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どうしようもなく辛くなった時に、苦しくて仕方が無くなった時に、自分が好きな物を抱き締める癖がある。腕を、胸を、頬を押し付ける癖がある。其れは私だけだろうか?
今日は大晦日。一年が終わる日。やる事と言えば一年の振り返りや、お世話になった人々への感謝を伝える事であるが、何故か私はそれどころでは無かった。兎に角、落ち着かない。噛み付いたい。叫びたい。掻き毟りたい。其れは子どもが起こす癇癪にも似ている気がする。
私は意識が一本に通った多重人格者である。だから時と場合によって、好きも嫌いも、良いも悪いと容易く翻る。そして今は、誰にも触られたくない癖に、誰かを無性に抱き締めたいという、非常に矛盾した精神状態であった。
今は、どの人格が近いだろう? 女帝ではない。狂人でもない。鏡花……でもない。だからこそ、女帝はこの子の扱いを戸惑って、どう扱って良いか分からない様だった。
ただ分かっているのは、起き上がると何をし出すか分からない。噛み付くかも知れない。物を投げるかも知れない。だから起き上がる事もなく、そのまま、手足を投げ出して人形の様に振舞っている。
するとぬっと真上に同居人の顔が現れた。相変わらず何を考えているか分からない能面の様な顔は、ただ無言で私を見て観察していた。
「あのさ……」
なんか全然満たされないんだよね。なんなんだろ。この感覚。心にぽっかりと穴が空いて、どれだけ水やら蜜やらを流し込まれても、とろとろと流れ落ちてしまいそうな。
「あの……」
私、何が言いたいんだろう。大晦日なんだから、一年有難うとか、まだ来年も宜しくとか、そんな事を言わなきゃいけないのに。なんでこんなに乾いてて、口が思うように動かないんだろう。
「私……今……なんかな……劣等感? みたいな物が、今、凄く……て。美貌ではアイドルにも、色香四号にも敵わなくて、知恵でも世の中の天才にも敵わなくて……」
……なんで、比べるのも烏滸がましい者と、私は並べているんだろう? 認知が落ちている気がする……。
「あの……えと……死んで、私の面影を残した、絶世の……それこそ色香四号みたいな人形になって、AIみたいな……万能の頭脳を手に入れたら……満たさ……」
「満たされねぇよ。絶対に満たされない。そうなっても、お前はお前自信を過小評価して、自分より下の者に対抗心を燃やすのだから」
「あ………あぅ……」
何か何も言えなくなってしまった。何か本当に……言葉が出なかった。この時点で、私は完膚無きまで叩きのめされたのだ。
「お前は人間だろ?」
「意地悪だ……!! 意地悪だ……うぅ……いじ」
「悪かったよ。ただ優しい嘘よりゃマシだろ」
瑠衣は触れて来なかった。私も触れなかった。
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