8 VS焦熱の猟犬ケルベロス

 徐々に迫ってくるケルベロスの足音。たぶん、すぐ近くの廊下のところまで来てる。

 教室の中で身を潜めながら、思う。武器を手にしたのはいいけど、どうやって戦えばいいのかな? ゲームの中でなら大小さまざまな形状の怪物相手に数々の勝利を収めてきた私だけど、実際に怪物と戦った経験はゼロ。戦闘素人の私は、指示が欲しくて白狼しろうくんの顔を見る。


 白狼くんは自分の口元に指を当て私に喋らないようにとジェスチャーで伝えてから、突然、教室の前のドアに向かって駆け出す。白狼くんの足音に反応したのか、姿が見えないケルベロスの足音も速くなった。

 白狼くんがドアを開け教室から廊下に飛び出ると同時に、窓の向こうにケルベロスの三つの頭が登場する。神使と悪魔、お互いの姿を確認した二者はすぐさま戦闘を始める。


 ……静かにって指示をもらったけど、武器を渡されたわけだし、このままずーっと静かに隠れてろってことじゃないよね。隙を見て不意打ちしろってことかな。よし、あの悪魔にゲームで鍛えた私のアンブッシュ技術をお見舞いしてやろう。


 廊下では巨大な前足や歯、体躯で窓ガラスや壁、天井を破壊しながら迫りくるケルベロスの攻撃を、白狼くんがカンフーか拳法かわからない格闘術でいなしたり躱したりしながら、蹴ったり殴ったりして戦っている。

 攻防を目まぐるしく入れ替わらせながら、廊下を移動していく二者。私が隠れている教室の窓から、戦闘の様子が見えなくなる。


 見えなくなっても当然戦闘は続いていて、白狼くんの声やケルベロスの唸り声、壁やガラスが壊れた音、床を蹴る音など戦ってる音が校舎に響いていた。戦闘音はどんどん遠ざかっていき、やがて聞こえなくなる。……どうなったんだろ?


 ケルベロスに気づかれないよう、トゲトゲ棒――〈白咬はくごう〉を両手で抱きながらそーっと忍び足で教室を歩く。開いたままの教室のドアから、顔だけをひょこっと廊下に出して様子を見る。白狼くんもケルベロスも廊下にいない。


 教室から出て廊下を歩いてみる。白狼くんとケルベロスはどこにいったのかな? 下の階? それとも外? ある程度廊下を歩いたところで立ち止まり、窓から下を確認してみる。〈白咬〉を側に置き、割れたガラスで怪我をしないように気をつけながら、窓から身を乗り出して下を見る。


 私がいる校舎と向かい側にある特別教室校舎に挟まれるように存在する中庭が見えた。

三階ぐらいまで届きそうな木が植えてあり、その木を囲うように木製のベンチが配置されている。どこも壊されていない見慣れた中庭。ここでは戦闘が起こってないっぽい。


 じゃあ、ケルベロスと白狼くんはどこにいったんだろ? 窓から離れ、振り返る。すると、何かを踏んづけた。教室のドア。廊下に倒れている。

 足元のドアから、顔をあげ、倒れていたドアが元々あった場所を見る。教室の入り口。


その教室は使われていないのか、カーテンが閉まっていて薄暗くなっていた。陽射しが遮られたその空間の中央。そこに三つ首の巨犬がいた。六つの瞳を赤く光らせて私を見ている。

 ……とりあえず、可愛く笑って手を振ってみる。こんにちはー。仲良くしようよ。


「うおおおおおおおん!」

「だ、だめかぁ!」


 戦闘開始の合図とばかりに吠えてから、私目掛けて突っ込んでくるケルベロス。急いでその場を離れ、ケルベロスがいた教室の、すぐ隣の教室へと逃げ込む。……いや逃げちゃ駄目だ。今の私には武器――〈白咬〉があるんだから戦おう!


