第4話
王城の中は、想像していたよりもずっと現代的だった。
石造りの廊下には絨毯が敷かれ、壁には絵画が飾られている。
電気はないものの、魔法石らしき光源が規則正しく配置されていて、薄暗いということもない。
案内してくれた衛兵は無言で歩き続けている。
しかし、俺の頭の中はパニック状態だった。
なんせ言葉が全く通じないのだ。
さっきから衛兵が何かブツブツと呟いているが、まるで宇宙語のように聞こえる。
「あの、すみません」
恐る恐る声をかけてみたが、衛兵は振り返ることもなく歩き続ける。
そりゃそうだ。
俺の日本語が通じるわけがない。
やがて、立派な扉の前で足を止めた。
衛兵がノックをすると、中から何か返事が聞こえる。
扉が開かれ、俺は中に押し込まれた。
部屋の中央には大きな机があり、その奥に髭を生やした中年の男性が座っていた。
恐らく役人だろう。
その隣には、なぜか現代風のスーツを着た青年がいる。
「こんにちは」
スーツの青年が流暢な日本語で話しかけてきた。
俺は思わず目を丸くする。
「え!? 日本語が通じるんですか!?」
「はい、私は翻訳者のマルコムと申します。転移者の方の対応を専門にしております」
マルコムと名乗った青年は、にこやかに微笑んだ。
転移者専門の翻訳者だって?
ということは、俺みたいな人間が結構いるってことか。
「それでは、まず身体検査から始めさせていただきます」
マルコムが役人と何やら話し合った後、俺に向き直る。
「こちらはグレン審査官です。転移者の方の能力を調べるのが仕事です」
グレン審査官は無愛想に頷いた。
そして机の上から何やら水晶のような球体を取り出す。
「この水晶に手を触れてください。あなたの持つスキルが判明します」
マルコムの翻訳を聞いて、俺は恐る恐る水晶に手を伸ばした。
触れた瞬間、水晶が淡い光を放つ。
その光を見たグレン審査官の表情が微妙に変わった。
「……超健康、健康、健康、初級魔法、身体強化、ですね」
マルコムが通訳する。
グレン審査官は何やら書類に記入しながら、俺の顔を見上げた。
「次に知識の確認をします。あなたは元の世界でどのような知識を持っていましたか?」
「え、えーと……高校生でした。特に専門的な知識は……」
俺は正直に答える。
医学? 知らない。
工学? 物理は赤点だった。
農業? 家庭菜園すらやったことがない。
マルコムが俺の回答を翻訳すると、グレン審査官の表情がどんどん険しくなっていく。
「では、何か作れるものはありますか? 料理でも、道具でも構いません」
「うーん……卵焼きとか?」
「それは既にこちらでも一般的です。他には?」
「マヨネーズ……?」
マルコムが翻訳すると、グレン審査官は首を横に振った。
「それも既に普及しています。転移者のリュウジという方が百年前に伝えました」
百年前!?
リュウジって、まさか料理研究家の……?
「電話とか……」
「それもダメです。転移者のエジソンという方が」
ちょっと待て。
エジソンまで転移してるのか、この世界は!?
「では、何か発明できそうなアイデアは?」
「うーん……」
俺は必死に頭を捻った。
でも、現代の便利な道具って、仕組みを知らないものばかりだ。
スマホの作り方なんて知らないし、車のエンジンだって分からない。
「特に……ないです」
マルコムの翻訳を聞いたグレン審査官は、大きなため息をついた。
そして隣にいた別の職員と小声で話し始める。
「何て言ってるんですか?」
「……あまり良い話ではありませんね」
マルコムが申し訳なさそうに言った。
「『これまでの転移者に比べて使える知識が皆無』『スキルも戦闘向きではない』『超健康なんて平時には意味がない』……といった感じです」
うわあ。
容赦ないなあ。
でも確かに、俺の「超健康」って病気を治すスキルだから、健康な人には意味ないよな。
「健康」「初級魔法」「身体強化」も、冒険者としては初心者レベルだし。
「あの、でも超健康って、あらゆる病気を治せるんですよね? それって結構すごくないですか?」
「確かに医療関係者には重宝されるでしょうが……」
マルコムが困ったような顔をする。
「実は、この王国には既に『治癒魔法』が発達しておりまして。転移者の方々が持ち込んだ医療知識と組み合わせて、かなり高度な治療が可能になっているんです」
そうか。
俺が来る前に、既に医療関係の専門家が転移していたのか。
それじゃあ「超健康」も、そんなに貴重じゃないってことか。
グレン審査官が再び口を開いた。
「とりあえず、滞在許可証と当面の生活費をお渡しします。一週間後に再度面談を行い、今後の身の振り方を決めましょう」
机の上に、何やら羊皮紙のような書類と、革の袋が置かれた。
「こちらが身分証明書です。そして袋の中には銀貨が十枚入っています」
マルコムが説明してくれる。
「銀貨十枚って、どれくらいの価値なんですか?」
「一般的な宿屋でしたら、一泊が銅貨五枚程度です。銀貨一枚は銅貨十枚に相当しますから……二十日分の宿代といったところでしょうか」
二十日分か。
思ったより少ないな。
でも、とりあえず路頭に迷うことはなさそうだ。
「あと、簡単な言語習得の魔法をかけておきますね」
マルコムが俺の額に手を当てる。
温かい感覚が広がって、頭の中に何か流れ込んできた。
「これで基本的な単語と文法は理解できるはずです。完全ではありませんが、日常会話程度なら可能でしょう」
「うわあ、すごい! なんか言葉の意味が分かるようになってる!」
確かに、さっきまで宇宙語だった周りの会話が、なんとなく理解できるようになった。
魔法って本当に便利だな。
グレン審査官が立ち上がる。
「それでは、衛兵が城の外まで案内します。一週間後、必ずここに来てください」
俺は慌てて頭を下げた。
「あ、ありがとうございました!」
衛兵に連れられて王城を出ると、再び賑やかな城下町に戻ってきた。
今度は言葉が少し分かるぶん、周りの状況が把握できる。
「おい、あいつ転移者だぞ」
「また来たのか」
「今度は何を知ってるんだろうな」
通りすがりの人々が、俺を見てひそひそと話している。
どうやら転移者は珍しい存在らしい。
でも、その視線は好奇心よりも、どちらかというと冷ややかだった。
まあ、いきなり異世界人が現れたら、警戒するのも当然か。
俺だって、いきなり宇宙人が現れたら驚く。
とりあえず、今日は宿を探さないと。
そして明日からは、この世界でどうやって生きていくかを考えなければならない。
冒険者になるという夢は、思っていたよりも険しい道のりになりそうだった。
でも、とりあえず命があるだけでも良しとしよう。
心臓の手術で死ぬよりは、ずっとマシだ。
そう自分に言い聞かせながら、俺は人波に紛れて宿を探しに向かった。
新しい人生の、本当のスタートだった。
「しかし、『超健康』か……」
歩きながら、俺は自分のスキルについて考えた。
確かに今は平和だから、病気を治すスキルは重要じゃないかもしれない。
でも、きっと何かの役に立つ時が来るはずだ。
システム32型が勝手に選んだスキルとはいえ、きっと意味があるに違いない。
……多分。
いや、絶対にあるはずだ。
そう信じて、俺は新しい世界での生活を始めることにした。
「よし! まずは宿探しだ!」
声に出して気合いを入れる。
通りすがりの人に変な目で見られたが、気にしない。
これから始まる異世界ライフを、俺は精一杯楽しむつもりだった。
たとえ、今は「無能」の烙印を押されていたとしても。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます