幻影の将軍 ~満州の陽炎~ 三倍偉大なる彼の人は斯く戦えり
九十九
第1話 泡沫(うたかた)
1 泡沫(うたかた)
その夜、空に流星がいくつも流れた
真っ赤に燃えて、そして輝き消えていく
はかなくも美しい光景が夜空に展開したという
◇ ◇ ◇
またしても、この地か!
どうにも、既視感満載の光景であった
確認してみると、我が名が判明する
偉大なる錬金術師にして、不死の存在、もはや神人たる
ヘルメス・トリスメギストス
しかし、神人たるこのわたしが、なぜこのような極東の小島に存在するのか
さらには、奇妙なことに来たこともないのに、経験もしていないのに、知らぬ記憶が存在していたのである
わが力を試さんと数々の試練を神々が与えてくる
だが、我は歯牙にもかけずそれらを蹂躙してきたのだ
風に飛ばされた新聞をつかむ
確かにここは極東の小島である
漢字とカタカナの記事が新聞紙に踊っている
我ほどの英知を持つものであれば、この極東の文字も理解できるのだが、
これは英知以外の記憶でこの言語を全く理解できるのであった
まったくもって忌々しい
最後に天使どもと戦った時に、次元の穴に落ち込んでしまった
いや、躱すために飛び込んだのだ
それが、今の状態に影響しているのだろう
忌々しいのは、その逃走(彼はそう認めてはいないが)過程で、何者かの記憶が混在してしまった点である
天使の追及は厳しいので、次元穴に飛び込んだまではよかったが、青の穴には様々な何かが存在する
その何か(この場合は人間の記憶らしい)が混ざりこんだ可能性が高い
錬金術では不純物をいかに排除するかが、課題でもある
この偉大な我に、不純物が混入するとは、ありえない屈辱である
あってはならない事態だ
許さん!
怒りが沸々と湧き上がってくる
だが、この記憶は役に立つことも明らかである
それに、今更交ざった雑種の記憶をはがすことは難しい
商店のガラスに映る我の姿は、金髪に碧眼の長身であった
さすがに、見た目は守られたようだ
しかし、この小島では目立つことは請け合いだが・・・
低身長で着物を着た黒目黒髪の人々が我を好奇な目でみて、よけていく
ひれ伏せ、小人ども!我こそは神羅万象を知る錬金術師にして偉大なる神人
ヘルメス・トリスメギストスぞ
さあ、場所を変えよう
先ほどの新聞で状況は理解できた
そして謎の混入物の記憶が、次の行動規範となる
彼は神人にして錬金術師、神羅万象に通ずる
すべてを合理的に解釈し、最適解にたどり着くことができるのである
横浜港
蒸気船が停泊し、荷物の上げ下ろし、客の送迎でにぎわっている
潮風がべた付き、煙に含まれる煤が空気中に含まれる
乗客と見送り、迎えの人々が騒然としている
ああ、全く!舌打ちをうちたくもなろうというもの
風采の上がらないだらしない恰好をした中年の男が大きな旅行鞄を抱えている
自分の恰好に興味を抱いていないのか、非常に汚れている
はっきり言うと、非常に汚い
全く持ってだらしないな!
