『愛を求めて何劫年』〜全てを失った不老不死の冒険譚〜

空花凪紗~永劫涅槃=虚空の先へ~

第1話 王妃の来訪

 失った永遠の恋人ヘレーネのこと。それは胸に開いた空白という言葉で表せられずに、飄々と、病弱に、僕を啄む。ああ、そんな僕のことを愛してくれた人はたくさんいたが、みんな過去に過ぎ去っていった。


 何故なら僕は不老不死だから。


「御不死尊王様。私を、愛してください」


 金銀、金糸、銀糸に、荘厳美麗なる装飾に身を包む、紫紺が肩辺りまで伸びた髪のその美しい乙女は、跪く。その妃と名乗るソフィア・サラバンドが僕に懇願する。


「子種を、その尊い血を、どうか」

「僕はその血を闇のために使った君たちの祖先のことを知っている。はぁ⋯⋯。もう二度と同じ過ちはしない」


 魔王の話。僕がそのことでどれだけ苦心したか。それさえ知らずに、その王妃と自称している女は話し始めた。


「私の前夫は、この国の王は、流行り病に侵され早死にしました。私はついに、一人も子を産むことは叶わずに。ですが、あなた様は不老不死。なら、死ぬことはないのでしょう?」


 ソフィアはさながら卵を産む海亀のように泣いた。よく泣く女は苦手だ。ヘレーネは、簡単に泣いたりはしない。


「死ぬことはない? それは分からない。死んだことがないだけで。で、配下を連れて僕の心海樹の神殿に攻め入ったと? 知ってるの? 僕は世界中に瞬間移動できる。つまり――」


「つまり、いつでも殺せると?」


 すると、一人の男が出てきた。サラバンドの後方に控えていた武装兵たちの一人。


「黙りなさい。ミシス。彼は不必要な殺人は絶対にしない」

「ですが!」


 ミシスと呼ばれたその兵士は、仕方なくソフィアの言うことに従うことにした。僕は自分のことを知ったふうに語るその女に不快感を覚えた。


「お前が僕の何を知っている? 僕は読書で忙しいんだ」


 ヘレーネの遺体が朽ちるまで、数劫年も保たないだろうから。だからそれまでに、死者を復活させる魔法を知るか生み出さなければならない。


「あなた様はかつて2人の女性と子をなしました。ヘレーネ・ルイス・ユニバース。そしてかつての魔王リリス・バズズ・ダークネス。彼女たちと私の違いは何なのですか?」

「あいつらは⋯⋯。それは秘密だ」


 この世界のこと、僕はまだ何も知らない。秘密ではない。ただ知らないだけ。結局、ヘレーネのこと、何も知らないで終わった。


 何故なら彼女との日々は過去だから。聖書では『アダムとイヴ』。仏教では『仏と菩薩』。神道では『天照大御神と月読尊』。陰陽道では『陰と陽』。ヒンドゥー教では『破壊神と創造神』。バラモン教では『双神』。数を上げたらキリがない。


 そんな僕たちをあれから幾劫年後の今になって覚えている人はいない。全ては歴史のなかに溶け込んでいるから。全ては繰り返し。全ては螺旋。


 彼女は神の左脳、全知だった。

 僕は神の右脳、全能だった。


 彼女は世界を産むときに、その全知を子へと、そうして生まれた世界だった。永遠の喪失は仕組まれた運命だった。なら、その運命に抗うしかない。ニーチェは運命さえ愛せと言ったが、僕は抗う。


「もしかして、ヘレーネ様のことを忘れられないのですか?」

「それは⋯⋯」

「やはり。では、私が必ずヘレーネ様のことを忘れられるくらい幸せにさせてあげますわ」


 勝ち気になんてことを言うのだろうか。


「ソフィアと言ったな。これ以上、僕を怒らせるな。忘れるだと? できるわけないだろ⋯⋯」

「今もなお、そんなにヘレーネ様のことを愛して居られるのですね」

「ああ、悪いか? もう、ヘレーネは幻なのかとさえ思って、魔法書を読んでいないと気が気でいられない」

「何か私にできることは?」

「ない。帰れ」


 すると、ミシスが槍を僕に向かって投げた。僕は身体を少し反らせてよける。


「もしかして痛みは感じるのか?」

「何が言いたい?」

「いや、良いことを知った。ソフィア様、帰りましょう」

「いいえ、ミシス。配下を連れて王城へ引き返しなさい」

「では、ソフィア様は!」

「私は第一王妃。第二王妃は男の子を産んだ。言いたいことは伝わったかしら」

「わ、分かりました。いつ迎えに来れば?」

「私は決めました。ここに骨を埋めます」


 僕はとっさに「なに?」と呟く。


「御不死尊王様。ここに住まわせて頂きます」

「何を勝手に――」

「殺したければ殺してください」

「もういい、勝手にしろ」


 僕は諦め、そう告げる。ソフィアは配下たちに別れを告げる。彼らが帰ったあと、ソフィアは僕に向かって妖艶に微笑みながら告げた。


「私がヘレーネ・ルイス・ユニバースの転生体です」

「えっ⋯⋯」

「知っていますか。ソフィアとは祈りの力。祈りに不可能はないんです」


 その言葉が嘘か本当か、僕には分からない。ヘレーネの転生体? 輪廻転生はとっくの昔に証明されているが、ヘレーネの体と魂は魔法で保存しているはずだ。当時、魔王を討伐するために開発した空間魔法で天へと帰らないようにしているから。


 だが、ソフィアの微笑みに、僕ははっとした。

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