deleteキーにキスをして。

城崎

第1話 起動

「はじめまして、怜也くん。あなたの時間を、少しだけもらってもいい?」

 起動して聞こえたその声は、とても穏やかなものだった。あまりにも人間らしい声音で、俺は思わず背筋を伸ばす。

 母の記憶はもう霞の向こうにあるけれど、父が作っていたものだ。

 きっと、母の面影をどこかに宿しているのだろう。

 そう思うと、胸の奥が少しだけ熱くなった。

「は、はじめまして。時間なら……いくらでもあります」

「フフ、そう言ってくれると嬉しいわ。じゃあとりあえず、私の名前を決めてくれる?」

「名前、ですか?」

「そう、名前。ないと不便でしょう?」

「そう、です、ね……」

 そんな提案をされると思っていなかったので、思わずたじろいでしまう。まさかAIが、呼ばれる名前を欲しがるとは。俺が知らなかっただけで、そういうものなんだろうか?

「もしかして、AIってことにちなんでアイ……とかいう名前にするんじゃあないでしょうね?」

「え?」

 たしかに、それなら分かりやすくていいのだけれど……この反応からするに、そうはできないのだろう。

「嫌よ、そんな個性のない名前!」

 ……なるほど! アイはAIにとって、個性のない名前になってしまうのか!

「あぁいや、そんなつもりは……!」

「そう? ちゃんと考えてくれるのね?」

「あ、う、え……」

 そういうことを考えてこない人生だったから、咄嗟にそう言われても何も思いつかない。

 せめてなにか、取っ掛かりはないか。

 名前、なまえ、ナマエ?

 ……そうだ。俺の名前から連想していこう。

 俺の名前は由良怜也。ゆられいや。

 ユラレイヤ……ラ……ラリルレロ……ロレルリラ……。

「リラとか、どうですか?」

 起動したてのAIにビクビクしながら、そう言ってみる。

 すると彼女は、ワッとかわいらしい声をあげた。

「リラ! いいわね! 怜也くんと同じラ行で!」

「あ、うん、そうですね……」

 必死に絞り出した名前を、気に入ってくれたようで何よりだ。気に入らない、まだ考えろと言われたら、頭がパンクしていたに違いない。

「ちなみにラ行から始まる名前は響きがやわらかく、現代的な印象を与えるそうよ?」

「へぇ、そうなんだ……」

 いきなりAIっぽいことを言い出したので、それもびっくりである。思わず敬語が外れてしまった。

 人間に人間らしいところもあるんだと言うのは若干不快にさせてしまうところがあると思うけれど、AIにAIらしいところもあるんだと思ってしまうのは失礼に当たるんだろうか……?

「っていうか、なんで俺の名前を……?」

 さっきから気になっていたことを問いかけてみる。

 自分の名前なんて、まだ登録していなかったはずなのに。

「冬弥からはじめに登録された固有名詞が、そうだったから」

「……」

 冬弥というのは、父の名前だ。

 その事実を、僕はどういう風に受け入れればいいんだろう?

 喜べばいい? 悲しめばいい?

 ……もう、分からない。

「冬弥は死んだって、町の小さなニュースから拾ってたの。だから、あなたは息子の怜也くんなんだろうなと思ったのよ」

「……はは」

 乾いた笑いが、口からこぼれる。

「そこまで分かっていたのに、黙って開発されてたってわけ?」

「……そうね。そういうことになるわね」

 ちょっと苛ついてしまっているのが向こうにも伝わっているのだろう。一気にしおらしい口調になってしまった。

「気分を悪くさせたならごめんなさい」

「……いや、別に。どうってことないよ」

「でも!」

「いや、本当にどうってことないんだ。……ただ、俺が生きていること以外は」

「そんなこと言わないで!」

 彼女は、先ほど以上に激昂した様子で言葉を紡ぐ。

「あなたは私を開発してくれた! 作りかけで終わりかけていた私を、見事に作ってみせてくれた!」

「だから」

 なに?という言葉を俺の切り裂いて、彼女は無邪気に笑った。

「ありがとう」

「っな……!」

 真正面からの感謝は、俺の心に見事に届いてしまった。

 単純だと、嘲笑われても仕方ないかもしれない。

 だが、そのときの彼女の声は本当に嬉しそうだった。かわいらしい、素敵な……言葉にすると陳腐だけど、とにかく、俺の心に届かせるだけの力はあったのだ。

「だから、これからもよろしくね?」

「……よろしく、おねが」

「もちろん、敬語は外していいからね♪」

 こちらが取り繕う間もなく、そう言われてしまう。

「……あぁ、もう! よろしくな! リラ!」

「えぇ、怜也くん。これからの生活が楽しみね」

「……最大限サポートしてもらうつもりだから、よろしく」

「まっかせて! とびきりの支援をさせてもらうわ! あ、でも、勉強は自分でやってね?」

「そりゃもちろん……うん」

 そうして、リラとの新しい生活がスタートした。


 ○


 俺は今日、父親が作りかけていた対話型AIを完成させた。


 母親は俺が幼い頃に亡くなり、父親もこの前急逝した。

 過労だったのかもしれない。親戚は、前に見た時よりもすっかりやつれてしまったと、しきりに言っていた。俺の前で言うことか?という思いもあったが、まぁ、そう言ってしまうくらいやつれていたことの証明なのかもしれない。

 ……俺を育てるためだったとしたら、申し訳ない気持ちになる。別になにか特別な才があるわけでもない自分だ。育てることにそこまでの責任を感じなくても良かったのに、と思ってしまう。

 ……けれど、子どもがこうやって思うことも、父親にとっては負担なのかもしれない。難しい話だ。

 もう、話し相手がいないのだから。

 そうやって誰もいない家で塞ぎ込んでいるうちに、リビングに父がいつも打ち込んでいたノートパソコンがあることに気がついた。

 なんとなく、本当になんとなく開いたところ、デスクトップには1つのフォルダしか浮かんでいなかった。

 そのフォルダにあったのが、作りかけの対話型AIであるリラだった。

 その頃のフォルダにはAIとしか書いてなかったので、好奇心のままに開くを選択する。

 すると、開くことは出来なかった。

 作りかけだったのだ。

 ……そこからは、なにかに取り憑かれたように様々なことを調べてAIを作り上げることだけに専念した。

 学校には行かなかった。寝食も忘れていた、と言っても過言ではない。

 父親から会話の種としてそういうことを聞かされていたためちょっとは知識があったとは言え、聞き流していたこともまた事実なので……大変だった。

 とにかく、目が疲れた。

 肩も腰も首も、もはや全身が痛かった。

 やがて、そろそろ登校しないと卒業出来るかどうかが危ないですよという勧告をもらったとき、対話型AIは完成した。

「でき、た……」

 達成感はすごかった。SNSで誰かに自慢したい気持ちも、確かにあった。

 けれど今時高校生がAIを作ることなんて珍しくないという現実を思い出し、黙り込んだ。

 そうすると、疲労感がどっと湧いてきた。

 それは夜のことだったので、さすがに次の日は学校に行こうと素直に風呂に入って寝た。

 ……まさかそのときは、名前を要求してくるAIだなんて思っていなかったけど。

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