運命の魔法ゼロ

@Azura201Hikari

《 フィニアンの目覚め》


小野寺竜也は、自分が嫌な奴だという自覚があった。そして、それが彼を困らせたことは一度もなかった。


金の実質的な重みを知る前から裕福だった彼は、利便性だけで自分を容認する人々に囲まれて育った。従業員は従順だった。


「友人」たちは絶好のタイミングで笑い、女たちは使い捨ての衛星のように彼の人生の周りを回っていた。すべてが彼の思い通りに動いていた。だからこそ、彼には変わる理由など微塵もなかったのだ。


彼は傲慢で、計算高く、感情的に残酷な男だった。


そして、彼はそのことを完璧に理解していた。


救済も、精神的成長も、因果応報も信じていなかった。そんなものは、夜に安眠を必要とする者たちのための慰めの言葉に過ぎない。竜也にとって世界は単純だった。力を持つ者がルールを作り、持たざる者は適応するか、さもなくば踏みつぶされるかだ。彼は自分を悪党だとは思っていなかった。ただ、美徳を装わないほどには正直なだけだった。


自分が人を傷つけていることは知っていた。必要とあれば利用し、捨て、踏みにじることも分かっていた。何より、それを変えるつもりがないことも。


地球という世界は、決して彼を罰しなかった。それどころか、残酷な決断を下すたびに、金と影響力、そして都合のいい沈黙で彼に報いた。


だが、ある事故が彼の現世の軌道を断ち切るまでは。


それは、悪党にふさわしい、惨めな死だった。


深い最期の言葉も、突然の後悔もなかった。ただ捻じ曲がった金属の塊と、傲慢さが招いた些細なミス。そして、常に結果を超越していると信じていた男の、唐突な終焉。


竜也の意識が消えた時、神々しい光も天の裁きもなかった。ただ、圧縮された意識の塊として、軌道を外れた彗星のように異世界の現実を切り裂きながら、落下していく感覚だけがあった。


そのまま堕ちていくと思った、その時。


「……」


スチームヘイブン島。午前七時四十分。


フィニアン・アゼイは、記憶にも残っていない悪夢の中にいたかのように、ひどく怯えて目を覚ました。どれほど思い出そうとしても、何がそれほど深刻だったのか思い出せない。ただ、その中で感じた凄まじい痛みだけが記憶に刻まれていた。


ふと気づくと、彼は粗末な服を纏い、質素で幅の狭い独房のような部屋のシングルベッドに横たわっていた。壁の反対側にもう一つのベッドがある。どうやらフィニアンは誰かと同居しているようだった。


ドアが開き、一人の青年が姿を現した。肩まで無造作に伸びた黒髪。冷ややかで鋭い灰色の瞳が、静かに部屋の様子を伺っている。平均的な男性よりも少し背が高く、その左腕は灰色と黒の金属が混ざり合った「義手」であり、生身の体とは対照的に異様な存在感を放っていた。青年は好奇心も敵意も見せず、ただ永久に続くかのような無関心な表情を浮かべていた。


その佇まいのすべてが、彼がアゼイの友人であることを物語っていた。


「コケコッコー、起きる時間だぞ」


その少年は、笑みのない乾いたユーモアを口にした。


「金がなけりゃ、食い扶持もなくなる」


「おい」


フィニアンが呼び止めると、部屋を出ようとしていた青年が不思議そうに振り返った。


「あんた、誰だ?」


青年は答える前に、数秒ほど沈黙した。


「記憶障害か? それとも俺をからかってるのか?」


「本気で言ってるんだ」


フィニアンは迷いのない口調で返した。


「……また悪夢か。最近多いな、お前」


青年は歩み寄り、ヘーゼルナッツ入りのチョコレートバーをひとかけらフィニアンに差し出した。


「気分が良くなるぞ。だが、今回だけだ。甘えるなよ」


黒髪の男が去った後、フィニアンは混乱したまま立ち上がった。疑問が次々と頭に浮かぶ。何が起きたのか? あの悪夢の中で、思い出せないほどトラウマになったことは何だったのか? なぜ、これほどまでに鮮明な感覚が残っているのか?


彼は先ほど部屋を出た青年の棚に近づき、そこに置かれた身分証に目を落とした。


名前は、ミホーク・ドラファルケン。


続いてフィニアンは、まともな格好をしようとクローゼットを漁った。しかし、あるのはボロボロの服ばかりだった。破れたもの、穴が開いたもの、あるいはその両方のもの。数分間苦労した末に、彼はようやく穴のない、少しシワが寄っているだけの服をハンガーから選んだ。


集合住宅を出ると、受付の出口でミホークが背を向けて待っていた。フィニアンはその隣に並び、問いかけた。


「それで、これからどこへ行くんだ?」


「オートマトン通りの純人間の老婆が、壊れた機械を持ってる。見事に仕事をこなせば、一人五百プラタ払うと約束してくれた」


二人はオートマトン通りへと向かった。


煤で黒ずんだレンガ造りの低いビル、常に煙を吐き出す煙突、錆びた鉄と使い古された銅。彼らが住む貧民街の光景を通り抜け、やがて「エーテル軸エリア」へと差し掛かる。そこは貴族たちが住まう場所だった。


