制御してますが、何か?

朝陽 透

第1話 結婚式のブーケは契約の証らしい

今日は、大学時代の友達の結婚式だった。


どんどん結婚していく。

まあ、年齢的にそういう時期だ。


……それにしても。


なぜ俺がブーケをもらう。


本当に、立っていただけだ。


祝福の拍手の中、

妙に痛い視線が集まる。


いらんよ。


――いや。


でも、これって……芹沢さんと、フラグか?


そう思うと、

ほんの少しだけ嬉しくなった自分がいて、

我ながら単純だなと思った。


もらってしまったものは仕方ない。

帰宅して、一人暮らしの部屋にブーケを置く。


男の部屋に、白いバラ。


花瓶はないので、

コップに活けておいた。


……まあ、きれいだな。


たまには花も悪くない。


そう思った、その時だった。


「……ん。ここ、どこ?」


女の声がした。


……は?


何で、女の声がする。


俺は誰も連れ込んでいない。

そもそも、そんな予定もない。


隣の部屋か?

いや、隣は男だ。

しかもオタクの神谷さん。


じゃあアニメ?

……いや、あの人、もっと甲高い声流す。


耳を澄ます。


……違う。


声が、近い。


俺の部屋だ。


何ここ……。

こんなところに来ちゃったわ。


――コップに、女の子が座っていた。


「……あんた、誰?」


女の子が言った。


は?


それ、こっちのセリフだろ。


「名乗りなさい。人間。」


いや、お前が先だ。


「私はロザリア。妖精だけど、何か文句ある?」


「……間宮准です。」


「ふーん。まあ、顔はまあまあね。問題ないわ。」


なんだそれ。


ロザリアは金髪で、

白いバラの妖精と聞いて妙に納得できる見た目だった。


かわいいというより、美人。

薔薇、という表現が一番近い。


「これから、ここに住むから。」


いきなり言った。


は?


