人鳥温泉街のお正月
高橋志歩
人鳥温泉街のお正月
1月1日元旦。快晴。人鳥温泉街は、冷え込むが風も無く穏やかな正月を迎えた。
人鳥土産物屋の2階で、海田はギュンターに手厳しく叩き起こされた。
「……あー少し飲み過ぎたなあ……うー……」
「少しじゃないだろう」
「まあ……付き合いってもんだ」
ベッドに座って、大欠伸をして髪をかき回す海田に、ギュンターは呆れ顔で言った。
「大福はもう散歩に出かけたぞ」
冷たい水で顔を洗い、服を着替えてテーブルにつく。ギュンターが渡してくれた湯呑の濃い緑茶を飲んで、ようやく頭がはっきりしてきた。幸い、二日酔いにはなっていない。
「差し入れの酒が美味くて、つい飲み過ぎた。宮司がまた酒豪でなあ」
「お前が酔っ払った姿は、久しぶりに見たな」
ギュンターが愉快そうに笑う。海田は皿に盛られた伊達巻をつまんだ。正月の重箱に詰めたお節料理の風習はほぼ消えたが、伊達巻と栗きんとんを食べる習慣だけは残っている。食欲はまるでないが、ギュンターが縁起物として準備してくれたので大人しく食べる。
「昨夜は留守番をしてくれて助かったよ。大晦日に悪かったな」
「のんびりした。TORIの大晦日コンサートが派手で面白かった」
「ああ、月面都市からの生中継か」
海田は、ちらりとデスクの上のディスプレイに表示されている地図を見た。ペンギンの大福は、温泉街の中央広場近くにいる。
「月との交信はまだ完全回復してないのに、コンサートの中継は出来たんだな」
「月でも地球でもスタッフが頑張ったんだろう」
しばらくして、ギュンターは旧街道に行くと言って出掛けた。海田も今日は予定が無い。久しぶりに読書を楽しんで昼寝でもするか、と思っていたところに外から耳障りな音が聞こえてきた。
――ふひょーん、ふひょーん、ふひょーん
海田は顔を上げて窓から外を見た。久しぶりに聞くエリア警告音だ。正月早々に、警備船が飛来するのか?
やがて、温泉街の上空に巨大な銀色の宇宙船が、無数の赤いライトを点滅させながら姿を見せた。政府の警備船は主に異星人の犯罪者などを追跡・捕獲するための宇宙船だ。首都では時々見かけるが、こんな地域では珍しい。密入国者でも逃げ込んだのだろうか。しかし、警備船は何事もなくそのままゆっくりと通過していった。広範囲の捜索だったのかもしれない。
警備船が見えなくなってから、何があったのか調べてみようと海田がデスクに座った時、ディスプレイの隅に小さくメッセージが表示された。
<噴水広場にいる。寒いから早く来い>
ペンギンの大福は、誰もいない中央通りをテトテト歩いて中央広場に来た。
大福は賢いペンギンなので、今日は人間達が活動せずに家の中にいる日だと理解している。海田もまだ眠っているので、ギュンターが朝ご飯を食べさせてくれた。本当に良い人間だ。
通り沿いの店も全部閉まっているし、さてどうしようと大福は考えた。人間に朝の挨拶が出来ないのは寂しい。そこで、噴水広場に行く事にした。時々顔馴染の人間が散歩をしているから、誰かに会えるかもしれない。
しばらくテトテト歩き、噴水広場を目指す。
以前、大福はあの場所でチンピラ集団に殴る蹴るの暴行を受けて大怪我をした。しばらく行くのが怖かったけど、今は海田がしっかり見張ってくれていているので、大丈夫だと知っている。
途中で、大福の頭のずっと上に大きな銀色の物体が音も無くゆっくりと飛んで来て、ゆっくりと通り過ぎていった。大福は赤い小さな光がピカピカしているのを見て、何だろうと思った。まあ危ない物なら、後で海田が教えてくれるだろう。
やがて噴水広場に到着したけど、高台にあるのでとても寒いしやっぱり誰もいない。大福はがっかりしたけど、ふと広場の隅に立って自分の方をじっと見ている人間に気が付いた。
背中を真っすぐにした人間、海田と同じ男性だ。濃い茶色のロングコート、茶色の靴。黒い髪はオールバックで黒いサングラスをかけている。大福の知らない人間なので、近寄って挨拶をしていいかどうか迷っていると、男性がすたすたと近づいてきた。
大福を見下ろし、黒い手袋をはめた手に握った端末で素早く大福を撮影した。