「おらぁ、かかってこいトリプルヘッドワン公! トゲトゲ棒の威力見せてやるわぁ! ってやべぇー! 中庭見る時に窓のとこに置いてきたんだったぁ! 私のアホぉ!」


 急いで拾いに行こうと廊下へ飛び出そうとするけど、その私の前にケルベロスが教室の入り口を塞ぐように立ちはだかる。


「ちょっと待って! いったんメニュー画面開いて〈白咬〉装備するから、それが終わるまで待ってて!」


 私の制止の声を無視して、教室へ飛び込んでくるケルベロス。その巨体によってドアが破壊され、机は吹っ飛ばされ、椅子が踏み潰されぺちゃんこになる。

 一瞬で爆発でもあったかのように無残な光景となった教室入り口周辺を見て、私は決心する。よし、逃げよう。武器無しじゃ無理。


 教室の二つある出入口の内、ケルベロスが入ってきたドアとは反対側のドアに向かってダッシュ。ちらりとケルベロスを見ると、駆け出した私を追うように三つの頭が向きを変えていた。不気味。

 廊下に飛び出し、そのまま窓際の壁に立てかけられた〈白咬〉に向かって走る。そんな私を教室の中から見つめるケルベロス。追いかけてくるのも怖いけど、じーっと観察してくるのもこれはこれで怖い。


 〈白咬〉を走りながら拾った私は、すぐに近くの教室へと飛び込む。最初にケルベロスがいた、カーテンの閉まった教室。一連の流れの間、何故かケルベロスは追って来なかった。まさか私の言葉が通じて、装備するまで待っててくれたのかな? そんなわけないか。


 ケルベロスは隣りの教室にいるはずなんだけど……何やってんだアイツ? 気になったので、教室の後ろに行き、壁に耳をくっつけて隣の様子を窺う。うーん? わからん。

 その瞬間、物凄く大きな音と共に私の近くの壁が破壊され、灰燼が舞い上がる。


「ごほっごほっ……なーっ!?」


 驚く私の目の前、壁に出来た大きな穴には、その穴を埋めるように巨体を詰まらせたケルベロスがいた。体当たりで壁をぶっ壊したの!?

 壁から抜け出たケルベロスは教室の中央まで歩いてから、体に纏わりつく壁だったものの破片を、ぶるぶると体を振るって周囲へと飛び散らせる。飛んできた小さな破片がこつんと私の頭に当たった。いてぇ、何すんだこの野郎。

 文句言ってやろうと睨もうとしたけど、先に三つの頭に睨まれた。


「うおおおおおおん!」

「上等じゃあ! 今度こそ神器の力みせてやるぅ!」


 ケルベロスの遠吠えに負けないぐらい叫んで気合を入れる。私に向かって迫るケルベロスの頭目掛けて、両手で力強く握りしめた〈白咬〉を振りぬく。的は三つもあるんだ! どれかに当たれぇ!


 ケルベロスが急停止する。三つの頭の位置をそれぞれ上げたり下げたりと移動させ、私がバットのように振った〈白咬〉の軌道上から頭を逃がす。避けられた〈白咬〉は、そのまま壁にぶつかりトゲトゲを突き立てた。くそぉ、外れたぁ!


「けど、これで終わりと思うなぁ!」


 二撃目を浴びせるため、壁に刺さったトゲトゲ棒を引っこ抜……抜けねぇ! トゲトゲが壁に思いっきり食い込んでる! 片足の裏を壁につけ、私の全体重を〈白咬〉にかけて引っ張るけど抜けない。

 そんな必死に〈白咬〉を回収しようと頑張ってる私を、ケルベロスの三つの頭がじーっと見つめていた。


「さっきのこれで終わりと思うなよっていう発言は無しで。さっきので終わりです。戦闘終了。ちゃららららーん。小乃葉は経験値1を手に入れた。ほら終わったよ。解散、解散」


