千年物語~英雄は転生してクリスマスイブに愛する人を取り戻す

ゆきちゃん

第1話 

 ここは都会、しかも大都会。


 この国の全ての若者達があこがれる首都、その中の繁華街。




 クリスマスイブというのに、本降りの雨は降り続く、


 そして激しく彼の体を打つ。




 背の高い考え深そうな若い男だった。


 呆然自失だが、本能的におそるおそる足下に横たわる体を見た。




 原色の赤を基調にした、はでなジャケットの上下を着た、おきまりの姿、闇の世界の男だった。




 もう生きてはいない。道路の路面には大量の赤い液体が流れ出していた。








「あーた。あーた。何ぼやっとしているの。逃げるの、早く逃げるのよ。駅まで全速力、ダッシュ!! そして絶対、後ろを振り向いてはだめよ」




 彼の後ろで、背の高い、190センチを超え筋肉隆々、大きな男が、彼を叱しかった。




 それに気がついて若い男は振り向いて言った。




「警察、警察を呼ばなくっちゃ!! 」




「いいの。そんなことしなくてもいいのよ。大丈夫、この町で一番えらい私がなんとかするわ。だから、あなたは駅まで走りなさい。そして、未来をつかむの。あの娘こを幸せにするのよ。」




 がたいの大きな男は、両手で若い男の肩を強めに叩いた。




 その強烈な衝撃は若い男に決心させた。




 彼は本能のまま全力で走り出した。




 すぐに、がたいの大きな男や死体とかなりの距離ができた。




 がたいの大きな男は、遠ざかる若い男を見て言った。




「千年以上もかかったのよ。カンシン様。幸せになってね‥‥‥‥ 」








 既に0時は過ぎているのに、その町の雑踏ざっとうはおとろえを知らない。




 道幅いっぱいに多くの人々が歩いていた。




 全速力の彼は、たくみにそれらの人々を避けながら走った。




 やがて駅舎の中に入り、改札にカードをタッチしてとおり抜けた。




 最後にようやく、最終電車が発車しようとしているホームに飛び込んだ。








 もう発車の時間まで1分を切っていた。


 それなのにまだ、ホームのベンチに座っていた女性がいた。




 その女性はすぐに、ホームに飛び込んできた彼に気がついた。




 彼女の顔に、安心と喜びの表情が浮かんだ。


 そして全力で走り寄り、彼に抱き着いた。




 彼女の顔に大粒の涙が出そうになった瞬間、近づいて来る彼の笑顔が見えた。




「待たせてごめんなさい。 」




「無事でよかった」




 2人は急いで電車の中に入った。2人はお互いに、その手をしっかり結んでいた。




 ホームにいた駅員が微笑んで2人を見ていた。




「S宿発下り最終便です。今日はクリスマスイブですが、幸せそうなお2人も間に合ったので、もう発車します」




 終電の電車にはたくさんの乗客がいたが、すぐに2人に注目した。




 パチパチパチパチ‥‥‥‥




 大きな拍手が起きた。




 彼はかなり前、はるかな昔、大観衆からその何倍も大きな拍手を受けたことがたびたびあった。




 しかし今、電車の中で受けた拍手の方が何倍もうれしかった。





 ‥‥



 この時からはるかなる昔、千年前のある異次元の世界のことだった――――








 ある英雄が皇帝に謁見するため、王宮の謁見の間にいた。




 英雄の名前は将軍カンシンといった。




 彼が仕えるのは漢帝国の皇帝劉だった。多くの群雄の中で常に最弱気味だった漢が世界を統一できたのも、将軍カンシンがいたからだと言っても過言ではなかった。




 皇帝劉が言った。




「将軍カンシンよ。本日は呼び立てて申し訳ない。しかし、このような場は是非必要なのだ。朕ちん


はカンシンに最大限の褒美を与えたい」




 そう言うと、皇帝はそばに控えていた皇族達の方を見た。




 すると1人の皇女が立ち上がった。


 カンシンがよく知っている第3皇女ミンメイだった。




 ミンメイの顔は非常に青白く、死人のようだった。




 その理由をカンシンは既に知っていた。








 カンシンとミンメイは、既にお互いに愛し合い強く結ばれていた。




 その前日、カンシンが宿泊している王宮の一室にミンメイがお忍びでたずねてきた。




「大将軍カンシン様。お酒をお持ちしました」




 給仕をする召使いのようだったが、カンシンにはすぐに分った。




「ミンメイ様。相変わらず、うそが下手でございますね」




 すると、ミンメイ皇女はすごい勢いでカンシンに抱きついてきた。




「すぐに、すぐに王宮からお逃げください。明日の謁見は皇帝の罠わなです」




「罠とは? 」




「皇帝はカンシン様を最大限に恐れています。やがては自分の地位を必ず奪ってしまうと夜も眠れないのです。ですから、カンシン様の命を奪う悪だくみを考えました」




「なるほど‥‥そうかもしれません。どうやって私を殺すのですか」




「皇帝はカンシン様に宝剣である竜剣を下賜かしすることを宣言します。それに私と結婚することを許します。私は竜剣を持ち、カンシン様に近づきます」




「わかりました。その後はおっしゃらなくても良いのです。悲しいことを御娘に御命じになるのですね」




「あの人は私のことを娘などとは思っていません。気まぐれに私の母親を抱いた結果としか思っていません」




「ミンメイ様。皇帝の命令は絶対です。逆らえば、あなたにどのような危害が加えられるかとても心配です。お気になされることは全くありません。あなた様のためなら、私は心の中から喜んで死にましょう」




 大将軍として多くの兵士達や民衆から慕われていた優しい顔で、カンシンは微笑んで彼女を見た。








「我が帝国のためにカンシンが成し遂げた功績は、言葉に尽くせないほどすばらしい。どれくらい褒美をとらせても足りないほどである。しかし、できる限りの褒美を朕ちんは与えたい」




 その後、皇帝はミンメイに目くばせした。




 それを合図に、彼女は宝剣を自分の頭の上にささげ、カンシンのそばに近づいてきた。




「将軍カンシン。お前の功績の十分の一にでも報いるため、古代から伝わる宝剣である竜剣と、我が第五皇女ミンメイをお前の妻にすることを許す」




 謁見の間にいた多くの家臣達から、大きな拍手が起きた。




 ミンメイは半ば死人のような足取りでカンシンに近づいてきた。




 そして、お互いの手が届きそうになった瞬間――




 ミンメイは泣き出しそうな顔でカンシンを見た。


 カンシンは穏やかな顔で微笑んでミンメイを見た。




 ミンメイはいきなり竜剣をさやから抜き、カンシンの心臓のあたりを突いた。


 将軍カンシンは少しも反応せず、刃を直接受けた。




 さすがな英雄であるカンシンも、その場に倒れ、赤い血がたくさん流れた。




「なにをするのだミンメイ!! 狂ったのか!! 衛兵、処分しろ!! 」




 皇帝劉は直ちに衛兵に命令した。




 しかし、既にミンメイは竜剣を自分の首に突き立て、その場に倒れていた。




 カンシンの隣にミンメイは倒れた。




 2人の意識は次第に遠のいていたが、お互いがそばにいることはよくわかった。




 死んだ後の、長い長い時間を克服できるほど、気持ちは強く結ばれていた。

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