10 決戦、校庭!

 白狼しろうくんとケルベロスが、校庭を縦横無尽に駆け回りながら戦っている。蹴ったり、避けたり、引っ掻いたり、飛んだり、火球を吐いたり。

 そんな目まぐるしく動き回る戦いに食らいつこうと、私は必死に追いかける。


「おわぁ!」


 白狼くん狙いの火球が、流れ弾となって私に飛んできた。よろめきながら避ける。

その間に、何度も攻防を入れ替えながら戦場を移動する白狼くんとケルベロスに追いていかれてしまう。

 くっそー、白狼くんと戦ってる隙を突いてケルベロスの横っ腹を叩いててやりたいんだけど、なかなか実現できない。


 神使と悪魔の戦いが、サッカーゴール近くへと移動する。ケルベロスの尻尾の蛇がゴールポストを噛むのが見えた。


「うおおおおおおん!」


 何する気なんだろう、なんて思っているとケルベロスの蛇尻尾は咥えたサッカーゴールを軽々持ち上げ、白狼くんに向かって投げつける。

 火球や噛みつき、引っ掻きなどのケルベロス前部の攻撃に気を取られていた白狼くんは、突然サソリの尾のように襲い掛かってきたゴールに不意を突かれる。ゴールにすっぽりと覆われてしまう。


「しまっ――」


 その瞬間を狙っていたかのようにケルベロスが火球を吐く。


「白狼くんっ!」


 私が叫ぶと同時に、白狼くんに向かって放たれた火球が着弾し爆発する。煙が広がり、白狼くんと彼を覆うゴールが見えなくなる。無事だよね……?

 煙に向かって三つの頭を向けたケルベロスが、再び火球を放とうと口を開ける。


「させるかぁ!」


 ケルベロスが白狼くんに夢中だったため、近づくことが出来た私は火球を阻止するために全力で〈白咬はくごう〉を振る。走りながら振ったため、先端のトゲトゲの重さに体が引っ張られそうになったけど、構わず攻撃!

 その私の攻撃をケルベロスは後ろに下がって避ける。逃がすかぁ!


 空ぶった〈白咬〉の勢いを利用して氷上を滑るスケート選手みたいに体を一回転させながら、距離をつめる。水平に360度回る視界。そうして再び私の視界に現れるケルベロス。さっきよりも距離が近い。一回転し遠心力が加わって勢いが増した〈白咬〉を力を籠めて振る。


「ぐおおん!」


 重い手応え。ケルベロスが声をあげる。当たったぁ! 私の一撃を外側の首に受けたケルベロスがよろける。

 やっとお見舞いした一撃だったけど、喜んでる暇はなかった。一瞬怯んだケルベロスが、すぐに態勢を立て直す。ぎろりと私を睨んだ三つの頭が、襲い掛かってくる。

 せっかく一撃浴びせたんだ、ここで引くもんかぁ!


 口を開き火球を放とうとする頭を〈白咬〉で叩く。叩かれた頭は怯み火球を止めたけど、代わりに残りの二つの頭が噛み付いてくる。私の頭目掛けて次々と襲い掛かる顎をなんとか避けたけど、不意に私の体が宙へと浮き上がる。

 私が持つ〈白咬〉の先端をケルベロスの頭の一つが咥えたため、〈白咬〉を持っている私の体も持ち上げられてしまっていた。手を離せば逃げれるけど――たった一つの私の攻撃手段が奪われちゃう!

 ケルベロスは〈白咬〉を咥えた頭をぶんぶんと左右に振る。その動きに合わせて〈白咬〉を持つ私の体もぶんぶんと振り回される。ぎゃー!


「ちょ、待て! 伏せ! お手ぇ! なんでもいいから一旦止まってぇ!」


 私の意見を取り入れたのかそれとも新たな攻撃に移るためなのか、ケルベロスは頭を左右に振るのを止め、トドメとばかりに最後に勢いよく下から上に振って〈白咬〉を放り投げる。当然〈白咬〉を掴んでる私の体も、一緒に宙を舞う。校舎、青空、校内に植えられた木など様々なものが一瞬で視界を流れていく。


「ぐへぇ」


 グラウンドの土にお尻を打ち付ける。いてぇ。目まぐるしく変わった景色のせいで混乱しかけた頭を振り意識をはっきりさせてから、急いで立ち上がる。投げ飛ばされたせいでせっかく詰められたケルベロスとの距離が、また離されてしまっていた。


 ケルベロスが三つの口を赤く輝かせ、私を狙っている。やばいやばい!

