そば
七乃はふと
大晦日の夜
――隣、いいすっか……どうも。
えっと、蕎麦ください。いえ、一人前で、二人前は多すぎます。
風邪じゃありません。大晦日だから、寒くて震えるのは当たり前じゃないですか。
あっ、早いすっね。わあ〜温っけぇや。
湯気で、サングラスが曇っちまう。
いただきやす。うま……。
ここ偶に通るけど、蕎麦の屋台なんて初めて見ました。へえー、大晦日だけ出してるんですか。
隣の人、怪談集めてるんですか!
……いいっすね。好きなこと出来て。
そうだ。こんな話があるんですけど、話していいですか。
人を殺してしまったダチの話なんです。
そいつは、ガキの頃から親の言うことを聞かない乱暴者で、同級生を叩くことはしょっちゅう。怒った両親にも手を出しちまう奴でした。
ある時なんて中学生に絡まれて、そいつ小学生なのにボコボコに叩きのめしちゃったんです。
それから小学校でそいつに口答えする奴はいなくなり、両親も生まれた妹の世話に集中するフリをして、そいつの事を見なくなりました。
中学に上がった時、あいつ、担任が現れたんです。
まだ美人なら、相手にしたかも知れませんが、頭の禿げ上がった担任なんて、相手する気も起きませんでした。
でも、担任は毎日のように、話しかけて距離を詰めてくるんですよ。
何度も追い返して、殴った事もありましたけど、次の日には、腫れた顔で笑いながら、声かけて来たんです。
こっちが先に折れちまいまして。
居場所のない実家に帰らず、担任の家でお世話になる日が増えました。
あいつの家での思い出は、蕎麦です。
担任の奴、生徒の世話に時間を使うから、家事全般が致命的に下手でした。
片付けは、そいつの方が上手いくらいでしたよ。
で、唯一作れるのが蕎麦だったんです。
いやいや、おやっさんが作ったのとは天と地ほどの差がありますよ。
蕎麦は伸び放題。つゆはしょっぱくて、飲めるもんじゃありませんでした。
けど、どんぶり越しの温かさと、顔にかかる湯気の温かさは今も思い出せます。
担任の所へ通いながら高校を卒業して就職したんです。それで担任の世話も終わりかと思いきや、でした。
整備工場に就職したまではよかったんですが、先輩の言う事は絶対と言う所で、窮屈な毎日に耐えきれなくなって、そいつ辞めちまったんです。
実家にも帰れず、バイトで食い繋いでいたそいつの元に現れたのが、年老いた担任だったんです。
あいつは何度も説得に来て、一緒に整備工場に謝りに行こうと言ってくれました。
なのに口論の挙句、包丁で刺してしまったんです。
……馬鹿な奴でしょ。そいつ刺した後どうしたと思います?
逃げたんですよ。担任に逃げろって言われて。
今は何してるんでしょうかね。もしかしたら屋台で蕎麦食べてるかも知れません。
あれ、すいません。目から鼻水が落ちたみたいで、蕎麦がしょっぱく、まるであいつの作ったつゆみたいにしょっぱいや。
ご馳走様でした。蕎麦美味しかったです。すいません支払いなんですが……ありがとうございます。
これから、そいつを連れて、犯した罪を償いに行こうと思います。
皆さんには見えていたんですよね。俺の背後にいるもう一人が。
あいつはどんな顔――いや今のは聞かなかった事にしてください。
何年かかるか分かりませんが、その時に必ず二人分のツケ払わせていただきます。
ああ、除夜の鐘が鳴り始めましたね。それじゃあ皆さん、良いお年を。
そば 七乃はふと @hahuto
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