「なんで?」


「仕方ないでしょう。あなたが連れてきたんだから。」


「……俺、何もしてないんだけど。」


ロザリアは小さくため息をついた。


「ブーケは契約の証よ。」


「……は?」


「結婚式のブーケでしょう。本来は女の子のところに行くものなの。」


「ガールズトークして、恋の相談して、うまく行ったら――はい、任務完了。」


さらっと言うな。


「でも、あんた男でしょ。」


心底、面倒くさそうに言う。


「……だから?」


「完全にイレギュラーなのよ。」


ロザリアは俺をじっと見て、

一拍おいて言った。


「……本当、顔がこれでよかったわ。」


「最低限、見てられる。」


失礼すぎる。


「俺、制御して生きてるんだけど。」


そう言うと、

ロザリアは一瞬だけ、面白そうに笑った。


「知ってる。」


「だから、来たの。」


……嫌な予感しかしない。


「……名前、長いな。」


ぽつりと漏らすと、

彼女は当然のように言った。


「ロゼでいいわよ。」


「その方が呼びやすいでしょ。」


勝手に決まった。


「じゃあ、とりあえず服、貸して。」


「……は?」


「人間化するから。」


話が早すぎる。


「服。」


「ないし。」


「……は?」


「妖精のままじゃ無理なの。小さいのが大きくなるから。」


「ああ……そういうことか。」


「そういうことよ。」


ロゼは腕を組んだ。


「貸しなさい。」


「なんでもいいから。」


「裸は無理。」


断言だった。


「いや、俺の服しかないんだけど。」


「それでいいわ。」


即答。


「……あとで買ってよね。」


「なんで俺が。」


「金ないんだけど。」


「契約者でしょ。」


さらっと言うな。


「それに、人間化した妖精が着る服がないとか、体裁悪いじゃない。」


体裁って何だ。


「大丈夫よ。」


「あなたの服、どうせ無難なのばっかでしょ。」


……否定できない。


「サイズ合わなかったら?」


「合うようにするから。」


「それ、どういう理屈だよ。」


ロゼは少し考えてから言った。


「妖精だから。」


それで済むのか。


「ほら、早く。」


「人間化、途中で止まると気持ち悪いから。」


最悪の脅しだ。


俺はクローゼットを開けた。


「……ジャージでいい?」


「え? ジャージ?」


「もっとまともな服、ないの?」


「普通のならあるけど。」


「うわ……センスない。」


「この顔でこのセンス……ありえないわ。」


うるさい。


「あっち向いてて。」


「はいはい。」


素直に壁のほうを向く。


背後で、

空気が歪むような、何かがきしむような気配がした。


そして。


「……終わったわ。」


振り向く。


どうやら、人間化は終わったらしい。


「……何とかするって言ってなかったか?」


「無理よ。」


即答。


「そんなこと、できるわけないでしょう。」


「じゃあ、さっきの自信は何だったんだ。」


「気分。」


最悪だ。


ロゼは、

ぶかぶかのジャージの袖をつまみ、顔をしかめた。


「折るしかないわね。」


「……ぶかぶかだわ。」


「それ、俺のせいか?」


「ええ。」


即答するな。


「人間化するのに、サイズまで調整できる妖精なんて聞いたことないもの。」


「じゃあ最初から言えよ。」


「言ったら、もっといい服出した?」


……。


「ほら見なさい。」


論破された。


「准、私、何か飲みたい。」


「え?」


「コーヒーでいい?」


「よくわからないけど……それでいいわ。」


コーヒーを淹れて差し出す。


「どうぞ。」


「ありがとう。」


一口。


「……苦い。」


「何これ、苦いんだけど?」


「コーヒーだし。」


「私、苦いのダメなの。」


即答だった。


「どうすればいいかしら。」


「人間って、こんなの飲んでるの?」


「砂糖、入れたらいい。」


「砂糖?」


「これ入れて、もう一回飲んでみて。」


ロゼは白い粉をじっと見つめた。


「不思議な粉ね。」


「まあ……いいわ。」


もう一口。


「……!」


「甘くなった。」


「不思議。」


「人間って、すごいのね。」


「いや、砂糖入れただけだ。」


しばらく、

コップを両手で持ったまま。


「……通常は、妖精に戻れるの?」


「いや。」


「一回人間化したら、ちゃんとできるまで戻れないの。」


「厄介なのよ。」


さらっと言う。


「だから。」


一拍おいて。


「人間として、よろしく。」


……。


「そうすると……。」


ロゼは当たり前のように言った。


「うん。ここにいるから。」


ですよね。


俺はコーヒーを一口飲んだ。


……苦い。


「ジャージ、何着もあるから。」


「使ってくれたらいい。」


「じゃあ、パジャマ問題は回避ね。」


勝手に問題名をつけるな。


「とりあえず、明日は日曜だし。」


「必要なものは明日買いに行くってことで。」


「うん。」


「ただ、俺、平日は仕事あるから。」


「昼間は家にいない。」


「だから、世話はできない。」


ロゼは少し考えてから頷いた。


「それはわかるわ。」


「それと……。」


言いづらい。


「家事、あんまりできないほうだ。」


「うん、私もよ。」


即答。


「……だと思った。」


「じゃあ。」


「俺が仕事行ってる間、家事はロゼがやるってことでどうだ。」


沈黙。


ロゼは腕を組み、少し考える素振りをした。


「……仕方ないわね。」


「同居するんだから、当たり前よね。」


「了承するわ。」


助かった。


……と思った次の瞬間。


「ただし。」


嫌な予感しかしない。


「私、料理できないし。」


「掃除も得意じゃない。」


「洗濯もよ。」


なぜか誇らしげだった。


「……家事とは。」


「気合いよ。」


何の気合いだ。


「まあ……いい。」


「最低限、生きられれば。」


「そうそう。」


妙に明るく言って、ロゼは伸びをした。


「私、疲れたからお風呂入りたい。」


「……妖精も、お風呂入るのか?」


「当たり前でしょう。」


少し不機嫌そうに言う。


「お風呂は好きなの。」


「人間化したら、ちゃんと入りたい。」


「……使い方、わかる?」