高く優雅な塔、エーテル磁場によって浮遊する構造物、エネルギー・クリスタルを内蔵したインテリジェント・ガラス。そこには、機械の騒音など一切存在しなかった。


彼らが目指す通りは、そのすぐそばにある。


二時間が経過した。


「わざわざ来てくれて、本当にありがとう。二人とも、お金を稼ぐために一生懸命働いているのね。最近じゃ、この辺りで手作業をする人なんて滅多に見かけなくなったわ」


老婦人は、片側で装置をいじるフィニアンと、反対側で大きなネジを締め直しているミホークを交互に見つめ、優しく微笑みながら言った。


「仕事ですから、奥様」


フィニアンも笑顔を返す。


「努力なしで簡単に手に入るものなんて、何ひとつありませんから」


「その通りね。私も若い頃は、ずっと仕事に捧げてきたわ。でも、まともな仕事を見つけるのは大変だった。特にあの頃から、多くのメカノイドは純粋な人間に対して偏見を持っていたから。『すべての純粋な人間は、ただ既存のものを破壊するために生まれてきた』……彼らの概念では、例外なんてなかったのよ。結局、たくさんお金を貯めて投資して、ようやくここで今の生活を築けたの」


二人は修理の仕上げにかかりながら、静かに話を聞いていた。


「ねえ……成功したら、あなたたちは何をするつもりなの?」


フィニアンが答えるより先に、ミホークが作業の手を止めずに、即座に淡々と答えた。


「この島を出ます」


「どうして?」


「俺たち二人にとって、ここにはもう何も残っていないからです」


「まあ……ここに留まる方法はいくらでもあるわ。安定した仕事、保護、時間をかければ立派な名声だって築けるはず――」


若き整備士は作業を止め、彼女をいつもの無関心な瞳で見つめた。その返答は静かだが、鋭い。


「奥様。暗闇の淵に生まれた者は、毎日、自分をそこから引きずり出してくれる神がいないかと祈りながら過ごすものです。行き先なんてどこでもいい。ただ、苦しみが始まった場所から遠くへ行ければ」


彼は言葉を続ける。


「……生き残るために逃げる必要がなかった人には、理解できない未来もあるんです」


ミホークはすぐに作業を終えると、近くのテーブルに置かれた報酬を手に取り、部屋を出て行った。フィニアンが慌てて老婦人に歩み寄る。


「彼の無礼を許してください。俺たちは余裕のない生活を送っているもので、それで……」


「いいのよ。あなたたちが経済的な困難から抜け出せるよう願っているわ。幸運を」


フィニアンは感謝を込めて頷き、自分の分の金を受け取ってその場を後にした。


十分が経過した。


フィニアンとミホークは、近くのレストランで昼食をとることにした。ウェイターの態度は決して丁寧とは言えなかったが、二人は気にする様子もなかった。少なくとも、ミホークは。


「この島を出るって言ったよな?」


フィニアンが沈黙を破ると、黒髪の青年は食べ物を飲み込んでから彼に視線を向けた。


「まさか、それまで忘れたわけじゃないだろうな」


「そんな言い方するなよ! その……悪夢があまりに強烈で。でも、何が起きたのか思い出せないんだ」


「……思い出せないほどの悪夢が、そこまで記憶に影響してるのか?」


二人は数秒間黙り込んだ。やがてミホークがその沈黙を破り、古びて丸まった一枚の紙をテーブルの空いたスペースに広げた。それは世界地図だった。広大な土地と無数の島々が描かれ、いくつかは陸橋で繋がっている。


「じゃあ、もう一度説明してやる」


ミホークは他の島より一回り大きい「レイヴンロック」という島を指さした。


「貯金が貯まり次第、船か飛行船を雇ってここへ移住する」


「レイヴンロック?」


「ああ。裕福な島だ」


「他にも選択肢はあるだろ。どうして他の場所は考えないんだ?」


「俺は、まず手が届く場所に集中してるんだ」


彼は他の島々や大陸を指し示した。


「観光客しか受け入れない場所もあれば、それすら拒む場所もある。残りの場所は、よそ者にどう反応するか分かったもんじゃない。レイヴンロックは、現地の法律に従う限り、ハイブリッドやヒューマノイドを受け入れている唯一の場所だ。住人の大半は純粋な人間だが、旅人たちはいつもあそこを『誠実で受け入れが良い』と評している」


「……海の中にあるこの名前は何だ?」


フィニアンは、二つの島の間にある「ヴォルピア」と呼ばれる海域を指さした。


「ネオ・オリンピアとオシリアの同盟下にある海底都市だ」


彼は近くの二つの島を指した。


「どうしてそんな場所が沈んでいるんだ?」


「色欲だ」


ミホークの答えは素っ気なく、端道的だった。


「……あんた、島のことによく詳しいんだな」


「あそこは特によく知ってる。そこにいる女たちを拝むために、一度は自分の目で見に行きたいと思ってるからな」


レストランの外から、少しずつ賑やかな歓声が聞こえ始めてきた。二人は何が起きているのか確かめるために外へ出た。そこでは大規模なパレードが行われており、中心には巨大な山車が鎮座していた。


