東京湾 ダンジョン島転移〜【日本政府vs異世界市長】〜

アリス&テレス

【第一章】東京湾のいちばん長い夜

ダンジョン暴走

【本日3話投稿 07:05 12:05 17:05】


 2025年10月14日深夜0時、

 それは、計器の異常から始まった。


 東京湾内、各所のセンサーで、突如として海水温の急激な低下を観測。


 同時刻、気象庁の潮位監視システムが、東京湾全域で不自然な潮位変動を検知した。


 満潮時刻とは異なる、物理的な「押し出し」による水位上昇。


 浦安沖7kmの地点を航行していたLNGタンカー『第五光洋丸』のAIS(船舶自動識別装置)信号が、ありえない軌道を描いて東へスライドした。


 直後、東京湾アクアライン「海ほたる」の風速計が、無風状態から突如として風速20メートルの突風を記録。


 視界不良。


 濃霧注意報の発令基準を遥かに超える、乳白色の壁が海面を覆い尽くした。


——これは、異世界と現代日本が衝突した日から始まる物語である。



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【異世界側/ダンジョン暴走】

00:00 アヴァロン島


 鼻をつく焦げ臭さと、鉄錆の匂い。


 そして、耳障りなほど響く爆裂音。


 異世界ダンジョン都市島アヴァロンの夜は、まさに「災厄」としか言いようのない状況に陥っていた。


「……目標、オーク・キング。座標固定。大規模殲滅術式『ヘル・コメット』、装填率80%」


 無機質な声が、瓦礫の山と化した広場に響く。


 声の主は、銀髪碧眼の美少女アリシア。


 メイド服姿の彼女の前には、場違いなほど巨大な幾何学魔法陣が展開されていた。


「やめろおおおおおおお!」


 半泣きで飛び付いたのは、アヴァロン市長にして辺境伯のウィリアム・リヴァイア……通称ウィル。


 黒髪オールバックに整った顔立ち。


 本来なら若々しいはずの25歳だが、眉間の深い皺と目の下のクマが、実年齢より10は上の、大人の色気を出す男だった。


 今は慢性疲労の限界を超え、前髪が1房垂れた、少々残念な顔だ。


「待て待て待て、ストップだアリシア! オーバーキルにも程がある!」


「マスター。当該のオーク・キングは都市北側壁への侵入を試みました。即時排除が推奨されます」


 アリシア=Λ0001号=ユグドレシル。


 古代魔法文明の遺産であり、ダンジョン管理AIとも呼べる自動人形(オートマタ)である彼女は、首をかしげながらウィルを見る。


 見た目は可愛い。少々ポンコツ気味なのはご愛嬌。


 今は、そのポンコツの手によって殲滅級魔法が放たれようとしていた。


「排除はいい。許可する。だが『ヘル・コメット』は却下だ! 城壁都市ごと消し飛ばす気か!」


「……了解。術式を『ライトニング・ジャベリン』にダウングレード。実行」


 閃光が走った。


 オーク・キングは電撃の破裂音を残し、炭の塊となって崩れ落ちた。


 アリシアがほんの少しドヤ顔してるように見えて、ウィルはため息がでた。


「城壁都市を蒸発させる所だったんだぞ、気をつけてくれ『お願いだ』」


 オートマタであるアリシアが、クルリと振り向いた。


「お願いならしょうがないですね。お願いはとても良いものです。どうぞΛ0001号にお願いしてください」


 心なしか、物凄く嬉しそうに見える。


「お、おう、分かった。ところでアリシア、なんだか嬉しそうだな」


「理解不能です。完璧なオートマタのΛ0001号には感情など存在しないので、嬉しそうにはできません」


 スッと真顔に戻ったアリシアが、ウィルの目を見つめる。


「そっか」(コイツ、絶対に感情あるよな)


 ウィルは、そのままアリシアを放置して、2回目のため息をついた。


 アレもコレも、すべては、1年前に王国が召喚した「勇者」とかいう少年のせいだ。


 このダンジョンは、古代人が外世界と繋げた施設だ……

 そんな噂をどこかで聞きつけた勇者は、「日本に帰せ」と喚き散らし、ダンジョンの封印を壊した。


 だが、勇者は、怒ったアリシアにより、裂け目の向こうへと叩き出され、今はどこに行ったやら。


 それでも、災害の置き土産は強烈だだった。


 つい先ほどまで、ダンジョンの外に巨大な空間の裂け目が開き、島全体を覆う霧と共に魔物を吐き出し続けていたのだ。


「被害状況は?」


 尋ねられたアリシアの瞳が、黄色に点滅し、島内をサーチした。


「魔物の大半は駆逐済み。残敵掃討中。

 南港の食料管理倉庫火災はほぼ鎮火。備蓄食料の60%を喪失。

 市民の重軽傷者は1200名を超過、死者数は50名。三日後には倍の100名を超える見込み。

 大地母神殿の治癒リソースは枯渇寸前です」


 ……50人。


 ウィルの脳裏に、前世の記憶がよぎる。


 2度目の不渡りを出したあの日。会社倒産を告げた時の絶望した社員たちの顔。


「……また、か」


 誰にも聞こえない声で呟き、ウィルは前髪を掻き上げた。


「宝物庫の予備魔石を、治癒神官に回せ。責任は私がとる」


「……マスター」


 アリシアの声のトーンが、わずかに変わった。


「全ての予備魔石を放出すれば、今後の島運営に差し障ります。再考を推奨します」


「却下だ」


 ウィルは即答した。低音の声に、一切の迷いはない。


「アリシア、お前は経営がわかっていない。人的資源……つまり人間は、この島で最も希少で高価な資源だ」


 冷酷な合理主義者のような口調。


 だが、その目は炎を見つめたまま、僅かに震えていた。


「魔石はまた補充できる。倉庫は建て直せる。だが、死んだ人間は二度と戻らない。熟練した職人も、若い母親も、子供も……全部、私の利益のためだ」


「またマスターが、わざと冷たい言い方をしていますが、似合ってません」


「うるせえ、自覚はしてるんだ。良いから、魔石の手配をしろ。後で財政計画を三日三晩かけて練り直すから」


「了解ですが、その計画では過労死ラインに到達です、マスター」


「やめろや、縁起でもない」


 疲れ切った声で返すウィルの背中を、アリシアは無表情で見送った。


 その小さな唇が、ほんの少しだけ、笑みの形に緩んだ気がした……気がしただけかもしれない。



 だが、ウィルはそれどころじゃなかった。


 強がってはみたものの、予想される赤字額で視界が暗くなる。


『倒産』


 その言葉が脳裏をよぎった瞬間、ウィルの拳が震えた。


「……せっかく転生したのに、また倒産だなんて認めんぞ。断固、抗ってやる」


 低音の声に、静かな怒りが滲む。


「それにしても、あの勇者の野郎、絶対に許さん。次に会ったら損害賠償請求訴訟を起こしてやる……!」


 濃霧越しに見える、島の反対側でまだ残る炎を、ウィルは血涙を流さんばかりの目で睨みつけた。


 綺麗事では誰も守れない。前世で学んだ。


 だが、諦めることもしない。それがウィリアム・リヴァイアという男だった。



 ……しかし、このとき、彼らはまだ気づいていなかった。

 勇者が暴走させたダンジョンが、約一万人の島民を道連れに「異世界転移」という形で、その願いを叶えてしまったことに。



・ウィルのイラストと、キャラクターシート

https://kakuyomu.jp/users/aliceandtelos/news/822139842352970430


・アリシアのイラストと、キャラクターシート

https://kakuyomu.jp/my/news/822139842353124062

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