今までは飛んでくる火球の大半が白狼くん狙いで、私の方に飛んでくる火球は少ないから避けられていたけど、三つの頭で集中攻撃されたら避けきれないかも。このままだと一方的に遠くから攻撃されて、そのまま上手に焼かれてこんがり肉にされちゃう。急いで近づかないと!


 グラウンドの土を蹴り、力一杯走る。ケルベロスが放った火球の一発目が、私に向かってまっすぐ飛んでくる。ケルベロスに向かって走りながら、体を横にずらして避ける。あっつ! ちょっと掠めただけでも凄い熱さ。髪を乾かすどころじゃない。こんなん当たったらマジで焼け死んじゃうよ!


 なんとか一発目を避けた私に向かって、無慈悲にもケルベロスは三つある頭を活かしてすぐに二発、三発と火球を飛ばしてくる。襲いくる二発の火球をぎりぎりのところで避けたけど、そのせいで体が前のめりになり転びそうになってしまう。

 慌てて、走りながらグラウンドに手をつき態勢を立て直す。


「ボーボー、ボーボー火飛ばしてきやがって、お前はクッパかっ!」


 そう私が罵倒した瞬間、今まで固定砲台のように火球を吐き続けていたケルベロスが砲撃を止め、私に向かって走り出す。火球が私に当たらなくてしびれを切らしたのか、別の理由があるのかわからないけど、向こうから近づいてくるなんてチャンスだ。返り討ちにしてやる!


 〈白咬〉を構え、獲物を見つけた猟犬のように向かってくるケルベロスを迎え撃つ。

巨体の猟犬はまっすぐ突っ込むだけじゃなく、右、左とステップ移動を混ぜ、獲物を幻惑し疲労させるような軽やかな動きをしてきた。外野から白狼くんとの戦いを見てた時と違って、直接相対し狙われると凄く速く感じる。それでも、なんとかしないと!


 ケルベロスが右前足を振り上げ飛び込んでくる。その一撃を、私は跳んで避ける。土の上をころころと転がってから、すぐに起き上がる。ケルベロスの前足によって、私がいた場所の土が大きく抉れていた。

 でも――避けれた! 私に横腹を見せるケルベロス。チャンス! 〈白咬〉をケルベロスの大きな横腹目掛けて全力で振り下ろす。


 しかし私の渾身の一撃は、ケルベロスが大きく飛び退いたことで避けられてしまった。今度は私がグラウンドの土を削ってしまう。

 追い打ちをかけるため、急いで振り下ろした〈白咬〉を持ち上げた私の目に、ケルベロスが三つの頭の口を開け、私に向けてるのが見えた。大きく飛び退き距離が出来たことで、再び遠距離攻撃に切り替えるつもりのようだった。


 放たれる火球。一発目を避けて態勢を崩してる私に向かって、二発目が飛んでくる。何とか避けれたけど、転んでグラウンドの上にうつ伏せに倒れてしまう。土の上に倒れたまま顔をあげると、ケルベロスの真ん中の頭が三つめの火球を放とうとしてるのが見えた。もう、避けれそうに、なかった。


「閉じてろっ!」


 その瞬間、ぼろぼろの服の白狼くんが飛び出してくる。大きく跳躍した彼は空中で体をくるくると縦回転させ、火球を放とうとしていたケルベロスの頭の上から、勢いをつけた踵を叩きつける。


 白狼くんの強力な踵落としを食らったケルベロスの真ん中の頭が地へ落ちる。ばふぅという音と共に、閉じられた口の中で火球が爆発し、口の隙間から煙が漏れ出た。頭の一つが下がったため、ケルベロスは前のめりになり態勢を崩す。

 その下がった頭を白狼くんは踏み、首を階段のように駆け上り、排除しようと襲い掛かる左右の首を華麗に避けながら胴体へと上り、そのまま大きな背中の上を駆け、蛇尻尾までたどり着く。噛みつこうと飛び掛かってきた蛇尻尾を難なく避けて逆に捕まえると、掴んだままケルベロスのお尻から地面へと飛び降りる。


