僕らの魔法が世界を救う

月丘翠

第1話 運命が変わる時

「おかえりー」


学校から帰ると母の明るい声が廊下に響いた。


「ただいまー」


カバンを部屋に置くと、手洗いうがいをして、リビングに向かった。

リビングからキッチンが見える。


母が鼻歌混じりで鍋をかき混ぜている。


いや、母が混ぜているわけではない。


正しくはおたまがひとりでに動いているだけだ。


本来なら驚くのだろうが、俺としては子供の頃から見慣れた風景だ。


「すぐご飯出来るからね」

母はにこりと笑った。

母はもう40を超えているはずだが、20代と見間違われるほど若くみえる。

スタイルも良く、顔立ちも綺麗なのでナンパされたり、スカウトされることもあるそうだ。

人間とは少し違うのだから、化けているのではと思うこともあるが、怖くてそこは触れられない。


「サッカーして汗かいたでしょ?さっさとお風呂入っちゃいなさい」


「わかった」

風呂場に向かおうとすると、母が呼び止めた。


洋介ようすけ、あのね、ご飯の後、大事な話があるの」

「大事な話?」

「あなたのこれからにも関わることだから」


母は真剣な顔になったと思ったら、すぐに笑ってキッチンに戻っていった。

気にはなるが、あとで聞けるからいいかと風呂場へ向かった。


我が家が普通の家と違うと気づいたのは、幼稚園の頃だった。

友達の家に泊まりに行った時、そこの家では料理は母親が手を使ってしていたし、物を取る時に取りに行っていた。

決して物の方から浮かんで手元に来るなんてことはない。


「僕はいつもお手伝いしてるんだ」


そう言って母親の隣で洗濯物を畳んでいるのをみて目を丸くした。

いつも母が少し指を振るだけで洗濯物は綺麗に畳まれていた。

それでもその事について何も言わなかった。

それは母から事あるごとに家のことは話してはいけないと言われていたので黙っていた。


ちゃんと説明があったのは、小学5年生になった頃だ。

もうこの頃にはさすがに察してはいた。


「あのね、お母さんは魔女なの」


「…うん」

「え?!驚かないの?」

「察してはいたから」

冷静にそう言うと、両親は目を丸くしていた。


「僕も魔法使えるの?」


ずっと思っていた疑問を口にすると、母は少し困った顔になった。


「みんな魔法族の血が少しでも入れば、魔法使いになる種はもってるの。でも花が咲くには水や肥料がいるように魔法も学校に行って訓練しないと出来るようにはならないのよ」


「洋介。魔法使いたいか?」 


「別にいい」

俺は速攻で返事した。


魔法が使えれば楽なこともあるだろうが、使えなくても今のところ困ってはいない。

何より友達と離れて学校に行くなんて絶対に嫌だ。

息子の答えに安心したのか両親は微笑み、これからもこのことは秘密にして生きていくよう言った。


「母さんは洋介には父さんのような人間になって欲しかったから嬉しいわ」


父さんは混じりっけなしの人間だ。

かなり頭が良くいい大学を出たらしいが、どちらかと言うと家では天然で、色んなことをやらかしてはニコニコとしているイメージだ。


父のようになるかは置いといて、あの日俺は人間として生きる道を選んだ。

そのうち魔法が使えたらと後悔することもあったが、特に問題なく中学を卒業し、高校に上がることが出来た。

刺激はないが、ありふれた穏やかな生活が続くと思っていた。


「洋介、座ってくれる?」

風呂から上がると、父も帰ってきていて母の隣に座っている。

「大事な話ってご飯の後じゃないの?」

物々しい雰囲気を誤魔化すように言ったが、それには答えてくれない。


「結論から言うわ。洋介に魔法学校に行かないかと魔法協会から打診があったの」


魔法協会とは、各国にある魔法使いたちを取りまとめる協会だ。

日本にも日本魔法協会というそのまま過ぎる名前の協会がある。

世界で言うと、イギリスの魔法協会が一番大きな組織で伝統を重んじる傾向がある。

そういった保守的な協会の国は、割と子供をみんな魔法学校にいれるそうだが、日本は中立的で本人の意志に任せるという考えだ。


「どうして突然そんな打診が?」

「アーサー•ウィロビー先生が亡くなったの」


アーサー•ウィロビーのことは、洋介でも知っていた。

全世界の魔法協会のトップだ。

かなりの人格者で、この人がトップになってから魔法界はかなり穏やかになったと言われている。


「それによって、魔法界と人間界のバランスが崩れる可能性が出て来たのよ」


魔法使いの中には、人間より自分達が偉いと考える派閥(ハロルド派)と人間とも上手くやろうという穏健派(ウィルフレッド派)がいる。

それぞれの派閥が生まれた時の1番の力が強い魔法使いの名前がつけられ、それぞれハロルド派とウィルフレッド派と呼ばれている。

日本はウィルフレッド派だが、どちらかと言うと中立の立場をとっている。


「ハロルド派がトップになるの?」

「わからない。トップを決めるのは、イチイの樹木様が決めるから」


イチイの樹木様というのは、イギリスにある大きな木だ。

どうやってトップはこの人と伝えてくるのかは知らないが、木が決めるとは聞いていた。


「正直、魔法族の力としては圧倒的にハロルド派の方が強いの。ウィルフレッド派は魔法には頼らずに穏やかに生きてる人が多いから」

「それで、どうして俺に魔法学校に行けって話になるの?」

「日本魔法協会としては、できることをしておきたいのよ。1人でも日本人の魔法使いを増やしておく、今できることはそれくらいだから」

「それで俺にもってことか」


「そうなの。でも母さんも父さんも強制させる気はない」

「お前の人生だからな」

父は力強く言った。


「…もしハロルド派がトップになったらどうなる?」

「すぐってことはないけど、きっといつか人間と魔法族で戦う事になると思う。でも、それは母さん達が頑張って食い止めるわよ」

母は笑ったが、それが難しいことは顔を見ればわかる。


「日本の魔法使いが増えたら、対抗できる可能性がある?」


「わからない。世界は変えれなくても、大事な人たちを守れることくらいは出来るかも知れない」


親友の翔太しょうたの顔が浮かぶ。

ばあちゃん、じいちゃん、クラスメイト、部活の仲間…


「…魔法学校って寮?」

「えぇ」

洋介はため息をついたが、心のどこかで気持ちは決まっていた。

「行くよ」

「え?」

「魔法学校」

こうして俺の魔法学校行きは決まった。

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僕らの魔法が世界を救う 月丘翠 @mochikawa_22

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