祝杯
鈴公
祝杯
「大賞は、この方です!」
壇上で行われた発表と同時に、大きな拍手と華々しい歓声が上がる。
皆が喜ばしく思っているであろうその空間の中で、ただ自分一人だけが、恨めしそうにその渦中にいる人物を見つめていた。
「ごめん、今回は俺がいただいたよ」
「……別に。気にしてない」
まるで俺の浅ましい気持ちなんぞ見透かしているかのように、壇上を後にした奴が声をかけてくる。
正直、放っておいてほしい。ましてや気が付いているのなら、尚更。
「とは言ってもねえ、苦虫を噛み潰したような顔してるよ」
クソ。言い返す言葉もないまま、奴は他の出場者たちの祝福を受けながら、明かりとカメラの方へと去っていった。
俺と奴の出会いは3年前。半年に1回のコンクールに、同い年で初出場してきたのが奴だった。
最初こそ俺の方が評価が高かったものの、奴はだんだんと頭角を現し、ついには大賞を取るまでに成長した。
気が付けばいつしかライバル視していたのは俺の方だったが、奴もまた、俺のことを好敵手と見ているだろうと、何の確信もなく感じていた3年間であった。
だが、さっきの発言で、確信に変わった。奴だって俺を意識していたんだ。
俺は今回限りでコンクールへの出場を最後にすると決めていた。
そのことは誰にも伝えていないし、もちろん、連絡先も住んでいるところも、名前と年齢以外は何も知らない奴になど、知られているわけがない。
誰にも知られずに、自分はこの舞台から去ろうと決めていたのだった。
「今帰り?暇ならちょっと付き合ってよ」
帰ろうとしていた俺に声がかかる。
「なんでお前こんなところにいるんだよ。それどころじゃないだろ」
「ああいう場はあまり好きじゃないからさ。切り上げてきた」
「にしても、なんで声かけるのが俺なんだよ。他の奴は捕まらなかったのか?」
せっかく大賞を取ったというのに、全くもったいない時間の使い方だ。そこまでして俺と話がしたかったのか。
「君なら酒が飲める歳だろ?」
なるほどな。確かにこのコンクールにも、年下が増えてきた。
自分が思ったほど奴は俺を意識していなかったのかもしれない……。
思い上がった恥ずかしさを誤魔化すかのように、しぶしぶ了承することにした。
「で、どこで飲むんだよ」
「そこのコンビニでいいよ。長くは付き合わせないからさ」
おいおい、せっかくの祝杯なのにそんなのでいいのか?
そう思ったが、奴にも何か思うところがあるんだろう。別に仲良くもない相手だ、どこか店を取られるよりかは良いかとさえ思い、何も言わなかった。
コンビニで缶ビールを買い、軽く乾杯する。なんだか不思議な気持ちだ。
「実は俺、これを最後にしようと思っていて」
ん?今のは俺の心の声か?……違う。
「え?」
「わざわざ言うのは気が引けたんだけど……君にはお礼も言いたかったから。今日までコンクールに出続けてくれて、ありがとう」
「……いや、別にお前のためじゃないし……」
まさかお礼を言われるとも、ましてや同じ決断をしていたとも思っておらず、続く言葉が出てこない。
好きでもないビールをあおる。もはや味など分からなかった。
「……まあ、これからも頑張れよ」
「ありがとう。おかげでここまで来れたよ。はあ、スッキリした!これでもう思い残すことはないや」
一瞬、不吉な予感が走ったが、奴の清々しそうな顔を見て、思い違いのようだと安心した。
「ぜひ、君はこれからも出続けてよ。楽しみにしてるからさ」
自分もこれが最後なのだとは、ついぞ言えなかった。
でもこのまま奴との切磋琢磨が終わってしまうのも、なんだか惜しいような気がした。
「必ず戻って来いよ。どんな形でもいいから。また同じ舞台に立とう」
全く考えてもいなかったセリフが口から飛び出る。さっきとは別の自分みたいだ。
奴も驚いた顔をしていたが、その表情を笑みに変えて答える。
「わかったよ。約束しよう」
どちらからともなく、俺たちは再度乾杯を交わした。
祝杯 鈴公 @suzuko-
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