強く、明確な意志を感じさせる。

「逃がすか!」

石川が立ち上がる。足を引きずりながら、アイナメに向かって走る。

「待って! 危ない!」

富山の制止も聞かず、石川はアイナメに飛びかかった。

「捕まえたぁ!」

彼の両手がアイナメの体を掴む。しかし、アイナメはそこで反撃に出た。

ビシッ! ビシッ! ビシッ!

連続で尾びれが石川の体を叩く。顔に、腕に、胸に。

「ぐあっ! あっ! いってぇ!」

石川の体がガクガク揺れる。しかし彼は手を離さない。必死にアイナメを押さえ込む。

「千葉、ネット! 今だ!」

「は、はい!」

千葉が震える手でネットをアイナメに被せようとする。しかしアイナメが暴れて、ネットが吹っ飛ぶ。

「くそっ!」

石川がアイナメの上に乗っかる。まるでロデオだ。アイナメが跳ねる。石川の体が浮く。また叩きつけられる。

「もう見てられない!」

富山が意を決して飛び込んだ。彼女もアイナメを押さえ込む。

「重い! なにこれ! 本当に魚!?」

「魚だ!」

「魚じゃない! 怪物!」

三人がかりでなんとかアイナメを押さえ込む。その時、さらに驚くべきことが起こった。

湖の水面が波立ち始めたのだ。

「...何?」

富山が顔を上げる。

水面に、巨大な影が複数見える。

「嘘...まだいるの...?」

影は近づいてくる。そして、その正体が明らかになった。

アイナメだ。それも、同じくらいの大きさの個体が、五匹。

「群れてる! アイナメが群れてる!」石川が叫ぶ。

五匹のアイナメは岸に向かって泳いでくる。その目的は明らかだった。仲間の救出だ。

「逃げよう!」富山が叫ぶ。

「いや、戦う!」石川が答える。

「戦うって、何と!?」

「アイナメとだ!」

アイナメたちが浅瀬に入ってきた。一匹、また一匹。その巨体が次々と姿を現す。

「これ、サメ映画じゃん! 完全にサメ映画!」千葉が叫ぶ。

最初のアイナメが、三人に向かって跳んだ。

空中で体を回転させ、尾びれを振り下ろす。

「うわああああ!」

三人が転がって避ける。尾びれが地面を叩き、土が跳ね上がった。

「攻撃してきた! 完全に攻撃!」富山の声が裏返る。

二匹目のアイナメが突進してくる。石川がそれを見て、腰を落とした。

「来い!」

彼の目が据わっている。完全に戦闘モードだ。

アイナメが跳ぶ。

石川が拳を引く。

「せいやあああああ!」

正拳突きが炸裂した。

ドゴォッ!

拳がアイナメの顔面にヒットする。鈍い音が響く。アイナメの動きが止まり、そのまま地面に落ちる。

「...」

「...」

「...」

一瞬の静寂。

「やった...のか?」千葉が呟く。

アイナメはピクピクと痙攣している。しかし、まだ意識はある。その目が石川を睨んでいる。

「一匹目、ゲット」

石川が不敵に笑う。彼の拳からは湯気が立っている。いや、立っていない。そう見えただけだ。

「いや、おかしいでしょ! 魚を殴るって!」富山が叫ぶ。

「こっちも襲ってきてるんだから正当防衛だ!」

残りのアイナメたちが一斉に動いた。

「囲まれた!」千葉が叫ぶ。

四匹のアイナメが四方から跳びかかってくる。まるで連携しているかのような動きだ。

「千葉、左! 富山、右!」

石川が指示を出す。

「無理! 絶対無理!」富山が叫びながらも、構えを取る。

一匹目が千葉に向かってくる。千葉は目を閉じて、ネットを振った。

ブンッ!

奇跡的に、ネットがアイナメに当たった。アイナメがネットに絡まる。

「当たった! 当たりました!」千葉が驚いて叫ぶ。

「ナイス!」

富山に向かってきたアイナメは、彼女の足元をすり抜けて通り過ぎた。狙いが外れたのだ。

「あ、行っちゃった...」

しかし残りの二匹が石川に向かってくる。一匹は正面から、もう一匹は背後から。

「挟み撃ちか!」

石川が振り返る。しかし間に合わない。

「石川!」

富山が石川を押し倒した。二匹のアイナメが空中ですれ違い、地面に落ちる。

「ナイスカバー!」

「お礼はいいから早く何とかして!」

地面に落ちたアイナメたちが、再び跳ねようとする。石川が立ち上がり、一匹を抱え込んだ。

「うおおおお! 重い!」

彼はアイナメを持ち上げようとするが、持ち上がらない。重すぎる。15キロどころじゃない。20キロはある。

アイナメが暴れる。尾びれが石川の顔を叩く。

「ぐあっ!」

石川の顔が赤くなる。頬に尾びれの跡がくっきりと残る。

「もう一発!」

彼は再び正拳突きを放つ。しかし今度は当たらない。アイナメが首を振って避けた。

「避けた!? 学習してる!?」

「魚が学習するわけないでしょ!」富山が叫ぶ。

しかし現実に、アイナメがパンチを避けた。そしてカウンターのように尾びれを振る。

ビシィッ!

