有名配信者に寝取られ宣言された幼馴染みの様子が、どうもおかしい

一本橋

幼馴染みは、寝取られた?

 夕焼け色に染まった教室は、グラウンドから響くボールの音と掛け声を除いて静寂に満ちている。



 がらがらとドアが開くと、一人の男子生徒と共に廊下の冷たい風が流れ込んだ。



 彼、一宮蓮翔いちみや れんとは学校のちょっとした有名人であり、僕をここへ呼び出した張本人である。



 新しい物好きで黒髪にピンク色が混ざっており、お洒落な印象がある。

 その一方で、日頃からよくオタクや陰キャと呼ばれる人達を馬鹿にしたり、彼女をとっかえひっかえしているというような悪い噂が絶えない。



 よく言えば元気でハッキリしている性格のため、正反対の僕にとっては苦手で関わりづらい人種でもある。

 そんな彼との接点はあるはずもなく、自分が呼ばれた理由が分からないでいた。




「これ以上文乃ふみのに近寄るな、ストーカー野郎。言っておくが、しらばっくれても無駄だからな」




 ストーカー……? 僕が?



 侮蔑を含んだ目で見下ろされ、僕は事情を飲み込めずに眉を寄せた。




「どうせ文乃が優しいから勘違いしたんだろ? 今まで散々付き纏ってたみたいじゃないか。見るからに陰キャで何の才能もない凡人ってだけに留まらずに、ストーカー気質だとか。こんな幼馴染みがいるだなんて文乃には同情しかないな」




 考えれば考えるほど混乱が頭を掻き回し、視野が狭くなる。



 そもそもなんで蓮翔くんが? 文乃とはどういう関係で?




「その様子だと、どうせ俺達の関係も知らないんだろ。さすがに何も知らないのは可哀想だから教えてやるよ。俺と文乃は付き合ってんの、男女の関係ってやつ。まあ当然だよな、大手事務所に所属するチャンネル登録者1万人越えの配信者である俺とお前とじゃ、比べるまでもないか」




 顔をしかめ、嘲り交じりに嫌な笑みを浮かべる彼を前に、僕は言葉を失った。




「ま、そういう訳だストーカー野郎。お前が居なくなったって文乃には何の問題もない。むしろ迷惑してたくらいだ。それと、もし文乃に危害を加えようものなら容赦はしないからな」




 そう告げて教室から出ていくと、僕は重苦しい雰囲気の中に一人取り残された。

 グラウンドの喧騒は先程より遠くに感じ、時間がゆっくりと流れていく。



 確かに、記憶を振り返ってみれば思い当たる節があった。



 ここ最近、文乃に避けられている気がするのだ。

 近くにいると距離を取られたり遠回りされることもしばしば。目を合わせようともしないし、逸らされることも。

 態度は妙に冷たいし、素っ気なくて気まずそうにしているようにさえ思える。

 何と言っても、笑うことが以前より減った気がするのだ。



 他の人にもそうなのかなと考えたけど、僕だけみたいだし。

 やっぱり避けられてるのかな? だとしたら蓮翔くんの言ってたことも……本当……。



 陰鬱な気分に引き込まれては、虚しさで胸が締め付けられる。








 数日間を通して、疑念は徐々に確信へと変わっていった。



 なにより、蓮翔くんと会話をしている時の文乃は、僕と一緒に居るときよりも楽しそうに見えた。

 それと同時に、文乃にとって僕は邪魔な存在でしかなかったのだと痛感した。



 よくよく考えてみれば、簡単なことだったんだ。

 持ち前の明るい笑顔は親しみやすさを感じさせ、誰に対しても優しくてすぐ仲良くなれる。

 裏表もなく素直で愛想が良く、社交的で聡明。



 加えて、容姿端麗で周りの視線を集める人気者でもある。

 そんな文乃と、端から僕なんかは釣り合う筈もなかったんだ。



 蓮翔くんの言う通り、文乃は優しいところがあるから、幼馴染みの情けとして何も言わないでいてくれたのだろう。



 そうとも知らず、僕は文乃の気遣いに甘んじて迷惑を掛けていただなんて……。

 自分の不甲斐なさに、嫌気に苛まれ自己嫌悪感が増していく。



 これを最後にして、もう文乃とは関わらないようにしよう──



 そう心に誓った矢先、教室の入り口で文乃とバッタリと鉢合わせてしまう。

 気まずい沈黙が流れ、居心地の悪さと緊張で息詰まりそうになる。



 合わせる顔がない。



 ゆっくりと息を吸い、なんとか普段通りを心掛け平静を装う。




「あの……ちょっといい? 話したいことが……」



「ご、ごめん!」



「って、待ってどこ行くの?! ねえ、ねえってば!」




 文乃の制止を振り切って、一刻でも早くその場から離れようと廊下を駆けた。



 が、たたたと迫る足音に振り向いた途端、両手で壁をつかれ、淡い茶髪を揺らめかせた文乃が顔を覗く。

 お互いの息遣いが重なり、文乃の穏やかな匂いと一緒に体温が伝わる。



 壁に背をつけて身動きが取れず、目鼻立ちのきりっとした顔から向けられる強い眼に、視線は縫い付けられた。



 顔が近っ……それになんか怒ってる?




