Brancea__終わらぬ戦に夢を見る。
天霧#Ked
1st:東西革命戦争
第一話 終わらぬ戦争の果てに
同じ人間を「敵」として攻撃し、迫害する。それは世界の秩序の崩壊の始まりと同義である。____伝記「Fate of Aizell」序文より抜粋。
世暦6346年3月27日。ヴェラリカ帝国首都<レアンス>にある帝国軍総司令部。
戦争の最前線から約300km離れたその場所で、帝国軍特殊歩兵部隊第一特務小隊、通称≪ヴァイオレンサー≫部隊長、ブレア・アイゼル准将と副隊長のレイル・フラメル中佐は暇を持て余していた。
「なんでそんな不満そうな顔してんだよブレア……久々の帝都だぜ?」
曰く、「最強で最弱の部隊」。曰く、「異端どもの集まり」。曰く、「戦死させるための追い出し部屋っぽい」。
そんな異名がついた≪ヴァイオレンサー≫の部隊長であるブレアは、いつもの冷静な顔を完全に不満と怒りに歪め、特別応接室のソファに座っている。
「こんなことをしている暇はないんです。早く前線に戻らないと……。」
いつもの可憐な声はどこへやら、不機嫌な声で吐き捨てるブレアに、レイルはやれやれと首を振った。
紺のTシャツに青のズボン。軍の制服としてはあまりにも薄着で、「前線を張る軍人には見えないな」などと他の部隊から嘲笑されることもある特殊歩兵部隊の制服の裾を、ブレアがきゅっと握る。
____この大陸は戦争状態にある。
西のアシュフォード共和国と東のヴェラリカ帝国。
この2つの大国を中心とした戦争が始まったのは、もう34年も前のことになる。
いつの間にか両方を取り巻いていた小国たちは皆潰え、その頃にはまだ生まれてさえいなかった現在18歳のブレアや23歳のレイルのような若者たちが、現在その戦争の前線に立っている。
その戦争において大きな転換期となったのが今から6年前。
双方が革命的と言える新たな兵器の開発、量産に成功したのだ。
元々強大な技術力を誇っていたアシュフォードが開発した、有人人型戦闘兵器「スマーク」。
戦闘機や戦車といった兵器というよりも人間の能力を飛躍的に向上させるモビリティスーツの方が近いであろうこの道具は、数で劣っていたアシュフォードの兵士たちをとんでもない化け物たちへと進化させた。
そして多くの人知を集めて作り上げたヴェラリカの搭乗型戦機「ヴァルファット」。
奇しくもスマークと同じような見た目のその兵器。
スマークが中に入った人間の動きに合わせて動くのに対し、ヴァルファットはコックピットに入った人間がゲームパッドで操作する。
子供の娯楽だったゲームを実戦へと置き換えたロボット。それがヴァルファットだ。
そしてそのヴァルファットを扱う精鋭部隊が帝国軍特殊歩兵部隊である。
「今私がここで無駄な時間を過ごしている間にも、両国の犠牲者は増えているんです!私たちが行かなければ……。」
「そんなこと言ったって、今ここで現場に逃げても命令違反の謹慎処分で結局現場への参加が遅れちまうじゃねぇか……。こういう時は大人しく従っておくのが一番。」
そう言ってブレアをなだめつつ、レイルが特別応接室の入り口を見やる。
「それにしても、本当に遅えじゃねぇか……。帝都でのんびりやってる奴らは時間さえ守れなくなっちまったのか?」
二人が伝達で伝えられた時間は10時30分。それに対して今の時間は11時を回るところだ。
その時、ちょうど11時になった瞬間に応接室の扉が開いた。
「やぁ二人とも。時間通りに来てくれてありがとう。」
そう言って、二人が座る反対の椅子へと座る黒髪の男子。
ヴェラリカ帝国元帥、ラスター・アルマティークだ。
二人は立ち上がって敬礼をするが、その姿勢から全く動かず、ブレアが文句を言う。
「何が時間通りですか。私たちは10時30分にここに来いと言われて20分から待っていたんですが?」
「……ん?僕は伝達部に「10時55分にここに来るようにさせろ」と言ったはずなんだが………。あぁ、またいつものやつだろうね。」
