彼女と猫と、ウサギ。

@-ndA0lightsy

彼女と猫と、ウサギ。

 二〇二五年、大晦日。

 澄んだ夜空を見上げ、彼女は一人、白い息を吐く。

 いくつもの星々が白く瞬き、規則正しく点滅する飛行機の往来が見える。

 カフェオレ色の大判マフラーを巻き直し、閑散とした住宅街を歩く。

 アスファルトへ触れる靴音が、凍てつく空間へ鋭く反響する。

 都会から遠く離れた、しかし駅近にあるこの場所へ人影は見られない。その代わり、夕食時である家々の窓から、笑顔が垣間見え、優しい光が溢れ出ている。

 見慣れた光景を横目に、売れない作家は歩き続ける。

 

 住宅街から少し離れた、小さなベランダ付きアパートの二階。そこが彼女の帰る場所である。

 鍵を差し込み扉を開ける。数日前から点けたままのエアコンが、既に部屋を暖めている。

 ムートンブーツを脱ぐと同時に、主人の帰宅に気づいたハチワレ猫が奥の部屋から、あくびをしながら近づいてくる。

 手を洗い、丈の長いキルティングコートをポールハンガーへ掛けると、視界の先に映る小さなワークデスクへ腰かける。

 六年ほど使い続けているノートパソコン。スリープを解除すると同時に画面へ表示されたのは、とある小説執筆アプリだった。

 書きかけの長編小説が、テキストカーソルの点滅と共に佇んでいる。

 自動給餌機の作動音が鳴る。飼い猫は、音に誘われるよう、彼女の足元から静かに離れる。

 文字を打つ彼女。しかしその内容はどうも、本意ではないらしい。

 暫くして筆が止まった頃、表示されているタスクバーの上に、半透明のウサギがひょっこりと現れる。

 彼女はマウスポインターでそれに触れようとする。しかしウサギは液体のように形を変えて、跳ねながら、揺れながら、うまく体をしならせ逃げ回る。

 何度もそんなことを繰り返しているうちに、彼女の意識は、描くべき世界の輪郭を徐々に捉えつつあった。

 ウサギは何も話さない。画面上で迷いなく打ち込まれる文字をよそに、しかし、気にする素振りは見せる。

 

 文字を打ち込む指先は、止まることを知らない。タイピング音、そして猫のいびきだけが聞こえるこの空間は、暖かいままである。


 時間を忘れるほど没入していた彼女はふと、画面右下を見る。

 あと数分で、新年を迎える。

 ウサギはそんな彼女を、何年も前から画面の中で見守り続けていた。

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