そんな男に近づく男がいる
こぎれいなスーツに身を包み、シルクハットをかぶった紳士然とした男であった
「失礼、私はロシア貴族のヘルメス・トリスメギストス、日本名を三倍偉大(みます いお)と申します」
名刺には、漢字で「三倍 偉大」と刻まれていた
「ほう、ロシア人か」汚い恰好の男ではあったが、眼光には鋭い光が含まれていた
ちなみに彼らは、ロシア語でこの会話を成立させていた
「で、露助がどうかしたのか」
「実は、ロシア貴族である私ですが、お金を落としてしまったらしくて、少し拝借できないかと思いまして」
相手は海外旅行帰りである。この時代の海外旅行というものは、命がけでしかもかなり高額である
つまり、海外旅行帰りということは金持ちの可能性が高いということでもある
「残念だが、わしも旅行帰りで、すっからかんでな」
そういいつつも、かばんを握る手に力が入る
「少しの期間でよいのです、返す当てはありますので」
金髪碧眼の男は優美に礼をする
「だから金はないと言っておろう」
「そうですか、明石大佐ともあろう方が、金がないと」
「貴様、何者だ」
「ロシア貴族のヘルメス・トリスメギストスです」
明らかに、ロシア系でない名前を堂々という男
「そんな貴族は聞いたことがないが」
「ははは、それは当然でしょう。これから貴族になるのですから
知っていると言われたらどうしようかと思いましたぞ」男はカラカラと笑った
「何を!」
「大佐!」その時向こうから兵士が明石大佐を呼んだ
彼を迎えに来た兵士である
「大佐、お迎えに上がりました」
「うむ、ご苦労である」
そのときには、どうしたことか、先ほどの偽ロシア貴族は風の如く消えていた
「おい、金髪碧眼の外国人は見なかったか」
「いえ、」
「俺と一緒にいた男だ」
「大佐、おひとりでしたが」
この迎えの兵士は、先ほどの一幕を全く見ていなかった
そして、周囲にはその男の影も形もなかったのである
「日本に戻ってすぐに狐に化かされるとはな」
明石は一人ごちた
彼こそが、日露戦争の影の功労者であり、帝国最高のスパイ、明石元二郎大佐その人であった
明石が参謀本部に到着し、参謀本部次長の長岡外史(がいし)少将に面会が許される
明石は、日露戦争以前から、参謀本部の密命を受けて、ロシア、北欧を中心に対ロシアでの諜報活動を行ってきた
日露戦争の戦勝で浮かれている日本ではあったが、それは局所戦での勝利に過ぎない
大国ロシアには、いくらでも戦力が存在することを理解しているものは少ない
今回の戦争を局所戦にとどめることができたのは、ロシア内部で分裂運動や各地の独立運動が激しくなったことにより、長期での戦争を避ける意味で、ロシアが敗北を認めたに過ぎないのである
その活動を支援していたのが、この明石大佐であった
「明石よくやってくれた、貴様のおかげで戦争は局所戦となり、戦火の拡大を食い止めることができた参謀総長に成り代わり礼を言わせてくれ」長岡が礼を述べる
「は、ありがたきお言葉頂戴いたします」
「それで、活動費の清算を行うため急ぎ参りました次第です」恰好はだらしないが、こういうところはきっちりしている男なのだ
「さすがは明石だな、そういうところはきっちりしているな」
「はい、残念ながら活動中に鉄道で若干100ルーブルほど落としてしまいましたが、残額はきっちりとここに、帳簿もつけております」
そういって、旅行鞄を開く
当初100万円という破格の大金(現在の価値にして400億円ほどに相当)を手にして、現地へとおもむき、堪能な外国語を駆使して反ロシア帝国勢力への武器援助等を行い、内憂外患を育てていた
そして、その効果が日露戦争で発露したのである
鞄から風呂敷を取り出し机に置く
そして、帳簿も置く
私生活はだらしないが、このような面はきっちりとした性格なのである
風呂敷を開くと、
「なんだこれは!」
明石が叫び、長岡も目を剥いた
新聞紙を切った紙束であった
「嘘だ!こんなことは!」
明石が混乱している
「次長、私は確かに、帳簿を記載して・・・」
「明石、どうなっているかはわからんが、お前は仕事をやり遂げたのだ、それで問題ない」
明石が帳簿を開く
「ここに、明細を記入しているのです」
明石はここで帳簿に誰かの加筆を認める
自分の字体ではない、何者かの署名
『明石大佐、誠に心広きお方、ありがたくお借り申し上げます
誠に感謝感謝の雨あられ 三倍偉大』達筆な筆使い、とても金髪外人が書いたとも思われない
「なんだと!あの野郎!」
それは横浜港でであった金髪の外国人の日本名であった
直ちに、情報が憲兵隊、警察に伝えられ必死の捜査が行われたが
男の行方は杳として知られることはなかった
盗まれた金額は27万円(現在の価値にして100億円相当)に登る大金であった
もともと、機密費は清算する必要のない経費であり明石は不問に付された
だが、如何にしてすりかえたのか、すり替えられた本人はずっと鞄を手から離しはしなかったのだが
神人ヘルメス・トリスメギストス(三倍偉大)は、「盗みの神」であるとされている
ギリシャ神話のヘルメス神との習合をした神人とされているという・・・
◇◇◇
偉大なる野望への資金
三倍偉大の資金27万円(100億円相当)明石大佐のカバンから盗み取ったもの
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