「っ……。」
手に持っていたファイルを確認しながら平然と言うラスターに、ブレアが服の裾を握る。
彼女が怒っている時は必ずと言っていいほどこの仕草をするのでレイルはいつも分かりやすいやつだな、と思っている。
「もう一回あいつらには言っておくから。………時間もないしとりあえず本題に入ろうか、座っていいよ。」
ラスターがファイルのあるページを開いて席につく。
2人の基本情報ファイルだ。
「ブレア・アイゼル18歳。階級は准将。所属部隊は特殊歩兵部隊第一特務小隊、通称≪ヴァイオレンサー≫で部隊長。合ってる?」
「…はい。」
「レイル・フラメル23歳。階級は中佐で所属部隊は同一、副隊長。だね?」
「はい、間違い無いです。」
その言葉を聞いたラスターが分厚いファイルを閉じる。
「……君たちの部隊に今送られている司令は何か分かっているかい?」
ラスターがそれまでの穏やかな表情を消して言う。その1ヶ月以上前に出された司令をブレアは一言一句完璧に覚えていた。
「……『中央戦域前線におけるスマークの破壊と殲滅、そして搭乗者の殺害』です。」
「その通りだ。全く、一言一句完璧に覚えているじゃないか……。」
ラスターが嘆くように首を振る。実際に≪ヴァイオレンサー≫がその司令に従ったことは一度もない。
「その司令が出ているのに君たちはスマークを徹底的に破壊するだけで相手の人的損害は0だ。全く、命令違反もいいところだよ。」
ラスターの言葉に、ブレアが眉をひそめる。
「本来なら降格処分を下してもいいレベルなんだけど……君たちの戦績を見ているとそういう訳にもいかないんだよね。」
そう言ってラスターが別の資料を取り出す。
「フェイバード防衛戦:小隊のみで防衛成功、アスルタクト攻略戦:小隊のみで占拠……小隊だけで8回も単独作戦に成功してる。しかも死者は結成2年で僅か3人。上出来とかいう次元じゃないなこれは。」
そして、ラスターはポケットから装飾が施されたバッジを2つ取り出した。
「君たちに昇進を言い渡す。ブレア・アイゼルは准将から少将に、レイル・フラメルは中佐から大佐に。それぞれ昇格だ。」
そう言ってラスターは二人の前にバッジを置いた。
将官を表す赤い星が2つ施された少将用のバッジと、佐官を表す青の星が4つある大佐のバッジ。
敬礼した二人がそれを受け取る。
そんな話をしている場合ではないのに。ブレアはそう思った。
「最後に、何か聞きたいこととかはあるかな?」
ラスターが窓の外を見ながら言った。
それに、少し間を空けてブレアが言葉を返す。
「………なんでこんな馬鹿みたいな戦争を続けるんですか。」
「ん?」
「なんでこんな馬鹿みたいな戦争を続けているんですか!」
突然大声を出したブレアに、ラスターは目を少し見開く。
その叫び声は外の廊下まで響き渡る。
「私も、レイルも、あなただってこの戦争が始まった時にはまだ生まれてないでしょう!今前線で戦っている誰にも責任がない戦争なんて、続ける意味がないじゃないですか!」
ブレアの目に涙が浮かぶ。
「どうして同じ人間なのに攻撃するんですか。どうして同じ人間なのに対話しようとしないんですか。どうしてあなたはこの戦争を終わらせようとしないんですか!」
その言葉を最後に、応接室にはしばしの沈黙が流れた。
そして、ラスターが小さな声で呟く。
「………君の意見は至極正しい。この戦争で戦う兵士たち誰にだって責任なんて存在していない。」
「じゃあ、なんで……」
「昔、僕が子供の頃、あることを言った人物がいた。君が生まれる前のことだ。その老人はたった一言、共和国の方向を向いて言ったんだ。」
そう言ってラスターは窓を開けてその手前のスペースに寄りかかる。
「…『共和国にいるのは人間ではない。悪魔だ。悪魔など殺しても問題ないだろう。』とね。」
「そんなデマ、誰も信じるわけ無いでしょう…!」