「何で逃げるの、私何か変なことした?」




 いつもは元気付けてくれる声も今ばかりは暗然とさせ、俯き加減にじっと目を伏せる。




「調子でも悪いの? それなら私が保健室まで連れてってあげるけど……」



「べ、別に何ともないよ」



「何でもないじゃなくて、こんな顔してどこが大丈夫なの?」




 困惑した目付きで、文乃は眉をしかめた。




「あの、さ……もう僕に気を遣って話しかけなくてもいいよ。僕も極力関わらないようにする、から」




 喉が詰まるような言葉を切り出すのには、心が焼けるようなものがあった。




「関わらないようにするって……意味分かんないんだけど。冗談……だよね? そんな急に言われたって納得できないわよ。何か気に障ったなら謝るし、私に嫌なところがあるならちゃんと直すからっ」




 瞬きすら忘れ、文乃の力ない表情には雲がかかっている。




「文乃は全然悪くないよ。ただ、お互い適度な距離を取った方がいいというか──」



「嘘つかないで。本当のこと言ってくれなきゃ分からないじゃないっ、それとも私には言えないこと? …………もしかして私とは一緒に居たくないの?」




 小刻みに肩を震わせて唇を固く結び、その潤んだ瞳には長い睫毛が暗い影を落としていた。




「蓮翔くんが教えてくれたんだ。僕が文乃を困らせてるって」



「…………ちょっと、何でそこでアイツが出てくるのよ?」



「……え? だって付き合ってるんじゃ」



「はあ?」



「じゃあ、ここ最近よく一緒にいたのは……」



「しつこく付き纏われてたのよ、何度も何度も付き合ってくれって。もちろん全部断ったけど」




 文乃はきょとんと首をかしげ、大口を開けて呆れたような素振りを見せている。




「それじゃあなに、アイツの言ってたこと鵜呑みにして私から離れようとしたってこと? だいたいあんなナレシストでプライドの塊みたいな奴なんかに、私が靡くとでも本気で思ったの? それに私が迷惑してるって……そんな覚え、今までに一度もなかったわよ!」




 むっとして、不服そうに怒りを眉の辺りへ這わせる文乃。




「にしても腹が立つわね、思い出しただけでもイライラしてくる……! こんな頼りない奴はやめとけ~とか、自分の方が幸せにしてやれるとかっ、大きなお世話よ! ほんと、ムカついたから殴ってやろうと思ったわっ、我慢したけど…………!」




 目尻を吊り上げてきりきりと歯を軋ませると、文乃は拳を固く握り締めた。




「いい、よく聞きなさい! 例えおさむ自身ががダメダメに感じたって私からしたら十分なの、だから釣り合わないだとか思わないで!」




 頭上から鳴る叱責に、僕の背筋が伸びる。




「真面目で、不器用だけど努力家で頑張り屋さんで、優しくて困っている人がいたら見過ごせないくらいのお人好しなところも、私はたくさん知ってるし──! 私を大切にしてくれて、つい支えてあげたくなるところも、全部全部……きっ…………大好きなのよ!」




 その言葉は勢いを増し、火のついたように語気を強めて加速していく。




「意識し過ぎてどう接していいか分からなくなって、気持ちが知られて拒絶されるのが怖くなってっ。本当は話したいけど緊張したり恥ずかしくなって避けちゃうくらい好きなのよ!」




 早口な声は、廊下によく響き渡った。



 そして、どうにでもなれという捨て鉢な文乃の荒々しい自棄が、僕の心を吹き捲った。



 興奮の余韻で手を震わせ、火照ったような顔ではにかむ文乃。

 しんと静まり返り、竦むようなむず痒い沈黙に包まれる。



 僕はというと、収拾がつかない程の感情で胸いっぱいになっていた。

 じっとしていられないくらい心臓が激しく脈打って、耳の先までぽっと顔が赤くなっている。




「よかった、本当によかった……!」




 それと同時に全身から憂鬱がすり抜けるような安堵を覚え、僕は大きく息を吐いた。




「な、何泣いてんのよっ」



「そういう文乃だって」



「もう……」




 胸を撫で下ろすように肩の力を抜くと、文乃もまた笑顔を広げ口角を緩めた。



 ふとニヤニヤとした口元を隠して、意味ありげに含み笑いをする女子二人組に気付き、僕と文乃は羞恥で全身が固くなる。




「「あ……」」




 文乃の友達の藤崎ふじさきさんと益田ますださん? どうしてここに!?




「いいいいつから見てたのよ!」



「やっと仲直りできて良かったね、文乃~」



「そうそう、ずっと元気なかったもんね。ため息ばっかりで、私たちが話しかけても上の空だったし」



「う、うっさいわね!」




 いたずらっぽい眼差しに、恥じらいの色で顔を真っ赤にさせて応える文乃。

 普段の調子に戻り、賑やかなやり取りをする姿に、ふっと微笑みが出る。




「文乃は寂しがり屋だからね」




 僕の言葉に文乃はピクッと動きを止めると、ターゲットをこちらへ変えた。




「元はと言えば、あんたがまんまと騙されるのがいけなかったのよ!」




 噛みついてくるような勢いで、キッと怒りをむき出しにして文乃は声を上げる。




「こっちは修に嫌われたかもって思ったんだから! おかげで私がどんな想いをしたことか……! ばかばかばか!」



「ご、ごめん」



「まったく、昔っから素直で人を疑わないし、押しに弱くて頼まれたら断れないし。お人好しすぎて危なっかしくて危なっかしくて…………ほんとに心配になってきたわっ。まあ、そういうところも好きなんだけど……」




 ぐうの音もでない。



 グイグイと詰め寄り、口うるさく頬をつねっていた文乃からは、血の気が引いていき憂いに満ちていた。




「だから、あんたが騙されないように私がずっと傍にいてあげるわよ」




 そう横顔を見せ、照れ隠しに髪の毛を引っ張る文乃は、間違いなく最高の幼馴染みだった。




「ありがとう」



「ふ……ふんっ、別に感謝なんてしなくていいわよ」




 心の底から、文乃と出会えて僕は幸せ者だなと思えた。

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