鵺なき新年に、幸福をえる

柊野有@ひいらぎ

メリークリスマス&ハッピーニューイヤー

🎍HAPPY NEW YEAR ❇︎

 十二畳のワンルーム。窓の外には冬の星座が明るくまたたく澄んだ夜空が広がっている。部屋の隅には、つい先日までの喧騒を追いやり、きれいに片づけられ凛とした門松が二人の新しい時間を守るように置かれていた。

 壁には『2026』と大きく記された真新しいカレンダー。


 二人は、部屋の真ん中に置かれた大きなこたつに、仲良く隣同士で並んで入っている。


「ジャーン! あかねー、見てーな、これ! かわいいやろ? この歯ブラシ。色違いにしてみてん」


 みおが、袋から出したばかりの、薄透明にラメ入りの淡いピンクとブルーのお揃いの歯ブラシを誇らしげに掲げた。今年、2025年から一緒に暮らしはじめ、ようやく落ち着いたところだった。


「新しい歯ブラシと、新しい下着とタオル。これで新年迎えるんが、一番気持ちええねん。あ、あかねの分は、このキラキラのブルーな。あかねは青が好きやしな?」


 朱音あかねは、差し出された歯ブラシをそっと受け取った。澪の体温は、驚くほど温かい。

 こたつの熱だけではない、彼女から伝わってくる確かな生命の鼓動がそこにあった。


「ありがとう。大切に使うね」


 朱音が微笑むと、澪は「へへっ」と子供のように笑い、さらに距離を詰めてきた。


「それにしても……。今日も、あかねは、かわいいなあああ。はー」


 澪はそう言いながら、朱音の肩に頭を預け、首筋に鼻を寄せて、くんくんと深く息を吸い込んだ。


「あっ。ちょっと、またー。シャンプーは、おんなじ匂いじゃないの」


 朱音は照れくさそうに顔を赤くし、片手で澪の肩を軽く突っぱねる。けれど、その指先に力はこもっておらず、唇の両端は幸せそうに緩んでいた。


(私は宇宙人。クリスマスをループして、超えてきた。しかし地球人って、本当に、何というか関係が近い。それにふわふわで柔らかくて、愛おしい生き物だ……)


 朱音は心の中で独りごちた。かつてのループの中、愛を信じられずに鵺をび出してしまった自分。

 けれど、今のこの温もりの前では、あの頃の冷たい恐怖が嘘のように遠い。


「なあ、来年は、いっしょにどこへいこうか?」


 澪が、朱音の手をこたつの下でぎゅっと握りしめた。


「まずはやっぱり、夢の国かな! ネズミの耳つけて、赤に白の水玉の衣装。一日中遊び倒したいわ。あ、それからビックメイトも忘れんときや! 1月10日にZINE FESあるやん? そんで一緒にいくやろ。めっちゃ楽しみやわ!」


「ZINE FES!うん、私もすごーく楽しみ!」


「せやろ? 楽しみやな! あとは、春になったらお花見や。桜の下で、あかねの手作り弁当食べたいなぁ。あかねはめちゃくちゃ料理うまいから、なんでもええけど、あ甘い卵焼きと、から揚げ。もちろん私も手伝うねん。でもちょっと焦がしそうになったら、教えてな。ほんで夏は、絶対プール! 泳げへんくてもええねん、浮き輪に乗って、ぷかぷか浮いてるだけで最高やん」


 澪の計画は止まらない。未来の話をする彼女の瞳は、どんな星よりも輝いている。


「あと、これが一番大事な目標やねん。今年は、三月からカクヨムでたくさん物語書いたやろ? 星もびっくりするくらいいっぱい貰えて、嬉しかったなあ。これをちゃんと本にして、文フリに出たいねん! 5月にあるから、あかね、デザイン担当してな? 一緒に最高の本作ろう。うわー、年始から、うちらめっちゃ忙しいやん!」


 澪はそう言って、朱音の顔を覗き込み、片目を閉じてウィンクしてみせた。


「だから……朱音はなぁ、その愛を疑ってまう病気をどうにかして?」


「え?」


「……もう14回めやで。クリスマス越えて、ここまで来たんやろ」


 その言葉に、朱音は一瞬、心臓が跳ねるのを感じた。


「……私の病気、知ってたの?」


「当たり前やん。あかねが時々、どっか遠いとこ見て不安そうな顔するの、うちが気づかへんわけないやろ? 大丈夫や。うちはどこにも行かへんし、あかねのことが、宇宙で一番大好きなんやから」


 澪の真っ直ぐな言葉が、朱音の心の深い場所にすとんと落ちた。

 歪んだ時空間、ループする絶望。それらすべてを塗りつぶすのは、この愛という名の、あまりにも重く、けれど羽毛のような優しさだった。


「……うん。治す。やっぱり、澪が笑顔でいるのをみるのが一番好きなんだ。13回も繰り返して、ごめん」


 朱音も今度は自分から、澪の肩に頭を寄せた。こたつの上のカレンダーが、ほんの少し風に揺れる。


「よし! 約束やで。来年は、もっともっと、笑って過ごそうな」


「うん。約束」


 澪が元気よく突き出した小指に、朱音は小指をからめた。

 ぶんぶんと腕が振られて澪が歌いだす。


「ゆびきりげんまん、嘘ついたらハリセンボンのーます。指きった」


 遠くで除夜の鐘の音が、聞こえはじめた気がした。  

 二人の心は今、かつてないほど近く、新しい年を迎えようとしている。


「あかね、良いお年を!」


「うん、澪もね。良いお年を」


 二人の新しい物語が、今、ここからはじまっていく。

 穏やかな2026年の希望を携えて。



 了

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