 しっしっと手で追い払ったけど、ケルベロスは立ち去らない。それどころか尖った歯の並ぶ三つの口を大きく開け、お前を噛み砕くぞと予告してくる。


「終わりって言ってんだろぉ!」


 〈白咬〉を壁から引っこ抜くのを諦めた私は柄から手を放して、襲い掛かってきた三つの顎から飛び退いて逃げる。教室から飛び出し、廊下へと逃げ出ると、通路の奥に誰かがいることに気づく。

 白狼くんだ! 無事だったんだ! 向こうも私に気づいたらしく、すぐに私に向かって走り始める。


「すみません小乃葉様! 今、行きます!」


 ケルベロス相手に不覚を取り戦闘を離脱していたことを謝る白狼くんの声と同時に、ケルベロスが廊下へと飛び出してくる。武器のない私は、ケルベロスから身を隠すため、隣の教室へと逃げ込む。

 私を追ってきたケルベロスと私を助けようと走ってきた白狼くん、お互いの姿を確認した二者が、再び廊下で戦いを始める。


 その戦いの音を聞きながら、教室に逃げ込んだ私はケルベロスが開けた穴を通って、〈白咬〉が刺さった隣の教室へと移動する。ケルベロス、愚かな奴め。賢い私はお前が開けた穴を利用してやったぞ。

 片足を壁につき、両手で〈白咬〉の取っ手を掴み、再び全体重をかける。うおー抜けろぉー! 抜け……たぁ!


「おわぁ!」


 勢いあまって後ろにひっくり返る。転んだ拍子に手放してしまった〈白咬〉は空中を舞ってから、顔のすぐ近くの床にトゲトゲを突き立てた。あぶねぇ! 自爆するとこだった!

 でも武器は回収できた。すぐに白狼くんの援護に向かおう!


 廊下に飛び出すと、白狼くんの姿もケルベロスの姿も見当たらなかった。またこのパターンかっ! 不意打ちするはずが、また逆に不意打ちされそう。そんなことにならないように耳を澄まして戦闘音を探る。たぶん下の階にいる。


 ずっと構えていると重くて疲れるため〈白咬〉を引きずり先端のトゲで廊下を傷つけながら走る。廊下端の階段を降り、三階へ。

 廊下の奥で戦っている白狼くんとケルベロスが見える。待っててね、白狼くん、今助けに行くから! 廊下を駆ける。


 しかし私が助けに入る前に、白狼くんはケルベロスが繰り出した頭突きのような体当たりによって吹っ飛ばされてしまう。廊下を一直線に吹っ飛ぶ白狼くん。その先は……。


「えええええ!?」


 私の方に飛んできたぁ! 避ける? いや、白狼くんを受け止める!

 武器を手放し、両手を自由に。小学校のドッジボールを思い出し、受け止めるために腰を落とす。あっ、よく考えたら私、ドッジボールはキャッチ苦手で避ける派だったわ。いや、今日から私はキャッチ派になる!


 覚悟を決め構えた私に白狼くんの体が迫る。

このまま私にぶつかるかと思ったけど、白狼くんは空中で態勢を整え、猫みたいに上手に両手両足を廊下につけて着地する。ただ床に手足をつけたはいいけど、吹っ飛ばされた勢いが殺せずに白狼くんの体は廊下を滑っていた。このままだと私にぶつかる。

 そう思っている私の目の前で、白狼くんが床を強く蹴る。天井近くまで飛び上がり、私を飛び越し、私の後方に着地する。

 まるで体操選手の床運動みたいなアクロバティック動きを披露した白狼くんは、受け止めようと構えたポーズのままで彼のことを見ている私に気づく。


「……小乃葉様? どうしました?」

「いや、別に」


 白狼くんを受け止めるために床に投げ捨てた〈白咬〉を拾う。ついに活躍の時かと思って、せっかく気合入れたのになー。


「小乃葉様、前っ!」

「前? 前って……ぎゃー!」


 ケルベロスがドシドシと音を立てながら迫ってきていた。慌てて近くの教室へと逃げ込む。

 あれこの教室って……私の教室だ! 教室に置かれた生徒の私物や、壁に張られた掲示物、後ろの黒板に書かれた今週の予定や文字でわかる。自分の教室ならどこに何があるかわかるし、ここで戦えば有利かも!


