真っ白な誕生日

蝌蚪蛙

本編

「客、来ねえな〜」

 虚しい独り言だけが響く。

 自分以外誰もいないコンビニ。

 客がいなければ従業員の自分も特にやることもない。

 とりあえずレジに立ちながら菜箸でおでんをいじったりしてみる。

「この時期はよく売れるはずなんだが、外がこうも荒れてるとな……」

 憎々しげに外を見る。

 自動ドアの向こうは真っ暗。それでいて真っ白。

 大量の雪が猛烈な勢いで横に流されている。

 俗に言うホワイトアウト。

 ブリザードと言って差し支えないほどの猛吹雪。

 とても出歩けたものではない。

 冬の関東とはいえこの天候は異常だ。

「誕生日がすぐそこに迫ってるってのに……」

 現在の時刻は夜の十一時過ぎ。

 このまま日付をまたげば自分の誕生日だ。

そんな日にワンオペで夜のシフトに入っているのもおかしいのだが……。

 とはいえ仕方ない。一人暮らしのフリーターの身。誕生日プレゼントも自分で買うしかないのだ。

「こんな状況じゃ家でささやかなお祝いすらできねぇぞ……」

 日付を回れば賞味期限切れで廃棄になる食品がいくつか出る。それをかき集めて食事だけでも豪勢にしようと画策していた。だからこそこの時間のシフトに入ったのだ。それが今や家に帰れるかすら怪しい。

 そろそろおでんをいじるのも飽きてきた。

「せめて客でも来てくれれば気も紛れるんだが……」

 その時。

 自動ドアが開く。

 静寂を破る入店音。

 待望の客の来店だ。

「いらっしゃいま……せ」

 威勢よく出そうとした声がしぼむ。

 原因はやって来た客の姿。

 二メートルほどの背丈。

 映画泥棒を思わせる巨大なレンズの頭部。

 光沢のある黒い装甲に覆われた体。

 所々で輝くゲーミングパソコンのような七色のランプ。

 なんだ。雑用ロボットか。

 心の中で呆れる。

 この時代では珍しくない。一昔前にスマートスピーカーと呼ばれていたもの。それにカメラと手足がついたのがこれだ。組み込まれた高度なAIのおかげでまるで人間のようにやりとりができる。こんな感じでお使いなんてのも可能だ。

 今日のような天気でもロボットならお構いなし。だからといって迎える側からしてみれば、相手がロボットでは接客に張り合いがない。なにせ挨拶や愛想などロボットは気にしないのだから。

 そうこうしているうちに、店内を物色していた雑用ロボットがこちらに向かってくる。

『すみません』

 滑らかな合成音声。

 かなり新しいモデルのようだ。

 口調は固いがそこはご愛嬌。

 そんなことより。

「なんでしょうか?」

 最低限の愛想を纏いながらの応対。

 雑用ロボットは基本的にセルフレジを使う。店員である自分に声を掛けたということはそういう用事があるということだ。

『おでんの大根と玉子を二つずついただけますか?』

「承知しました」

 良かった。おでんが売れた。

 いじくり回していた甲斐があるというものだ。心の中で軽く小躍りする。

「以上でよろしいでしょうか?」

 先程より笑顔も大きくなるとういうもの。

『コレもお願いします』

 ロボットがカウンターに何かを置く。

 店内を物色していたのだ。商品棚の商品も一緒に会計してほしいのだろう。

「かしこまり……ました」

 置かれたものを見た瞬間、言葉に詰まる。

 コンドームだった。

 一気に冷める高揚感。自分でも真顔になっているのが分かる。

「……こちら一点ですね」

 目の前にいるのは雑用ロボット。当然、おでんもコンドームもこいつのオーナーが欲したに決まっている。それは自由だ。

 じゃあ、何でこんなにもやもやしてるのだろう。

 微笑ましいお使いロボットが急に生々しい商品を取り出したから?

 独り身の誕生日すら満足に過ごせない自分への当てつけに見えたから?

 おそらくどっちもだろう。

「……一五六〇円になります」

 力なく金額を読み上げる。

『タッチ決済でお願いします』

 決済機能まで付いているとは。やはりこのロボットは最新型だ。

 セキュリティとかはどうなっているのだろう?

 まあ、そんな権利のない自分には無縁だろうが。

「こちら商品になります」

 商品を渡す。

 目の前のロボットはまずおでんの入った容器を受け取る。同時にその腹の蓋が開く。現れたのは小さな収納スペース。そこに容器を収めて蓋を閉じる。一瞬、腹の装甲のパネルに温度が表示された。どうやらあのスペースには保温機能があるようだ。さすが最新型。

 一方のコンドームは雑に背中の収納スペースに放り込まれた。一瞬だけあらぬ方向に曲がる腕。関節の自由度が高いのはロボットの利点だ。

 荷物をしまい来店時と同じ手ぶらになったロボット。荒れた天候を気にすることもなく悠々と退店していった。

 再び訪れる静寂。

 心を惑わされたものの面白いものを見させてもらった。しかし、やはりこうなるとこみ上げる人恋しさ。血の通った人間にも来店してほしいがさすがに高望み。今は平穏無事にこの仕事が終わってくれればいい。