「大丈夫よ。」


「見ればだいたいわかるし。」


それが一番不安だ。


「じゃあ……どうぞ。」


「ありがとう。」


ぶかぶかのジャージのまま、

ロゼは風呂場へ向かった。


扉が閉まる。


……。


俺は一人になったリビングで、ソファに座った。


結婚式のブーケ。

コップ。

ジャージ。

砂糖入りのコーヒー。


どう考えても、制御できていない。


でも。


とりあえず今日は――

生きてる。


「准! 来てー! なにこれ、わかんないんだけど……!」


風呂場から騒ぐ声がする。


「ちょっと待て。」


「とりあえず隠せ。」


「今すぐ。」


慌てて扉を開け、視線を逸らす。


……見てしまった。


いや、違う。


「それより、シャワーはここだ。」


「このレバーをこう。」


「そうすると、お湯が出る。」


操作だけ説明する。


「……あ、出た。」


「湯加減は……多分、大丈夫だ。」


「うん。」


少しだけ空気が落ち着く。


「……見たくて見たんじゃないから。」


一応言っておく。


「知ってる。」


ロゼは少し間を置いて言った。


「今回は、仕方なしよ。」


でも、と付け足す。


「でも……あまり見ないでくれる?」


「……はい。」


即答した。


「ありがとう。」


扉を閉める。


俺は深く息を吐いた。


……心臓に悪い。


風呂から出たロゼは、髪が濡れていた。


「……ドライヤー、どうぞ。」


「何それ?」


「このボタン押して、こうやるんだ。」


説明しながら、髪に風を当てる。


少しずつ、水気が飛んでいく。


「……ありがとう。」


「気が利くわね。」


「どこの姫だよ。」


「ふふ。」


軽く言われただけなのに、妙に心臓に悪い。


「これからも、よろしくね。」


「……え?」


「毎日、よ。」


「だめなのかしら?」


じっと見られた。


……反則だろ。


「……いや、やります。」


即答してしまった。


ロゼは満足そうに頷いた。


「じゃあ、決まりね。」


そう言って、ソファに腰を下ろす。


俺は、少し距離を取ったまま立っていた。


(俺は……制御する。)


(制御するぞ。)


深呼吸。


(よし。安定。)


……たぶん。


そして、風呂上がりにビールを飲んでいた。


やはり、黒はうまい。


「……ロゼも飲む?」


「黒しかないけど。」


「黒って、何?」


「ビール。」


「酒。」


「風呂上がりのビールは、うまいんだ。」


よくわからない顔をしていたが、興味はありそうだった。


「……じゃあ、少しだけ。」


缶を開けて、グラスに少し注ぐ。


「はい。」


「ありがとう。」


ロゼは匂いを確かめるように鼻を近づけた。


「……苦そう。」


「さっきのコーヒーと似たようなもんだ。」


「また砂糖入れる?」


「それは違うと思うわ。」


慎重に、一口。


「……。」


「……どう?」


「……変な味。」


正直だな。


「でも。」


少し考えてから。


「嫌いじゃないかも。」


そう言って、もう一口飲んだ。


「人間って、苦いもの好きよね。」


「慣れだよ。」


「慣れ……。」


ロゼはグラスを見つめた。


「人間化って、面倒ね。」


「今さらか。」


「でも。」


「こういうのは、ちょっと悪くないわ。」


そう言って、ソファに背中を預ける。


ジャージ姿で、髪はまだ少し湿っている。


……妙に日常だ。


俺はビールを一口飲んだ。


やはり、黒はうまい。


(制御……。)


(今日は、ここまででいい。)


そう思うことにした。


「……寝るか。寝よう。」


そう言ったところで。


「あ……。」


その時、初めて気づいた。


ベッドは一つしかない。


お客様用の布団もない。


「……えっと。」


言葉を選ぶ。


「床は寒いし。」


「今日は……一緒で。」


「変なことはしませんので、どうぞ。」


自分で言っていて、何を言っているんだと思った。


「ありがとう。」


ロゼはあっさり言った。


「入っていいわよ。」


……え?


拍子抜けするほど、何も考えていなさそうだった。


「……あなた、どうしたの?」


「顔、赤いわよ。」


「熱でもある?」


「いや……別に。」


「緊張してるの?」


……察しがいいのか悪いのか。


「大丈夫よ。」


「取って食ったりしないから。」


妖精だから、と続ける。


「悪魔みたいに、何かを吸うとか、しないから。」


「安心して。」


安心できるか。


「そういうことができる妖精も、いるかもしれないけど。」


「私は、できないの。」


誇るところなのか、それ。


「……うん。」


完全にズレている。


ロゼは布団に入って、当然のように言った。


「だから、一緒に寝るわよ。」


「これからも、一緒でしょ。」


……え?


「違うのかしら?」


一拍。


「一緒で……。」


言葉が途中で切れた。


俺は、ゆっくりベッドに入った。


距離は、ちゃんと取っている。


取っている、はずだ。


(……制御。)


(制御しろ。)


(俺は、制御できる。)


ロゼは、すぐに寝息を立て始めた。


……。


眠れるわけがない。


隣に、美女すぎる美女がいる。


しかも、いい匂いだ。


……薔薇。


さすが薔薇の妖精だと思う。


本当に、薔薇の匂いがする。


化粧なんてしていないはずなのに、普通に美人なのが腹立たしい。


そして――

さすがに、肌が当たる。


……柔らかい。


体温も、人間と変わらない。


(いや、待て。)


(俺、どうするんだ。)


頭の中を必死に整理しようとするが、うまくいかない。


さっきまで浮かんでいたはずの芹沢さんの顔は、もうどこにもなかった。


代わりにあるのは、すぐ隣の、規則も常識も通じない存在。


(制御……。)


(制御できるのか、俺……。)


ロゼは、何も気にしていない様子で、静かな寝息を立てている。


……最悪だ。


俺は天井を見つめたまま、ひたすら動かないことに集中した。


(今は……耐えるフェーズだ。)


そう言い聞かせながら。


眠れない夜が、静かに続いていた。

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