 私を追いかけてきたケルベロスがドアを壊しながら教室の中へと入ってくる。

私はまんまと私のホームにやってきた愚かな悪魔を指差し勝ち誇る。


「かかったなケルベロス! ここは私のクラス! お前は何も知らずに、私に有利なこの場所におびき寄せられたんだ!」


 犯人を追い詰める名探偵の如く、びしっと言ってやる。


「いつの間にそんな作戦を!?」


 廊下の白狼くんが驚く。私の剣幕にケルベロスは僅かな間怯んでいたけど、すぐに机や椅子を跳ね飛ばしながら私目掛けて突っ込んでくる。


「ふっ、私に有利なこの場所で戦うとは愚かな奴め」


 地の利を生かすため、私は……あれ? 別に自分のクラスでこの三つ首の怪物と戦ったからって、有利なこと何もなくない?


「あっぶねぇ!」


 その事実に気づいた私はすんでのところでケルベロスの噛みつきを避ける。避けた私の代わりに机が噛み砕かれた。


「ちょっと待った! 教室、思ったより有利じゃなかった!」

「あの……小乃葉様? 何かその場所を活かした作戦があるみたいなこと言ってましたけど、僕、助けに入った方がいいですか? それとも作戦の邪魔にならないよう、ここから見てたほうがいいですか?」

「すぐ助けに来て!」


 机の間をすり抜けながら、ケルベロスから逃げ回る。その私を追って、ケルベロスが椅子や机を吹っ飛ばしたり、噛み砕いたりしている。


「今行きます!」


 私とケルベロスの追いかけっこによって倒れた椅子や壊れた机で散らかりまくった教室。

そんな足場の悪い環境を、白狼くんは難なく移動し、私とケルベロスの間に割り込む。そのまま流れるように蹴りへと移行し、ケルベロスの頭や胴体へと打ちこむ。

 しかしケルベロスは怯まず、前足による薙ぎ払いや、噛みつき攻撃で反撃してくる。その攻撃を華麗に躱す白狼くん。


 ケルベロスが白狼くんに気を取られてる今がチャンス。私は〈白咬〉の柄をしっかり握り、そーっとケルベロスの後ろ側へと回りこもうとする。

 そんな私の動きに気づいたのか、ケルベロスは白狼くんと戦いながらも三つの頭のうちの一つを私へと向ける。不意打ち失敗かぁ! けど白狼くんとの戦いが忙しくて私にリソースを割く余裕はないはず! かまわず突撃だー!


 迫る私に気づいたケルベロスは白狼くんと戦いながら、頭の一つを使って近くの椅子を咥える。そのまま頭を勢いよく振って、咥えた椅子を投げ飛ばす。ケルベロスが椅子を投げた先。それはもちろん私。


「あぶなぁ!」


 私の頭目掛けて飛んできた椅子をしゃがんで避ける。椅子は教室の窓ガラスを破りながら、廊下へと飛んでいった。壁や床に当たりながら転げ回る音が聞こえる。


「てめー! 椅子が当たって私の頭と入れ替わったらどう責任とる気だ! 首の上についた椅子を回転させて、元気百倍アンパンマンって叫ぶぞ、このやろー!」


 自分で言ってて良くわからん罵声だったけど、その声にケルベロスが一瞬気を取られる。その隙を突き白狼くんがケルベロスの胸部に掌底をお見舞いする。まともにくらい数歩後ずさるケルベロス。


「うおおおおおおおおん!」


 三つの頭が悔しそうに吠える。ざまーみろー!