「本当に本物のペンギンか。面白い」
大福がちょっと緊張して見上げていると、男性は周囲を見回した。
「ふふん、警戒厳重だな。ペンギンに悪さをするとただでは済まない。奴も悪趣味だな」
男性は大福に顔を近づけた。
「私の言葉が理解できるか?」
大福は、ムッとして鳴き声を上げると羽をぱたぱたさせた。
「ほほお。賢いな」
この人間から離れた方がいいのかな、と大福は考えていた。危険ではないだろうけど、ひどく変な雰囲気だ。
その時、ポトポトと小型2輪車の音が響き、男性はそちらを見た。
「遅いぞ、海田」
海田は小型2輪車から下りると、ヘルメットを脱いで早足でやって来た。大福は海田の姿を見てほっとした。
「無茶を言わないでくださいよ。俺は寝起きだったんですから」
海田の抗議を聞いて男性はうっすらと笑った。
「お前の言い訳には創造性を感じないな。ここは寒い。向こうに駐車してある私の車の中で話そう」
「本音を言えば、断りたいですがね」
「私がわざわざ出向いているんだ。無駄口を叩くな」
海田は大福に言った。
「大福、先に店に戻っていろ。心配するな、この人は敵じゃない」
男性が面白そうに言った。
「ほほお、ペンギンの名前は大福か。創造性を感じる名前だ」
男性は、大福に向かって姿勢正しくきっちりと頭を下げて挨拶をした。
「よろしく大福君。私は
海田と礼は噴水広場から徒歩で移動し、遊歩道の駐車場に停めてある大きな車の後部座席に落ち着いた。
礼は手袋を脱いだが、サングラスはそのままで横に座った海田の方を見た。
「さっき警備船が通過していったが、何だったんだ」
「不明です……目の具合はどうですか?」
「最近は落ち着いている。また手術を受ける必要はあるが」
そう言いながら、礼は眉をひそめた。
「しかしだらしのない服装だな」
「俺は今、土産物屋の店長ですから。礼さんのように洒落込む必要はありません」
「ふん。それで昨夜の電話で話した件は理解しているな」
海田は溜息をついた。
「ひどく性急に物事を進めていますね」
「愚痴はスミスに言え。私の下で動け。決定事項だ」
海田はやれやれと思った。大晦日の夜に携帯端末にかかってきた電話は礼からで、一種の暗号文だった。要するに「お前は諜報員に復帰した。覚悟しておけ。逃げるなよ」という意味で、礼の好む伝達方法である。海田は慣れているので付き合うが、意味はあまりない。ただ、礼が急いでいるのだけは確かだった。
礼は軍人だったが、目の病をきっかけに諜報員に転身したという経歴を持つ。諜報員時代の海田は、礼から指示を受ける立場だった。嫌味で尊大なエリートとして振舞ったり、子供っぽい暗号文を封書で寄越したりと奇妙な行動が目立つが、実際は頭の回転が早く身軽に動くのを厭わない有能な人物ではある。かなりの変人なのは間違いないが。
「俺はまだ、諜報局の方から何の連絡も無いし説明も受けていませんが」
礼はサングラス越しにじろりと海田を睨んだ。
「土産物屋から離れられないお前のために、私が連絡と説明のために来た。感謝しろ。お前は嘱託身分の諜報員だ。スミスの指示で手続きは私が済ませた。身分証明書と専用端末が届いたらすぐに登録しろ。日本支部の再開は予定通り夏だが、水面下ではもうすぐ稼働開始だ。一度きっちり顔を出せ。スミスが手ぐすねをひいてるぞ。その時にもっと詳しく説明する。以上だ」
「……報酬は高く設定してくれとスミスに要求しましたが」
「ご要望通り、一番高いランクにしてやる」
海田は考えを巡らせた。スミスの指示で、礼にがっちりと捕まえられた。静観するかどうかという選択は消滅している……まあ仕方ない。予想よりずっと早まったが。
「わかりました。それで礼さんの下で何をしろと?」
礼は腕を組むと、あっさりと言った。
「月面都市支部が、本格的に中央諜報局から独立しようと画策しているのが発覚した。そこでだ。海田、お前がどんな手を使っても阻止しろ。嘱託報酬の分、きっちり働け」
人鳥温泉街のお正月 高橋志歩 @sasacat11
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