「信じたんだよそれが。心ってのは自分に都合のいいことばかり信じたがる。……要するに不満の捌け口さ。戦争で溜まった色んな不満を、人々は全部共和国の悪魔どもに押し付けた。」
そうして、ラスターはブレアの前に近づいて、最後に一言告げた。
「そう、君の意見が正しく受け入れられるには
________生まれてくるのがあまりにも遅すぎたんだよ。」
「っ!」
その小さなやりとりで、ブレアの心が絶望に堕ちるには十分だった。
もう、この戦争を止められる人間はどこにも存在しないのだと。
「あぁ、そういえばいつもの飛行士のヴァイセルくん、飛行機壊されちゃったらしくてさ。帰るのは明日になるらしい。直ったらまた連絡させるから。」
その後の会話の内容を、ブレアは覚えていなかった。
レイルは困っていた。総司令部を出てから全くと言っていいほど反応がなく、適当に街を歩き回っているだけのブレアをどうするべきか。
色々な手は試した。耳元で叫んでも、頰を引っ張っても反応がない。
いつもなら首元をつつけば如何わしい声をあげてこちらに怒鳴りつけるのだが、そうやっても反応がない。虚ろな目で適当に歩き続けるだけだ。
「あーもう!」
怒ったレイルがブレアの青と銀の2色が混ざったショートカットの髪をかき混ぜる。
ボサボサになった髪が目に入っているが、全然止まる気配がない。
「もうどうなってんだよこいつ……壊れちまったか?」
と、その時。一軒の家の目の前でブレアの足が止まった。
表札に刻まれた文字は「Aizell」。
「……ブレアの実家か?」
レイルが記憶を探る。
確か3年前、彼女が軍に入隊した時。自己紹介で「出身は帝都の真ん中の方」と言っていた気がする。15歳なのにいくら質問しても地名が一個も出てこないのに驚いた覚えがある。
その時、ハッとしたようにブレアが少し飛び上がった。
そして目に入っている前髪を急いで払う。
「ちょっ…何ですかこれ!レイル!」
「あんたがラスター元帥に色々言われて放心してたから色々やったのに…反応しないほうが悪いだろ?」
彼女なりに直したつもりなのだが、まだ全然戻っていない髪を見て笑いそうになりながらレイルが続ける。
「あんたが戦争を止めたくて人を殺さないのもわかるし、俺らもそれに従ってヴァルファットに乗ってる。だからと言って、元帥に噛みついても一蹴されちまうだけだろ?」
「それは……分かってます………。でも、やる前から無理って考えてたら……。」
「あーあーいつもの理想主義ですかい?あんたそんなこと言ってる暇があったら働きなさいよっ!」
そう言ってレイルがブレアの首筋を突く。
「ひゃいっ!?何するんですかレイル!」
「よーしいつも通りだな。……で、今日どうすんだ?」
そこで、ブレアはやっと自分がどこにいるのか気づいた。
大通りから一本入った場所にある、水色の木造2階建て。
壊れかけた郵便受けには何も入っていない。
そして金属製の表札に刻まれた「Aizell」の文字。
「………私の家?」
「お前が無意識に歩いた先がここだったんだよ。そういや学校、司令部の近くだったんだろ?」
ブレアの通っていた学校は司令部から300m離れた場所にある。
8年通ったその場所からの帰り道を、3年経ってブレアは忘れたはずだった。
しかし、無意識にこの場所へとたどり着いてしまった。
「………少し、街に出ましょう。」
大通りは戦時中とは思えないほど活気があった。
子供と母親が楽しそうに歩き、高いビル群のディスプレイには何やらニュースが流れている。
兵士たちの姿はどこにもなく、平和な空間がそこにあった。
____前線ではこんな風景を見ることは絶対にない。
「平和ボケしまくってんなー相変わらず。いつも何やってんだか忘れちまうぜ。」
そう言いながらレイルが道端の露店で売っていた揚げ物を見て飛んでいく。
「はぁ………。」
まるで緊張感がない街で、特殊歩兵部隊の制服は全くと言っていいほど目立たない。
