第15話 夢の涙

 夜空に白い月と星が浮かんでいる。


 今、リルはロイと、デリの町の北の高台にある、ディビアさん宅の大きなお屋敷の庭の大きな木の陰に身を潜めている。時刻は、深夜一時を少しまわっている。


 今夜は満月だ。

 この高台から見えるデリの町並みは月明かりに優しく照らされとても綺麗だ。

 ここから、赤いレンガの屋根に白い壁の家がたくさん連なって見える。ただ、それは昼の姿で、今は、すべて青白く黒く目に映る。


「ロイ……本当に捕まえる気なの?」

「ああ。もう、あの罪で二人を捕まえられないなら、別の罪で裁いてもらうだけさ」

「だから、何度も言っているじゃない。わたし達の両親の事は、まだ本当のところがわからないって!」

「でも!あいつらが、俺らの父母の金を盗んだのは確かなんだろう!」

「ロイ!声が大きい!」


 リルは、ロイの口をふさいだ。

 一体、こんな時間にこんなところに二人がなぜいるのかというと。

 今日の昼過ぎに、リルがザダから聞いたある話のせいだ。



 彼は、許可も得ずに勝手に家の中に入ってきたリルを黙って見つめていた。

 そして、キッチンの方へと向かい、白いティーポットとカップを一つトレーに入れて持ってきた。そしてそれを、居間の真ん中の四角い木のテーブルの上に置いた。


 ザダは、玄関のドアの手前で立ち尽くしているリルに、テーブル横の茶色のソファに座るように促した。

 彼は、リルの斜め向かいの一人掛けのソファに座った。リルはまた促されて、カップに口をつけた。ミントのように、すーっとする味がした。


 二人はしばらく沈黙していた。

 そして、徐にザダが口を開いた。


「君……、リルちゃんっていったかな?かわいい名前だよね」

「何?あなた、ばかにしているの?」

「違うよ。本当にそう思ったんだよ。ふふ。それよりも……君、よくもわからない人間の家に来て、よく確かめもせずにお茶に口がつけられるね。一体どういう教育を受けてきたの?」

 リルは、顔がかっと赤くなった気がした。

「どうしてそのような冷たい言い方をするの?あなたが勧めてくれたからいただいたの。それだけよ」

「でも、他の所では、今のようなことがないようにしないと駄目だよ」


 ザダは、リルの顔を睨みつけるようにして見据えてきた。

 リルは、彼の瞳の色を見て、うつむいた。


「……ところで、君、『夢の涙』って知ってる?」

「夢の涙……?知らないわ。それは、何?」

 ザダは、何か派手な印象のする表情で笑っている。

「知らないの?有名な薄紅色の宝石だよ。随分と言い値がつくの」

「それで?その宝石がなんだっていうの?」


 ザダは、こちらに冷たい茶色の瞳を向けてきた。

「僕が、君のために盗ってきてあげようか」

「……え?」

「ふ。嘘だよ。今晩ね、この家の家主の命令で、町の北のディビアさん宅のお屋敷に忍び込んで盗んでくることになっているんだ。君、どう思う?」


 ザダは、くっくっと忍び笑いを漏らしている。

「そんな!そんなことをしたらだめよ!すぐに捕まってしまうわ」

「君、うるさい。僕に死ねといっているのと、それ同じことだよ?わかっているの?」

 リルは、一瞬ひるんだ。

「でも、……あなた、辛そうだわ。……すごく」

 今度は、ザダの表情が一瞬硬直した。そして、徐々に表情が崩れ、彼は頭を抱えた。

 何か、声にならない声で独り言を繰り返しながら、呻いている。

 リルは、黙って、彼の背に手を添えた。


 すると、しばらくして静かになった彼は、笑顔をこちらに向けてきた。

「今晩、深夜二時にディビアお宅に伺う。君、僕を捕まえにきてくれない?」

 そう言うと、手を振り払った。


「さあ。もう帰らないといけない時間でしょう。素敵なお兄様が家で君を待っているよ?」


 そう言って、家の扉の方へと手を向ける彼は、何かに取りつかれているような顔にも見えた。



 深夜の静けさと、晩秋の夜の冷たい空気が身に染みる。

 実は、数時間前にぽろりとザダのその話をロイにしてしまったのだ。

 ロイは、黙って聞いていたと思ったら、急に着替えだし、リルにも温かい黄色の衣を上からかぶせてきた。


「よし!今から行くぞ」

「どこに?」

「町の北にあるディビアさん宅だよ」

「まだ、たぶん、夜の九時頃だよ?」

「時間を正確に言うとは限らないだろう。リル。置いていくよ」



 今日の昼過ぎのザダとの会話を思い返し、我に返ると、冷えた体が耐えがたい。

「まだこないな」

「寒い……リル、もう限界」

「もう少し我慢しろ。……て、え……?」


「君達、いたの?」


 月明かりの下で、どこか、凛とした低い声がした。

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