 山車の上には、この島の最高指導者候補であるアラリック・ハウンドベルが立ち、その後ろには制服に身を包んだ五人の忠実な守護者たちが控え、威圧感を放っている。


「あれは……誰だ?」


「アラリック・ハウンドベル。最高指導者の候補だ。後ろにいるのは個人ボディーガードの『コグシールド騎士団』。この騒ぎを見る限り、当選が決まったんだろうな」


 ミホークがポケットから財布を取り出す一方で、フィニアンはまだ包まれたままの食べかけのハンバーガーを手に持っていた。


「まだ何か払うものがあるのか?」


「ああ。今のうちに電気代を払っておきたい。残りの金は旅費として貯金する。督促状が来るのは面倒だからな」


「なるほどな」


 その時、パレードの進行方向とは逆に、フードを被った影が猛スピードで走ってきた。背後からは激怒した太った男が追いかけてくる。影は二人のすぐ脇を通り抜け、レストランの隣にある行き止まりの路地へと逃げ込んだ。フィニアンは様子を見るために、ゆっくりと路地へ足を踏み入れた。


「お願い、やめて!」


 か細い悲鳴が耳に届く。男がフードの人物の襟首を掴み上げ、今にも殴りかかろうとしていた。


 フィニアンは瞬時に二人の間に割り込み、相手を引き離した。その拍子にフードが脱げ、一人の少女が姿を現す。彼と同じくらいの年齢に見える、真紅の髪と鮮やかな緑の瞳をした少女だった。


「何があったんですか?」


 フィニアンは男に真っ向から問いかけた。


「この泥棒猫が、俺の果物を盗みやがったんだよ!」


 露天商の男は憎しみを込めて怒鳴った。


「お腹が空いてたのよ! あなたには家族がいないの? 私と同じような目に遭ってる家族がいたら、そんなこと言えるの!?」


 少女は悔しさと怒りに震えながら叫び返した。


「いいや! 俺の身内には、家系を汚すような馬鹿な真似をして、島の重荷になるような乞食野郎は一人もいねえよ!」


 その言葉に、赤髪の少女は怒りで顔を歪めた。


「二人とも、そこまでだ!」


 フィニアンは割って入り、自分のハンバーガーを少女に差し出した。少女は、この場所では珍しい無償の親切に驚愕の表情を浮かべた。


「これを受け取って。その果物は、この人に返してあげてくれ」


「……本当に、いいの?」


 少女は心配そうにフィニアンを見つめた。彼も自分と同じか、それ以上に困窮しているように見えたからだ。


「ああ、さっき昼飯を食べ終えたところなんだ。お願いだ、果物を返してやってくれ」


 フィニアンは手を差し出し、優しく、しかし毅然とした口調で言った。


 少女は静かに果物を差し出した。フィニアンはそれを男に返したが、男は呆然として立ち尽くしていた。フィニアンは少女に歩み寄り、怪我がないか確認しようとした。


「……誰が泥棒と交渉するなんて言った!?」


「話は終わったはずだ。自分の店に戻れよ」


「余計な真似をするんじゃねえ! こいつをぶん殴らなきゃ気が済まねえんだよ!」


 フィニアンは男を真っ向から睨みつけた。


「たかが果物一つで、まだ怒ってるのか? それとも、自分の腹と同じくらい膨らんだプライドを、女の子に傷つけられたのがそんなに悔しいのか?」


 その言葉が露天商の怒りに火をつけた。男は拳を固め、今にも殴りかからんとする。フィニアンも臆することなく身構えた。


「この、クソガキがぁ!!」


 激突の寸前、ミホークが介入した。鋭い蹴りが男の腹部にめり込む。男は悶絶したが、倒れはしなかった。さらに怒り狂い、黒髪の青年に向かって突進するが、ミホークは冷徹に、今度は顔面に膝蹴りを叩き込んだ。少女はその隙に、怯えながらも路地を駆け出していった。


 男が地面に崩れ落ちると、ミホークは一切の躊躇なく、男の顔面を蹴りつけ始めた。フィニアンが止めに入るまで、その冷酷な暴行は続いた。


 血まみれになった露天商と、相変わらず無関心な表情の友人を見比べ、フィニアンは衝撃を受けていた。


「……捕まる前にここを離れるぞ」


「何を急いでる?」


 ミホークは屈み込み、倒れた男のポケットから現金をすべて抜き取ると、自分の懐に収めた。


「泥棒とは交渉しない主義なんだろ? ……だったら、次からは泥棒を侮らないことだな」


「……お前、泥棒じゃないだろ」


「さあな、それは相手次第だ」


 若き整備士は平然と立ち上がり、友人を連れて足早にその場を去っていった。

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