特異なのは2人の左袖につけられた真新しい少将と大佐用のバッジだけだ。
「で、こんなふうにあふいて何がひたかったの?」
レイルが売っていたコロッケにかぶりつきながらブレアの方を向く。
「………別に何も。少し寂しくなったので昔の故郷を歩きたかっただけです。」
「歩ひたいっへ言っちゃってるじゃん。てかこれ熱い!」
まぁそれも当然だよな。とレイルは心の中で呟く。
本来なら彼女は今も高科学校の生徒で、友達たちと笑い合っているはずなのだ。
今もこの場所で平穏に過ごしていたはずの彼女。
その人生を狂わせた「戦争」が、今の彼女にとっての居場所になってしまっている。なんて皮肉な話だろうか。
結局、ブレアの歩みは日が沈み始めるまで止まることはなかった。
その夜、≪ヴァイオレンサー≫の専属飛行士兼整備士のヴァイセル・アルゴートから2人に連絡が来た。どうやら飛行機が直ったらしい。
レイルはいつも早すぎる仕事に感心しているが、果たして彼はいつ休んでいるのだろうかという疑問は残る。
結局ブレアは午後8時くらいまで故郷を散策し、その頃には入れる宿屋が一つも見つからず、野宿が確定している状況だったため、二人はすぐ飛行場へと直行した。
「おつでーす!飛行機直ったっすよー!」
割と離れた場所なのにヴァイセルが認識できたのは、あまりにも明るすぎる電灯がこの街を照らしているからだ。
「いつもありがとさん。このまま出発するのか?」
レイルがヴァイセルの肩に手を置く。ブレアの方はもう眠たそうに目を擦っていた。
「全然いけるっすよ!あ、大佐と少将に昇格してる!いいっすねー!」
ヴァイセルが二人の左袖についたバッジを見て目を輝かせる。
整備士には階級などない。というかそもそもヴァイセルは正式な軍人ではない。
元々軍人志望でその中でも≪ヴァイオレンサー≫を名指ししてきたのだが、昔の足の怪我により徴兵基準を満たしていなかった。
特殊歩兵部隊だとしても、ヴァルファットから降りて戦闘する場面はある。
そのタイミングで足手纏いになってしまっては困るから、という理由だった。
そして諦めきれなかったのか2年後にまさかの整備士として≪ヴァイオレンサー≫にやってきた物好きだ。現在17歳。ブレアよりさらに下である。
「別に……階級上がったって私の待遇が変わるわけじゃないですし。」
無愛想に言うブレアにヴァイセルが悲しそうな顔をする。
「そんな夢を壊すようなこと言ってやりんさんな……。」
レイルの手がブレアの頭に乗る。
「てか、出発するなら早く乗ってくださいよ!僕寝ますよ?」
「大丈夫です。その時は叩き起こしますから。」
「ブレア、その凄みのある言い方は冗談に聞こえねーって……。」
そんな会話をしながら、ヴァイセルが操縦室の扉を開けて中に座る。
レイルとブレアもそれに続いて飛行機に乗り込んだ。
「それじゃ、最大速度でいいっすか?それとも明日の朝到着にします?」
ヴァイセルが後ろの2人に振り向く。
「あーっとねぇ………明日の朝に調節してもらってもいい?」
歩き疲れたのかブレアがレイルの肩を枕にしてすでに眠り始めていた。
「叩き起こすとか言っときながら結局一瞬で自分が寝るんすか……。よし、発進しますよ!」
そう言ってヴァイセルが飛行機のエンジンを始動させる。
現代においてとても簡素化された操作手順は、ヴァイセルのような少年と青年の間くらいの年齢でも簡単にマスターできるレベルだ。
そして、ヴァイセルが操縦桿を引き、足元のアクセルペダルを踏む。
車に近い形になった操縦室に、元気な声が響く。
「行っきますよー!待ってろ<フェイバード>!」
ヴァイセルが目的地の名前を叫び、レイルが窓の外を眺める。
3人を乗せた飛行機が、星の見えない夜空へと飛び立った。
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