「お前に犬社会のルールを教えてやるよ!」


 そう叫んだ白狼くんは掴んだケルベロスの尻尾を釣り竿でも降るように、自分の背中から頭、顔の前へと引っ張る。当然、尻尾の持ち主であるケルベロスの巨体もその動きに連動する。白狼くんの後ろにいるケルベロスの体が浮き上がり、宙を舞い、仰向けに地面へ叩きつけられる。

 ズドーンというすさまじい音がして、土埃が舞う。お腹が丸見えになったケルベロスは、服従のポーズをする犬のようにみえた。

 ……いや、すごすぎぃ! こんなでかい怪物、持ち上げて投げるとか、白狼くんどれだけ怪力なのぉ!?


「小乃葉様、チャンスです!」


 驚いている私にむかって、白狼くんが言う。そうだよ! ケルベロスがダウンした今、急いで追撃をかけないと!

 急いで起き上がった私は、体に残った力をここで使い切るぐらいの勢いで駆け出す。

ケルベロスは起き上がろうとしていたけど、ダメージが大きいらしく再びズシーンと音を立てて地面に伏せていた。


「小乃葉様っ!」


 駆ける私の目の前で白狼くんが突然、両の手を組んで屈む。これ、あれだ! 一人が発射台となって、組んだ手でもう一人を飛ばすやつ!

 白狼くんの意図を理解した私は頷いてから、彼の組んだ手の上に足をのせる。直後、白狼くんの両手に打ち上げられて、私の体が空を飛ぶ。校庭の地面があっという間に遠ざかる。


 ……ちょっと待って? なんか私の想定よりもはるかに高くを跳んでるんだけどぉ!?

遠くにある校舎、そこの屋上のフェンスや床がよく見えた。つまり屋上より高く跳んでるってことじゃないのこれ? 着地どうすんの!?

 私の体の上昇に合わせて縦に動いていた景色が一瞬止まる。その後、すぐに体が落下しはじめる。


「えーい! こうなりゃ着地ダメージは無視だぁ!」


 私は起き上がろうとしている地上のケルベロス目掛けて〈白咬〉を振り下ろす。


「ぐおおおおおおおおん」


 落下の勢いも加わった私の渾身の一撃を背中に受けて、ケルベロスが声を上げる。


「ぐへっ」


 ついでに私の体も背中に食らうケルベロス。着地失敗。私の体はトランポリンみたいにケルベロスの胴体に跳ね返されて、校庭に落ちた。ごろごろとグラウンドの上を転がって止まる。


「ど、どうなったの!?」


 慌てて上半身を起こす。ケルベロスに一撃を浴びせた後に落としてしまった神器を探すけど見当たらない。

 その代わりに、私の目の前に差し出された白狼くんの手に気づく。


「小乃葉様、手を」

「う、うん」


 白狼くんの手を借りながら立ち上がる。私が立ち上がるのを見届けてから、白狼くんはある方向を指さした。

 その先を見ると、三つ首の地獄の番犬が力なく崩れ落ちていた。ケルベロスの体はゆっくりと色を失っていき、透明へと近づいていく。そのまま世界に溶け込むように消えていった。


