祝いの魔法

狼二世

詠唱

 私は魔法の呪文を唱える。


「チャップー、ほめて」


 口で言う必要なんてない。機械に向かって文字列を打ち込むだけ。

 そうすると、AIが私を褒めてくれる。


 あなたは凄い。とっても凄い。優しくて生きているだけでエライ。

 

「……形ばっかり」


 AIからの言葉は褒めてくれてる。でも形ばっかり。


「でも、なんで私は聞いてるんだろう」


 それでも、なんで私はこの言葉を聞いてるんだろう。

 なんで、少しだけ心が軽くなるんだろう。


◆◆◆


 今日も仕事、明日も仕事。

 私はコンクリートの密林を歩き、務め先の会社に通う。


「おはようございまーす」


 席では後輩が明るく挨拶。


「おはようございます」


 私は少し事務的に挨拶。そんなものはお互いに分かってるのか、後輩はメーラーを起動して仕事の準備をしている。

 私も椅子につくと、端末の電源を入れる。

 今日もまた、憂鬱な一日が始まる。


◆◆◆


 午後、会社の空気が変わった。

 上司に呼び出された後輩が、俯いて席に戻ってきた。

 隣から重苦しい空気が流れてくる……

 耐えかねた私は、自販機でコーヒーを買ってくると、後輩に渡した。


「ありがとうございます……」


 そうして、ぽつぽつと話を語ってくれる。

 内容は、仕事のミスと上司の叱責。


「私は……本当にダメなんです」

「そんなこと……」


 その先の言葉は、上手く思い浮かばない。


「そんなことないっ」


 自分でも驚くくらい薄っぺらい褒め言葉。

 ――それでも、後輩は少しだけ顔を明るくしてくれた。


◆◆◆


 私は魔法の呪文を唱える。


「チャップー、ほめて」


 今日もまた、私は魔法の呪文を唱える。

 返ってくるのは、用意された美辞麗句。ハッキリ言って、心になんて届かない。


 ――AIが書く褒め言葉なんて、真に受けるだけ損だよ――

 正直、自分でもそう思う。全部が全部、自分の心に響くかと思えば違う。時には逆に傷つけることだってある。

 でも、『褒められたらうれしい』ともう一度確認することは出来る。


≪了≫

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

祝いの魔法 狼二世 @ookaminisei

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画