 その時。

 再び開く自動ドア。

 静寂を破る入店音。

 再び客の来店だ。

 今度は客の姿をしっかり確認して――。

「いらっしゃいませ!」

 威勢よく大声で挨拶。

 来店したのは……またしてもロボット。

 ただ先程とは様子が異なる。

 ー五〇センチメートルとやや低めの背丈。

 目のように二つ並んだ小さなレンズを備えた頭部。

 塗装剥げと錆びの目立つ装甲。

 緑色に点灯したランプ。

 明らかに旧型モデル。

 何より厄介なのは――。

『おい! 三十二番をくれ』

 おっさんのようなしゃがれた声。

「セブンスター8でよろしいですか?」

『セブンスターだと! ここ、いつものコンビニじゃないのか?』

 店内を見回し店名を確認するロボット。

 先程のロボットと比べて、乱暴な口調にずいぶん人間臭い仕草。

 無理もない。

 これは旧型モデルでAIは搭載されていない。遠隔でオーナーが動かしているのだ。言ってみれば一昔前のVチューバーのロボット版。生身と同じ視野を確保するためレンズは二つある。小型なのは体や腕を動かした際に思いもよらない衝突事故を回避するため。ちなみに最近のモデルなら安全装着が搭載されているので大型機でも事故は滅多に起きない。

 とにかく目の前にいるのは見てくれがロボットの人間というわけだ。

『メビウスをくれ』

「番号でお願いします」

『なんだと小僧! 店員のくせに生意気だな』

 威圧的な言動で詰め寄るロボット。不意に腕が伸び、自分の胸ぐらを掴んできた。

『俺はお客様だぞ!』

 テンプレのようなカスハラ。

 AI搭載の機種には人間に危害を加えないようプログラムされている。しかし、このような遠隔操作型だと話は別だ。なんたって操作者は責任能力のある人間なのだから。

 なので、こうやってこちらを攻撃してきたりもする。それゆえにこちらにもできることがあるのだが……。

「お客様。暴力行為はおやめください。カメラにも映っています。何より――」

 素早く手を伸ばしロボットの背中へ。触覚を頼りに目当てのスイッチを押す。

 直後、赤いランプが点灯。胸ぐらを掴んでいたロボットの手が急に脱力。頭と腕がだらんと力なく垂れ下がった。

 十秒後。

 ランプが再び緑色に点灯。同時にロボットの顔と腕が上がる。

『クソ! よくもやってくれたな』

「相応の対応をさせてもらっただけです」

 遠隔操作型は犯罪に利用されないように様々な工夫がなされている。小型で馬力を抑えているのもその一つ。特に顕著なのが緊急停止ボタンだ。押せば十秒間機能が停止する。だから、このタイプのロボットで凄まれても何も怖くない。

『もういい! こんな店、二度と来るか!』

 これまたテンプレのような捨て台詞。

 そのまま逃げるように外の白い闇へと消えていった。

「全く、人間のくせに。天気と一緒に心まで荒れてどうするんだか……」

 接客で気が紛れるはずだった。しかし、今となっては誰も来ない方が良かったとさえ思える。世の中にはいろいろな人間がいると再認識しただけだ。だからこそ、自分にとって接客は面白いのだが……。

 ふと時計を見る。

 時刻は零時過ぎ。

 ハッピーバースデー。

 予定通りコンビニで誕生日を迎えた。

 外では祝福するように雪が降る。

 真っ白な雪に囲まれた誕生日。

 こんな特別な日にこれといった予定もないのが白さを際立たせていた。

 とにかくあとは無事に仕事を終え、家に帰るだけだ。



 早朝。

 彼方から昇る朝日。

 広がる青空。

 天気はすっかり回復した。

 目論見通り廃棄予定の食品を確保して職場のコンビニを後にする。

 積もった雪は膝にまで達しようとしているが構いやしない。自分にとっては些事だ。なにせ自分は――。

 ふと、脳内に響く着信音。

 すかさず耳をタップ。

『おはよう、YAH00号。そして、誕生日おめでとう』

 頭に直接響く声。その主は自分のオーナーだ。

「おはようございます。散々な誕生日でしたよ」

 自然と敬語で対応する。

『そんな君に最高のプレゼントを用意した』

「本当ですか? うれしいです」

 軽くなる足取り。

 テンションとともに上がった排熱で足元の雪が溶かされたのだ。

『小型核融合炉を備えた君は人間そっくりに生活できる。そんな君にフリーターの人間として生活するように命じて今日で三年だ』

「そうですね。その間にいろいろな職場でバイトをしてきましたよ」

『目は肥えたかい?』

「おかげでいろいろな人間に出会えました。人間性について大いに学ぶことができたと思ってます」

『そうだね。もはや誰も君を雑用ロボットとは思わないだろう。それくらい君の思考や所作は人間そっくりだ』

「お褒めにあずかり光栄です」

『そこで朗報だ。人間性の高いAIを備えたロボットに試験的に市民権を与える動きがあってね』

「まさか……」

『おめでとう。君がその第一号に選ばれた』

「本当ですか!」

『開発者の私も鼻が高いよ。どうだい? 最高のプレゼントだろう?』

「感無量です」

『今日から君はロボットから人間になった。人間としての初めての誕生日だ。改めて、誕生日おめでとう! それじゃあ、私は失礼するよ。後見人として引き続き君をサポートするからよろしく』

 オーナーからの着信が切れる。

 人間として迎える初めての誕生日。

 真っ白な雪景色もこれからのまっさらな未来に見えてなんだか愛おしい。

 そうだ。

 せっかくだから人間としてふさわしい誕生日プレゼントを買いたいな。

 ゆっくり歩きながら巡らす思考。

「よし。決めたぞ」

 すぐに目星がついた。

「とりあえず最新型の雑用ロボットでも買うか」

 朝日に照らされキラキラと世界が輝く。

 まるで自分を祝福するように。

 最高の誕生日の始まりだ。

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