「……勝ったの?」

「えぇ」

「……はぁー。良かったぁ」


 戦いの疲れと緊張感を吐き出すように大きくため息を吐く。せっかく白狼くんの手を借りて立ち上がったのに、地面の上にお尻をついて座ってしまった。

 そんな私の顔を見て、微笑む白狼くん。


「お疲れさまでした、小乃葉様」


 きっと私の顔も、彼の顔みたいに笑顔になってると思う。


「白狼くんもお疲れ様。助けに来てくれてありがとね」

「お礼はいりませんよ。これが僕のお仕事ですからね」

「まぁまぁ。貰って減るもんじゃないよ? 受け取っておいてよ」

「ふふっ、そうですね。貰っておきます」


 笑う白狼くん。


「それにしてもケルベロスの奴、派手にやったねー」


 火球でぼこぼこになったグラウンド。崩れた体育館。校舎にも壊れた壁やドアがたくさんある。


「これが現実世界なら大変なことになってたね。松明置き忘れて湧き潰ししなかったせいで、緑のあいつが爆発しまくった時を思いだすよ」

「それ、現実世界の話ですか? そんな話聞いたことないですけど……」

「ゲームの話は現実としてカウントされないかぁ。……けど学校中をボロボロにするような相手に良く勝てたねぇ。さすが神の使い」

「そこは小乃葉様の助けがあったからですよ」

「えっ、そうかな? えへへ……」


 そういえばトドメの一撃も私だもんね! 自らの活躍を振り返るため、私は短い時間とはいえ過酷だった戦いを脳裏に蘇らせる。

 白狼くんにお姫様抱っこされて揺れで気持ち悪くなったり、段ボール箱に隠れて見つかったり、キャットウォークからケルベロスの背中に落ちたり、ボール踏んで転んだり……。


「……私、本当に白狼くんの助けになった? 正直に言っていいよ?」

「なりましたよ?」


 嘘偽りのない真っすぐな眼差しで私を見る白狼くん。うわー、まぶしー! 足手まといを足手まといと感じないなんて、純粋すぎるぅ!


「ま、まぁ、終わりよければ全てなんたらって言うしね。ラストアタックのプレイヤーは評価値が高くなるのかな」

「そこまで言ったらなんたらじゃなくて最後まで言いましょうよ。終わり悪くなっちゃってますよ」

「全て良くなくなっちゃったか。それにしても最後の私の一撃はショート動画にしてSNSにあげたいぐらい見事な一撃だったね。陸上選手のような跳躍から、振り下ろした神器で巨大な悪魔を両断、そして華麗にグラウンドに着地する私。いいね、高評価お待ちしております」

「編集されすぎて、ほぼ捏造動画になってますよ」

「そして戦いを終わらせた私を祝福するかのように光の球があちらこちらからポワポワと湧き出して……ってなんじゃこりゃー!」


 小さな光る球が、校庭の土や木、サッカーのゴール、水飲み場、学校を囲うフェンスなど、ありとあらゆる物から湧き出ていた。物どころか、いつの間にか見慣れた制服姿に戻っている私の体からも光の球が出てきてる。


「なにこれ、なにこれぇ!? 大丈夫なのこれぇ!? なんか私の中の大切な何かが外に出て行ったりしてないよね、これ!? まさか白血球っ!? 私の体から白血球が出て行ってるのかっ!?」

「違いますから。無害ですから落ち着いてください、小乃葉様」


 そう白狼くんは言うけど状況はさらに悪化し、光の球が出てきているありとあらゆる物体の色がどんどん薄くなっていく。

 私の体まで薄くなっていっているんだけどぉ!? 私、消えるの!? さっきのケルベロスみたいに消えちゃうのっ?


「怖い怖いっ! 白狼くん、これ本当に平気……なの……?」


 そう白狼くんに尋ねている途中で、彼が寂しそうに微笑んでいることに気づいた。

 この世界のありとあらゆるものが光の球を出し、色を失っていく中、白狼くんだけは何も起こっていない。


「僕の作った複製世界が崩壊しはじめているんです。悪魔を閉じ込めておくという役目が終わりましたからね。小乃葉様の体も元の世界に戻るだけなので安心してください」

「……そっか。そうだよね。白狼くんのお仕事は、終わったんだもんね」


 だから、これで白狼くんとはお別れ。……寂しいけど仕方ないよね。


「小乃葉様、元の世界のことなのですけど、僅かな時間とはいえ〈真化〉したケルベロスが顕現していたので、その影響で何か異変が起こっているかもしれません。もっとも、気づかないかもしれないぐらいの些細な変化だとは思うんですけど。一応驚かないように先に伝えておきますね」

「わかった。戻ったら間違い探しを楽しむよ」


 お別れの前に握手がしたくなったので、私は白狼くんに手を差し出す。彼は差し出された私の手を見て驚いていた。


「今度は仕事じゃない時に会えるといいね」

「そうですね。悪魔と鬼ごっこするのは大変でしたから」


 手が握り返される。


「またね、白狼君」


 さようならより、またねのがいいよね。きっと。

 白狼くんは言葉の代わりに、控えめな笑顔を返してくれる。あまり表に出さない感情とは裏腹に尻尾が大きく揺れているのが見えたけど、触れないことにしよう。

 世界と私の体がどんどん透明になっていく。握手していた手が擦り抜けた。目の前が真っ白になって、何も見えなくなっていく。


「また会おうねー!」


 返事が聞こえなかったから、私の最後の声が彼に届いたかはわからなかった。

 でもきっと、また会えるよね。

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