勇者たち。

フリオ

第1話 出囃子。

 高校生までの僕というのは何かこれと言って特筆するべきこともない普通の人生だったけど、そういう奴こそツッコミに向いているのだと加藤子鉈かとうこなたは事あるごとに言っていた。それにしても子鉈ってカッコいい名前だとは思わないか? 可愛らしさのある音の響きのなかには確かな鋭さもあった。名前の通り小さくて鋭い女の子だ。


 子鉈と出会ったのは高校一年生の夏休みが終わった直後のことだった。その日は子鉈と僕が出会うには相応しいほどよい快晴で、教室には夏休みの前には存在していなかった空席が端っこの方に用意されていた。その空席を見たクラスメイトたちは「転校生がくるぞ!」って朝から盛り上がっていたのだが、その正体が子鉈だったわけだ。


 ホームルームの時間になるころには転校生の噂でひとしきり盛り上がった後だったということもあり、担任の山本先生が教室に入って「転校生を紹介しまーす」とどこかサプライズのような調子で言っても、みんな「おー」という気の抜けた反応しかできないでいた。そのころにはいつもの気怠げな朝になっていたのだ。子鉈の登場はそんな教室の空気を一変させることになる。


「入ってきてくださーい」


 のほほんとした呑気な先生の声で転校生は呼び込まれた。教室のドアが開く前にはしばらくの空拍があって、廊下の方からガビガビの音で音楽が鳴り出した。インターネットのどこかで聞いたことのあるような曲だった。後で聞いた話によるとこの曲はボーカロイドを使用して作成した自作の曲らしい。


 しばらくの間、僕たちにはその曲を聴くだけの時間があった。先生はにこやかな表情を維持したまま教室のドアを見つめていた。シュールで満たされたような時間だ。Aメロから、ゆるやかな落ち着いたBメロになり、サビ前の一拍無音でドアが開く。曲が最高に盛り上がるサビと共に、加藤子鉈は登場した。


「どうもー!」


 そもそも声が大きくて、眠気を覚ますには十分だった。左手を上に掲げ、胸を開いて存在感を示し、堂々とした態度で現れたのは黒髪ロングの、あまりにも美少女。笑顔の奥には自信満々の表情が隠れていて、黒板の前に立つ頃には彼女の一挙手一投足に教室中の視線が集まっていた。もちろん転校生なんて自分は興味ないですよ、なんて風に冷笑していた生徒も、夏休みの宿題が終わっていないから全力で答えを写していた生徒も、全員だ。このときから子鉈は人の注目の集め方というのを熟知していたと思う。


「新潟出身、加藤子鉈。趣味はお笑い! 一緒に漫才をやってくれる相方を募集中です!」


 転校生。

 加藤子鉈には出囃子があった。





◇◇◇





 加藤子鉈の登場によりウチの高校にもお笑いブームのようなものがやってきて、僕は文化祭実行委員の頼みを聞く形にはなるが、ステージでフリップ芸を披露することになった。もちろん一から自分で考えた自作のフリップネタだ。誰かのアイデアを使うことはない。勝負するときは自分の身から迸るもので戦う。何か選択肢があるとしたらそれは、フリップ芸をするのかギャグをするのかくらいだった。勇気を振り絞ってギャグをするという選択肢もあったけど、この学校にはなぜかギャガーが多かった。


 出囃子と共に、ステージに上がる。


「どうもー」


 大きな声を出して挨拶をすると体育館に集まった観客から拍手を頂いた。大きな声さえ出してしまえば注目を集められるというのは、子鉈の登場で学んだことだ。その際、観客のおよその雰囲気を把握する。体育館の客のなかに僕のネタを目当てにしている人はもちろん少なかったのだが、それでも暖かい反応を貰うことができた。勇気を持ってステージに上がる者に冷たく当たるなんて人は少なかったのだ。


「あのー、文化祭ということで。フリップネタをします」


 僕はステージの上に用意されたパソコンの前に立つ。パソコンは台の上に置かれていて、観客からは見えないようになっている。体育館のどこにいても見えるような大きなスクリーンにプロジェクタ―で自作の画像を写す。もともと画用紙にフリップネタを書いていたのだけど、それだと体育館の後ろの方の人が見えないということだったのでこの形になった。


 というわけでスクリーンには学校の廊下にある窓ガラスが冬の寒さで結露しているイラストが表示されていた。ウチの学校の体育館と校舎を繋ぐ渡り廊下をそのまま模写しているので、今日のお客さんなら一目で学校の窓ガラスだと分かってくれると思う。


「窓ガラスですね。冬なので結露してます」


 イラストを口頭で説明してから、画像を切り替える。

 次の画像は窓ガラスに有名なキャラクターの落書きがあるイラストだ。窓ガラスをキャンパスにしてアンパンマンとかドラえもんがぎっしりと描かれているなかに、少しだけ違和感を仕込む。


「あ、落書きされてますね。冬の窓ガラスには指で絵が描けるんですよね」


 画像を切り替える。たくさんのアニメキャラが描かれた窓ガラスのとある一部、仕込んだ違和感の部分にフォーカスしたようなイラストだ。そこには風船を手放してしまった少女の絵が窓ガラスに描かれていた。

 一拍置く。


「おい! この学校の生徒のなかに! バンクシーがいるぞ!」


 体育館の前列に密集して座っていた野球部から笑い声が上がった。積極的に笑ってくれるのは僕にとってはありがたい。しかし体育館全体を見渡すと、笑顔の人はいるけど声を出して笑ってくれる人の方が少なかった。単純な学校あるあるを元にしたネタなので多くの人が面白いとは思ってくれているはずだったが、大きな笑い声には繋がらない。そもそも、みんながいる場所で声を出すというのはハードルが高かった。声を出しやすい雰囲気を作るために野球部にはもう少し頑張って貰う。