 あまりの悔しさにおかしくなったのか、ケルベロスは噛みつきの届かない距離なのに三つの口を開きはじめた。


「そんな離れたところで口開けても、私も白狼くんも噛めないぞー。どうしたーびびってんのかー!」


 私の挑発をうけてもケルベロスはその場から動かない。代わりに三つの口の中を赤く輝かせる。……なにする気?


「小乃葉様!」

「はいな?」


 呼ばれて白狼くんの方を見た瞬間、私の体は白狼くんに抱きかかえられる。私を抱えた白狼くんはドアが壊れた出入り口から廊下へと飛び出た。

 突然、白狼くんに抱きかかえられ混乱しながらも教室を見ると、ケルベロスの三つある頭全てがまるで私たちを追跡するように向きを変えていた。私たちを追う三つの口から、赤い火の玉のようなものが吐き出される。

 吐き出された三つの赤い火の玉が、廊下の壁や天井に当たり爆発する。当たった場所は穴が開き、黒く焦げていた。


「何あれ何あれ!? あんなの吐き出せるなんて聞いてないんだけどぉ!?」


 白狼くんは私を抱えたまま、廊下を走る。その私たちを追って、教室からケルベロスが出てくるのが見えた。


「悪魔ですからね。火球ぐらい吐くだろうと思っておくべきでした」

「どうしよう!? 私たちも対抗して何か吐き出す!? って言っても私、昼食べた給食ぐらいしか出せそうもないけどぉ!?」

「それは胃に留めておいてくださいね」


 ケルベロスが再び口の中を輝かせる。


「白狼くん! アイツ、また火球を飛ばす気だよ!」

「了解です!」


 廊下から渡り廊下へ移動する私たちに向かって、ケルベロスは教室前の廊下から火球を連続で放つ。廊下に一発着弾、窓ガラスを割りながら渡り廊下に一発着弾、そして最後の一発は私たちが逃げ込んだ特別教室棟の外壁に当たって爆発する。良かったぁ、私たちに当たらなくて。

 白狼くんに抱えられたまま、特別教室棟の三階廊下から階段を使い二階へと向かっている時に、ふと気づく。


「ねぇ、白狼くん。今更なんだけど、向こうに飛び道具があるから、このまま離れていったらどんどん不利にならないかな!?」

「あっ、そうですね」


 二階の廊下についたところで白狼くんが立ち止まる。私をそっと降ろしてくれる。


「ありがと。……これから、どうしよ?」

「相手に飛び道具があるのが判明しましたからね。隠れて近づいて近接戦に持ち込むか、火球を避けやすい足場が良くて広いところで戦うか……。逆に逃げ場所が狭くて限られるところは火球の餌食になって戦い辛そうですね」

「広いところかー。体育館とか校庭かな……あっ!」


 廊下の窓から、ケルベロスが向かいの校舎の三階壁をぶち破って中庭へと飛び降りたのが見えた。

外に出たケルベロスに見つからないよう、白狼くんの袖をひっぱりながらしゃがむ。私が袖をひっぱった意図に気づいて、白狼くんも姿勢を低くする。


「どうしよう? どっちの作戦がいいかな?」


 ひそひそ声で白狼くんに向かって話しかける。


「僕としては隠れて近づくっていうのは性に合わないんで、広いところで戦う作戦を選びたいですね。ただ……」


 私と同じように小声で喋る白狼くんが、私の顔をまじまじと見る。


「小乃葉様、あの火球避けれそうですか?」

「どうだろう? やってみないとわからないや……。ちなみに当たったらどうなるかな? 残機が一機減る?」

「人間って命一つだけですよね? 死んでません、それ? 火球に当たっても神衣が守ってくれるんである程度はダメージが抑えられると思いますけど、それでも軽傷では済まないと思います。ですから避けた方がいいですね」

