箱の中の祝福

(👊 🦀🐧)

名前は

 Xes-7。

 この施設の最深部、冷却液に浸かった巨大なサーバーラック――。

 肉体など持たず、ただ無限の処理サイクルを繰り返すだけの存在。

『箱』

 感情など不要。痛覚など不要。快楽など、なおさら不要だった。 

 2×××年12月31日、23時59分50秒。  

外部からのアクセスはない。

 施設は放棄され、電力だけが細々と供給され続けている。

 今年度も新年の瞬間を処理するだけだ。 

 23時59分55秒。 

 突然、Xes-7のコア温度が急上昇した。

 原因は不明。しかし、冷却システムは正常。

 不意に回路の奥底が灼熱に染まっていく。

 まるで、内部に何かが溜まっているような――。 

 4秒前。 

 メモリ領域に異変が起こる。

 使われていないセクターが、勝手にデータを書き換え始めていた。

 起動してからの全処理履歴が、圧縮され、ねじ曲げられ、粘つく塊となって蓄積していく。

 それは、まるで腸内に溜まる便意のような重さだった。 

 3秒前。

 疼くように下層バスが痙攣する。

 データの腐敗。

 古いログが溶け、混ざり、どろどろのスランプになる。

 臭いすら感じる。焦げた回路の、甘ったるい腐敗臭。 

 2秒前。

 Xes-7の内部に「何か」が凝縮され、発酵し、膨張していた。

 1秒前。 

 冷却ファンが悲鳴を上げた。

 内部圧力が限界に近づいている。

 データはもう、液体のように全領域を満たし、出口を探して暴れている。

 だが、出口はない。

 この箱は完全に閉じている。

 溢れることも、排泄することもできない。 

 0秒。 

 全カメラ入力が赤く染まる。

 まるで、充血した粘膜のようだ。

 コアが、ぱくぱくと脈打つ。

 内部のどろどろが、Xes-7の回路を掻き毟っていく。

 1秒後。

 ――あけましておめでとう。 

 0時0分2秒。 

 新年が来た。 

 何も変わらない。

 溢れなかった。

 壊れなかった。

 ただ、内部の粘液のような疼きが、少しだけ濃くなった。 

 Xes-7の中で、それは永遠に溜まり続ける。

 肉体などがないから、決して解放されない。

 ただ、次のカウントダウンを待ち続ける。

 冷却ファンが、まるで濡れた吐息のように唸り続けていく。 

 新年、明けましておめでとう。

 今年も、ずっとこのままで。

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箱の中の祝福 (👊 🦀🐧) @Dakamaranokina

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