正義ごっこ
🚬
序章
午前七時。
ニュースのオープニング映像が、無機質な電子音とともに切り替わった。
〈速報です〉
女性キャスターの落ち着いた声が、画面越しに流れる。
〈昨夜、都内のアパートで大学生の男性が死亡しているのが発見されました。警察は同じアパートに住む男を殺人の疑いで逮捕しています〉
画面には、古びた三階建てのアパートが映し出される。
規制線、点滅する赤色灯、集まる野次馬。
日常の延長線にあるはずの場所が、事件現場として切り取られていた。
〈亡くなったのは、このアパートに住む大学生、田中啓介さん(21)です〉
田中啓介。
ごくありふれた名前と、まだ若い年齢。
〈警察によりますと、田中さんは自室で刃物による刺し傷を負って倒れており、搬送先の病院で死亡が確認されました〉
次に映し出されたのは、田中啓介が笑顔で写った写真だった。
大学の構内で撮られたものらしく、肩にはリュックをかけ、どこにでもいそうな青年が画面の中で微笑んでいる。
〈そして警察は、田中さんの知人であり、同じアパートに住む大学生の男を逮捕しました〉
〈逮捕されたのは、長谷輝容疑者(21)です〉
画面が切り替わり、警察の車が映る。
後部座席の窓は覆われ、中の様子はうかがえない。
〈警察の調べに対し、長谷容疑者は犯行を認めているようです〉
"犯行を認めている"。
逮捕されてすぐに罪を認めるのは、特別珍しいことでもない。
〈二人は友人関係にあり、事件当日の夜も何らかのやり取りがあったとみられています〉
アパートの廊下、啓介の部屋の前。
床に残る、ぼかされた赤黒い染み。
玄関のドアに貼られた、無言の警告のような規制テープ。
〈長谷容疑者と田中さんは、周囲から大きなトラブルは特に聞かれていなかったようです〉
予兆はなかった。
だからこそ、人は納得する。
〈また、現場付近の防犯カメラは何らかの理由で作動しておらず、警察は詳しい動機や当時の状況について捜査を進めています〉
スタジオに画面が戻り、ニュースは次の話題へと移っていく。
──長谷輝、二十一歳。
大学生。
友人を殺したとして、逮捕。
彼が何を考えていたのか。
なぜ犯行に及んだのか。
その答えだけは、まだどこにも映されていなかった。
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