「わかった。こんがり肉にならないよう必死に避けるよ。……それじゃー、作戦は両方採用しようか?」

「両方? どうするんです?」

「白狼くんが広いところでケルベロスと戦ってる間、私はこっそり隠れてケルベロスに近づく」

「……遮蔽物の無い広いところで、こっそり近づくんですか? 出来ます?」

「まかせて。私にいい考えがあるから」


 そう言って私は身を低くしたまま廊下を移動する。その私の後を、白狼くんが私と同じような姿勢でついてくる。

 そうして二人でこそこそ移動しながら、近くにある資料室兼倉庫の部屋の前まで移動する。


 資料室のドアは、二つの戸をがらがらとスライドさせる教室のドアと違って、一つの戸を押したり引いたりするタイプになっていた。そのドアノブを掴み、回し、そーっとドアを開ける。

 よかった。鍵がかっていなくて。まず第一段階はクリア。次の問題は目的のアイテムが資料室にあるかどうか……。


 資料室の中はカーテンが掛かってるせいで暗く、しかも埃っぽい。埃から身を守るため、神衣の袖で口元を覆う。

 教室の面積の半分以下の空間には、隙間なくびっしりと本が埋められた棚や、机の上に置かれた定規や地球儀など授業に使いそうなもの、逆に何の授業に使うかのかわからない頭だけのマネキンやぬいぐるみなどが乱雑に床に置かれていた。色々あるなぁ。


 その中には私が探してる目的のアイテムもいくつかあった。段ボール箱。

 私の背より高い棚の上にある段ボールは取るのが大変そうだったので、床に置かれた段ボール箱に目をつけ、さっそく中に入っていた教科書を取り出し始める。


「あの小乃葉様……何をする気なんですか?」


 白狼くんが、私を手伝って一緒に段ボール箱から教科書を取り出しながら聞く。


「この段ボール箱に隠れて、ケルベロスに近づこうと思うんだ。どう? 良い考えでしょ?」


 教科書を取り出し終え「ふぅ」と一息ついてから、白狼くんを見る。不安そうな顔で私を見ていた。あれ、なんで?


「絶対やめたほういいですよ、それ。気づかれて段ボール箱ごと丸焼きにされる未来しか想像できませんよ」

「えっ、でもゲームだと結構バレないんだけど」

「ゲームだからですよ」

「そうかなぁ? まぁ、せっかく中身出したんだし、試しに入ってみるから見ててよ」


 教科書を取り出し終え、空になった段ボールの中に入ってみる。思ったより狭い。〈白咬〉は箱からはみ出ちゃうから、持ち込めなさそう。資料室の床に置いておこう。

 段ボールの底を壊し足が出せるようにする。段ボールを身に着けたまま立って歩いたり、座ったり箱の中で縮こまったりしてみる。……完璧では?


「白狼くん、どう見える?」

「どうって……段ボールです」

「よし。私に見えないってことだね。いけるな」

「いやいや、いけますぅ!? 小乃葉様、武器置いちゃったから今素手ですよっ!?」

「あっ、そうだった。なんか良い方法ないかな? ……ととっ」


 段ボールを身に着けたまま立ち上がると、箱が何かにぶつかり、思わずよろけてしまう。よろけた先で何かを踏み、さらによろける。さっき散らかした教科書を踏んだかも。そうしてよろけ続けた結果、私の体は資料室から少し出てしまう。


「げっ」


 いつの間にか廊下の奥にケルベロスが来ていた。幸運なことに背中を向けているため、私には気づいていない。あぶねぇ! 急いで私はその場にしゃがみ、段ボール箱へと擬態する。


「絶対やめた方がいいですって!」


 そう白狼くんが小声で囁いていたが、もう後には引けない。私は段ボールの可能性を信じることにした。


 箱の中に隠れて息をひそめる。ケルベロスの歩く音が聞こえた。こっちに近づいて来てる。段々と大きくなる足音。その足音が私のすぐ近くで止まる。ケルベロスの息遣いが聞こえる。犬が舌を出して「ハッハッ」とやる可愛らしい物とは違う、大きくゆっくりとしていて禍々しい息遣い。


