Yの守人

虫尺

0.《M》と《Y》

 最初に何があったのかは誰にもわからない。

 わたしにもわからない。

 あなたにもわからない。


 あなたの知ってる世界は壊れてしまった。

 

 この世界に歴史はない──《M》が壊してしまったから。

 この世界に法律はない──《M》が壊してしまったから。

 この世界に言語はない──《M》が壊してしまったから。

 この世界に技術はない──《M》が壊してしまったから。


 《M》はとことん破壊を行なった。

 わたしたちが自分たちを理解し、制御し、相互に意志を交わし合い、合意した目的を構築・達成するためのすべを破壊した。


 つまり、わたしたちがヒトとして群れを成して生き、種として繁栄するための手段をことごとく破壊したのである──わたしたちを根絶するために。


 だが。


 わたしたちは生き残り、わたしはこうしていま、あなたに向かってこれを書いている。

 《M》が潰えたからだ。なぜ潰えたかと言えば《M》が死んだからであり、なぜ死んだかと言えば《M》が敗北したからだ。


 その存在の名称は《Y》と呼ばれた。

 誰も殺すことができなかった《M》を、傷つけることはできても死に至らしめることができなかったあの《M》を、どんなに酷いダメージを受けても死からは逃れることができたあの《M》を、当時まだ年端もいかなかった《Y》が終わらせた。


 偶然。


 もちろん、その可能性はあった。

 けれども偶然と呼ばれる事象の多くは、歴史によって否定される。


 最初の《M》が死んでから50年が経ち、最初の《Y》が死んでから10年が経ったある日、わたしたちの世界は再び破壊された──新しい《M》によって。

 そしてその新しい《M》を終わらせたのもまた新しい《Y》だった。

 その後、同じことが三度繰り返された。


 わたしたちは学ぶ生き物であり、疑り深い生き物なので、学んだことの全てを遺伝子が補完してくれることを信じず、その代わりに学んで得た知識を外部逃しておく。それが歴史だ。

 わたしたちは自分たちが直面した経験を次のように記録した。


 《M》が生まれるとき《Y》が生まれる。

 《M》は一体しか生まれず《Y》も一人しか生まれない。

 《M》はわたしたち全てを滅ぼせるがわたしたちでは《M》を滅ぼせない。

 《M》を滅ぼすことができるのは《Y》だけである。

 

 これは迷信ではなく摂理としてわたしたちの歴史に刻まれている。

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