 画像を切り替える。

 飲食店のイラスト。設定としては文化祭終わりにクラスメイトと打ち上げに来たということにしてあるのだが、まあそこは笑いとは関係のない部分だ。


「あ、飲み会ですかね」


 画像を切り替える。

 男の子が「席順を決めようか」と発言しているイラスト。


「『席順を決めようか』。あ、飲み会の席順ですね。飲み会の席順って重要ですからね。この人は会話を盛り上げてくれるから真ん中に配置しようとか、この人とこの人は仲が悪いから席を離そうとか、飲み会を成功させるための戦略が試されますよね」


 画像を切り替える。

 先ほどの画像と同じ男の子のイラスト。フキダシになっている台詞を読み上げる。


「『じゃあ右から一番に周東さん、二番に今宮さん』」


 画像を切り替える。

 同じ男の子。


「『三番に栗原さん、四番に山川さん』」


 画像を切り替える。

 同じ男の子が「五番に近藤さんで!」と言っているイラスト。


「いや! 現代の野球の考えに反した席順か!」


 野球部が爆笑する。丁寧にフリを作った分、予定通りの良い反応を貰えた。作戦がハマると気持ちが良いな。笑いが収まるのを待ち「柳田が怪我していたときのホークスじゃないだから。近藤は二番の方がいいでしょ」とくすぐるように言った。


 画像を切り替える。

 山本先生が「転校生がいます」と言っているイラスト。


 山本先生は僕たちの担任の先生だ。幅広い学年の古典の授業を受け持っているので、学校での認知度も高く、フリの時点でクスクスと笑い声が上がる。とくに女の子はこういう具体的な人を模したネタで笑ってくれやすい。


「あ、転校生ですね。教室に入る瞬間というのは緊張しますから。転校生側だけじゃなくて、教室にも緊張感がありますよね」


 画像を切り替える。

 山本先生が「どうぞー」と言っているイラスト。


「先生が廊下に呼びかけてね。転校生が教室に登場しますから。うわ。ちょっとワクワクしますね。どんな人が転校生なんでしょうか」


 画像を切り替える。

 無言の山本先生と音符のイラスト。


「あ、音楽ですか? 音楽が流れていますね」


 画像を切り替える。

 同じイラストで音符の位置だけが変わっている。


「うん」


 画像を切り替える。

 また同じイラスト。音符の位置が変わっている。

 ただ時間の経過を表現するだけのフリップだ。


「えぇ?」


 画像を切り替える。

 加藤子鉈が「どうもー」と言って教室に入ってくるイラスト。


「おい! 転校生に出囃子はないだろ!」


 ドッ! と湧く。体育館に拍手笑いが響く。子鉈の強烈な転校初日は学校中に知れ渡っていたから、このフリップもよく受けた。


「音楽が流れるのは、お笑い芸人さんが出てくるときとか、プロ野球選手が登場するときですから。転校生は静寂を切り裂いて登場してほしいですよね」


 小さく笑いが起きる。

 画像を切り替える。

 最後の画像には「ありがとうございました」とある。


「えー、はい。ありがとうございました。佐々木宏人ささきひろとでした」


 ステージから裏手に降りると、子鉈が腕を組んで待ち構えていた。

 僕の姿を見つけると、口角を上げて、首を傾げる。ネタにしたことを怒っているのだろうか。


「来なさい」


 子鉈に呼ばれて近づくと、壁ドンされる。

 子鉈の背は僕よりも低い。上目遣いの不格好な壁ドンになる。

 僕は顎を上げる。こうしないと、顔の距離が近すぎる。


「よくできたフリップネタね。自分で考えたの?」

「もちろん」

「そうなんだ。お笑いはいつからやってるの?」

「いや、今回が初めてだ」

「処女作なんだ」

「……」


 処女作という言葉の響きだけでドキッとする。

 処女作とかユニセックスとかって、なんか怪しいよな。


「それにしてもよくできてたからさ」

「舞台に立つのは初めてだけど、人を笑わせようとしたのは初めてじゃないからな」

「なるほど」

「幼馴染の女の子を笑わせるために、おままごとの中でコントをしたのが本当の初めてだと思う」


 同じ学校に通う幼馴染だが、幼い頃から表情に乏しい子で、まだ一度も彼女の笑顔を見たことがない。僕が笑わせようとボケたりツッコミしても、彼女はなんだろうという風に首を傾げるだけだった。そもそもお笑いにあまり興味がない子だった。文化祭実行委員として色々と頑張っているけど、突然やって来たお笑いブームに関しては困惑しているようだった。


「ふーん」


 子鉈はジト目になって僕を見つめた。


 子鉈が転校して数か月がすでに経過していた。見た目は黒髪清楚の女の子。黒縁メガネを掛けるようになり、いつの間にか委員長キャラを追加していた。日に日に熱を増していくお笑いブームのなかでとっくに忘れられていたのだが、そもそも子鉈は自己紹介で一緒に漫才をしてくれる相方を探していると言っていた。


「イジったのが気に障ったか?」

「そんなわけ。面白くしてくれたら、好きにイジってくれて構わないよ」


 そう言って子鉈は僕のつむじからつま先までを撫でるように眺めた。


「今からわたしのステージなの」

「知っている」

「委員長ギャグ10連発の予定だったんだけど、漫才に変更だね」

「へえ漫才? 相方はどうするんだ?」


 子鉈は僕の鼻を目掛けて指を差した。

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