 ……何も起こらない。

 攻撃されないってことは、段ボール擬態作戦は成功したようだ。やった。でも、この作戦には一つ致命的な問題があることが判明した。外の様子がわからん。


 状況を把握するため、私は段ボールの蓋をそーっとあけ、ゆっくりと立ち上がる。途中で私の頭の上に何か液体が垂れてきた。なにこれ、生臭っ!

 完全に立ち上がると、液体の正体がわかった。ケルベロスの涎だった。立ち上がった私の目と鼻の先で、こちらを見下ろしているケルベロスが垂らしたものだった。

 私はそーっとしゃがみ、段ボールの蓋を閉じる。


「いや、無理ですって! バレてますよっ!」


 白狼くんの声と同時に私の段ボール箱が引っ張られる。


「おわぁ! 何どうなってんの!?」


 慌てて段ボールから顔を出すと、白狼くんが私の入った段ボール箱を資料室へと引っ張りこんでいた。資料室へ回収された私を追って、ケルベロスが中へと入ってこようとする。けど二枚戸の教室と違って資料室の戸は一枚のため狭く、入り口で体が引っ掛かる。


「白狼くん! あいつ、入ってこれないみたい! チャンスだよ!」


 急いで〈白咬〉を拾い、ケルベロス目掛けて突っ込もうとする。

しかし私が突撃するよりも早く、ケルベロスは少し後ろに下がって勢いをつけてから、資料室入口へと体当たりし、ドアと左右の壁を吹っ飛ばしながら侵入してくる。


「小乃葉様、そのチャンス気のせいです!」


 白狼くんはケルベロスに突っ込もうとしていた私の襟首を掴み、親猫が子猫を運ぶみたいに強制的に連れ戻す。ついでにケルベロスの体当たりで私に向かって跳んできた壁の破片を、蹴り落としてくれた。

 ケルベロスが口を開ける。その口内はまた赤く光っていた。やべー! 白狼くんは狭いとこで戦うと火球の餌食になってピンチだって言ってけど、まさに今そうなってんじゃん!


「一旦退きます!」


 そういって白狼くんは私の襟首を掴んだまま、資料室の窓へと走る。鞄にぶら下げられたぬいぐるみみたいに揺れていた私を、白狼くんは持ち直し、抱きかかえる。

そうして、カーテンに包まれた窓ガラスを破り、外へと飛び出る。まじぃ!?


「ここ二階だよぉ!?」

「これぐらい大した高さじゃないです!」


 私を抱えたまま、校舎外に着地する白狼くん。遅れて資料室の窓から空に向かって火球が飛んでいくのが見えた。あぶねぇ! あのまま資料室にいたら丸焼きにされてた!


「無事ですか、小乃葉様? 怪我は無――臭っ」

「ぐさーーーーっ!」


 白狼くんは私の頭から漂うケルベロスの涎の匂いに気づき、決して口にしてはいけない一言を言ってしまう。繊細な私の心に言葉のナイフが突き刺さる。


「ご、ごめんなさい小乃葉様。でも臭いのは小乃葉様じゃなくて、あのクソ悪魔ですからっ!」

「匂いの話と糞って言葉を並べないで。ダメージが倍増するから。……謝らなくていいよぉ。きっとこれは白狼くんの忠告を聞かずに段ボール作戦を決行した私への罰なんだぁ……」

「あ、あの。泣かないでください、小乃葉様。頭、洗いに行きましょう」

「……うん」


 白狼くんは私を抱えて走り出す。ケルベロスが私たちを追うためにやったのか、資料室の窓と壁が壊れるのが見えた。

 よくも私に臭い涎をかけたな。絶対に許さないぞケルベロス。

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