第1章-4 朝靄の渓谷

渓谷には朝霧が重く垂れ込めていた。


炭焼き職人の Jhāpita ジャーピタが、薪の束を背にして谷沿いの林道を歩いている。




黒く煤けたantaravāsaka腰布と、色のあせたベージュのuttarāsaṅga上衣を纏い、首には長い帯のようなものをスカーフのように巻いている。


そして足元には、粗末だが丈夫そうな仕立ての革サンダル。




なんの気なしに、ジャーピタは谷底を見下ろした。


川岸から川の流れに突き出している岩影に、見慣れないものが引っかかっているのを見つけた。




谷底に降りるための道などない。



ジャーピタは斜面を選び、木の根元を次々とS字旋回するようにして下っていった。





渓流の近くまで来ると、岩陰の異物がどうやら人間らしいことを認めた。




Aho! Tumhe. sajīva!おい、あんた、生きてるか!




慌てて駆け寄り、川からその身体を引き上げた。




体は骨ばっていて軽い。

しかし、よく歩いて鍛えられた四肢を持つ苦行者のようだった。


その顔は、困惑した表情を浮かべ、すがるように助けを求める目をしていた。




Mā bhāyi, ahaṁ taṁ大丈夫助けてやる。 sāressāmi. Saññāhしっかりしろ!!




ジャーピタは自分の丸太小屋へその行者を担ぎ込み、ジュートで編んだ自分のCarpaiチャルパイに寝かせると羊毛織の毛布を掛けた。


そして炉に薪をくべた。






二昼夜の間、行者は一度も起きることはなかった。







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三日目の早朝。


森の中で、

けたたましく鳴いているミヤマカケスがいる。



その鳴き声に揺すられたのか、行者の身体がわずかに動いた。



まぶたが開く。



混濁した様子もなく、行者特有の刺すような鋭い警戒心も伺えない。


ただ、今の状況だけを把握しようと必死になっているように見えた。



Paṭibujjhasi nu kho?目が覚めたか





(?)




(何語?)




Tvaṁ nadiyおまえさんā āvahito āgatosviya川で流されて来たようだな.


Atha ca pana それになんだかativi kilanto aosi.ひどく疲れていた


Dve rattiy丸二日Tvaṁ ciram sayitthaあんたずっと眠っていた.


慧は、上体をゆっくり起こす。




Uṭhaduṁ sakkasi va?立てっかや ?


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【脚注】


◯Carpai

現代のパキスタン、インドのパンジャーブ州等の民家で、今も使われるベッド。



◯羊毛織の毛布

およそ2600年前の古代インドに、ウール・ブランケットが存在したのだろうか?


以下、そのプルーフ(Proof)。

話し手は、ブッダ。


【DN02 沙門果経 中戒 調度品】


Dīgha Nikāya 02

Sīlakkhandhavaggapāḷi

>Sāmaññaphalasuttaṃ

>Majjhimasīlaṃ



“yathā vā paneke bhonto samaṇabrāhmaṇā saddhādeyyāni bhojanāni bhuñjitvā te evarūpaṃ uccāsayanamahāsayanaṃ anuyuttā viharanti. seyyathidaṃ — āsandiṃ pallaṅkaṃ gonakaṃ cittakaṃ paṭikaṃ paṭalikaṃ tūlikaṃ vikatikaṃ uddalomiṃ ekantalomiṃ kaṭṭissaṃ koseyyaṃ kuttakaṃ hatthattharaṃ assattharaṃ rathattharaṃ ajinappaveṇiṃ kadalimigapavarapaccattharaṇaṃ sauttaracchadaṃ ubhatolohitakūpadhānaṃ iti vā iti evarūpā uccāsayanamahāsayanā paṭivirato hoti. idampissa hoti sīlasmiṃ.



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<和訳>


『比丘たちよ、沙門やバラモンたちの中には、信仰によって授かった食物を食べて生きながらえていながら、このような高くて豪華な調度品に夢中になっている者がいる。


すなわち、

高い寝床、寝椅子、長椅子、敷物、刺繍を施した毛布、羊毛の毛布、花柄の毛布、綿の掛け布団、絹の掛け布団、片側に毛のある毛布、両側に毛のある毛布、ラグ・敷物、絹のシーツ、絨毯、象の敷物、馬の敷物、戦車の敷物、カモシカの皮の敷物、最高級の鹿皮の敷物、上部に天蓋のあるソファ、上下に赤い枕のある寝床など。


しかし、彼はそのような高くて豪華な調度品を慎む。これもまた彼の美徳の一部である』




◯「立てっかや?」


この部分のみ、ガンダーラ山間部の僻地の飾らない素朴な雰囲気を出すため、ガンダーラ語(ガンダーラ地方、プラークリット音)を使用。パーリ語表現は以下。



“Uṭṭhātuṁ sakkosi?”



ガンダーラ語の語尾にある va の部分は親近感のある口語表現で、日本語では「立てる?大丈夫?」のような相手を気遣うときの感じ。


また、現インドネシア語の語尾 ya, nya に継承されている点も興味深い。


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