石川の腹に尾びれがヒットする。

「ごふっ!」

石川が吹っ飛ぶ。彼の体が砂浜に転がる。

「石川さん!」

千葉が駆け寄ろうとするが、彼が捕まえたアイナメがネットから抜け出そうと暴れている。

「こっちも大変です!」

富山は、最初に捕まえたアイナメが動き出したのを見て、慌てて押さえ込んだ。

「動かないで! お願いだから!」

しかしアイナメは力強い。富山の体がずるずると引きずられる。

「誰か! 誰か助けて!」

その時、周囲のキャンパーたちが異変に気づき始めていた。

「あれ、何してるの?」

「魚? あんな大きな魚、湖にいるの?」

「いや、あれアイナメじゃない? 海の魚だよ?」

人々が集まってくる。スマホを構えて動画を撮り始める人もいる。

「す、すみません! ちょっと、その、釣りがうまくいきすぎちゃって!」石川が叫ぶ。

彼は立ち上がり、再びアイナメに向かっていく。その顔は泥だらけ、服はボロボロ、頬は赤く腫れている。それでも目は輝いていた。

「まだだ! まだ終わらない!」

アイナメが再び跳ねた。しかし今度は、石川は避けた。そしてアイナメが着地する瞬間、上から覆いかぶさった。

「捕まえたぁ!」

彼はアイナメを両腕でしっかりと抱え込む。アイナメが暴れる。尾びれが石川の背中を叩く。しかし石川は離さない。

「千葉! 今だ! ネット!」

「はい!」

千葉が自分のアイナメをなんとか押さえ込みながら、もう一つのネットを投げた。ネットが石川の元に飛ぶ。石川がそれをキャッチし、アイナメに被せる。

「よし!」

二匹目、確保。

残りは三匹。一匹は富山が押さえている。あと二匹は...

「いない!?」

二匹のアイナメが、いつの間にか湖に戻っていた。水面にその背びれが見える。そして、彼らは去っていった。

「...逃げた?」

「いや、撤退だ」石川が言う。「二匹やられて、これ以上は無理だと判断したんだ」

「判断って、魚が...」

富山はもう何も言えなかった。彼女はぐったりとして、押さえているアイナメの上に倒れ込む。

「終わった...?」

「ああ、終わった」

石川も地面に座り込む。千葉も座る。三人とも、完全に疲弊していた。

しかし、彼らの周りには、スマホを構えた観客が大勢集まっていた。

「すごかった!」

「動画撮ったよ!」

「あの魚、本当にアイナメ?」

「どこで釣ったの?」

質問が飛び交う。石川は疲れた笑顔で答える。

「ここです。この湖で」

「嘘でしょ!?」

「本当です。超進化したアイナメなんです」

観客がざわめく。何人かは信じられないという顔をしている。しかし、目の前には証拠がある。1メートルを超える巨大なアイナメが、三匹。

その夜、三人はキャンプ場でアイナメを調理していた。巨大すぎて、普通の焚き火では焼けない。結局、バーベキューコンロを三台並べて、分割して焼くことにした。

「いやあ、大変だったね」

石川が笑いながら言う。彼の顔には絆創膏が三枚貼ってある。腕にも、足にも。服は泥と水でボロボロだ。

「大変どころじゃなかったです」千葉が答える。彼もボロボロだ。フィッシングベストは破れ、帽子はどこかに飛んでいった。

「もう二度とやりたくないです」富山が力なく言う。彼女の髪は乱れ、服には泥がついている。それでも彼女は一生懸命、アイナメを焼いていた。

「でも、釣れたじゃん」

「釣れましたね」

「釣れましたけど...」

アイナメが焼ける良い香りが漂ってくる。身がふっくらとして、美味しそうだ。

「いただきます」

三人が同時に箸を伸ばす。

「...美味い」

石川が呟く。

「本当だ、すごく美味しい」

千葉も目を丸くする。

「...確かに、美味しいかも」

富山も認めざるを得なかった。脂が乗っていて、身はふわふわ。適度な塩気と、炭火の香ばしさ。完璧だ。

「これだけ苦労したんだから、美味しくないとやってられないよね」

「本当に」

「本当に本当に」

三人は黙々と食べ続ける。1メートル級のアイナメ三匹。その量は膨大だ。しかし三人は食べ続ける。これだけ戦ったのだ。食べる権利がある。

周囲のキャンパーたちも、その様子を見ている。何人かは「おすそ分けしましょうか?」と声をかけてきた。三人は喜んでアイナメを分けた。

「美味しい!」

「これ、本当に湖で釣ったの?」

「信じられない!」

キャンプ場全体が、アイナメ祭りになった。

「第219回キャンプ、大成功だな」

石川が満足そうに言う。彼の顔は、絆創膏だらけで、腫れていて、泥だらけで、それでも満面の笑みだった。

「成功...なのかな?」

千葉が苦笑する。

「成功でしょうね、多分」

富山も諦めたように笑う。

焚き火が燃えている。星が輝いている。湖は静かだ。

「次は何しようか」

石川が呟く。

「...もう少し普通のキャンプがいいです」

「同感です」

富山と千葉が同時に答えた。

しかし、その目には微かな期待が宿っていた。次はどんな奇抜なキャンプになるのだろう。どんな冒険が待っているのだろう。

ボロボロの三人は、美味しいアイナメを食べながら、星空を見上げた。

「グレートなキャンプだったね」

「グレートでしたね」

「...グレート、だったかも」

第219回、湖のアイナメ釣りキャンプ。

こうして、また一つ、伝説が生まれた。

そして翌朝、SNSには「湖で1メートル級のアイナメと格闘する男たち」の動画が拡散され、再生回数は100万回を超えていた。

「バズってるよ、石川さん」

千葉がスマホを見せる。

「マジで?」

「マジです。『フェイクだろ』って言ってる人もいますけど、『現場にいた』っていう人がたくさんコメントしてます」

「すげえ...」

石川の目が輝く。

「次はもっとすごいことやろう」

「やめてください!!!」

富山の叫び声が、キャンプ場に響き渡った。

でも、彼女の顔は笑っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

『俺達のグレートなキャンプ219 最強のアイナメを釣ろう(湖に!?)』 海山純平 @umiyama117

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