第3話 賑やかな今日が始まる――欠けた日常の中で(2)
外に向かう途中で、屋敷に乱入してきた弟子のメルトをコウルが捕まえてきてくれた。
俺が女の子になっていたと言ったら――やはり宇宙に意識が飛んでしまった犬のような顔をしていたな。
気持ちは分かるが、他の三人と同じ顔をされるのはわりと傷ついたな。
そして外に出た。
辺りは完全に荒れ地。ここで弟子達が戦闘訓練をするため、こんな風になってしまった。
なかなか酷い光景だ。
毎回、穴だらけになってしまうため、弟子が来ると庭師が嫌な顔をするほどだからな。
「久しぶりに授業をしようか」
などと、師匠っぽく言ってみる。
俺の弟子は七人。そのうちの四人がここにいるのだから、半分以上が集まっている事になる。
全員、この街に住んでいるから顔を合わせることは多いが、半数以上が集まるのはわりと珍しいか。
「虚室――アイテムボックスとも呼ばれている、物を入れる空間を作る魔法がある。物の出し入れには制限はあるが、エネルギーや情報であれば制限なく出し入れできるという特徴がある」
とりあえず、俺が師であることを証明しよう。目のヤル気のなさで、俺が誰なのか確信を持たれるのは、さすがに納得がいかない。
「この虚室に、最新技術の塊であるマキナを入れて武器として使うヤツを、マキナ・マイスターと呼ぶのは知っているよな?」
少し、嫌な気分になった。この分野は、あまり口にしたくないが、弟子達に言うようなことではない。表情を取り繕って話を続ける。
「ここまでの話の流れで、最初のマキナ・マイスターである俺が何をするのか、予想はできるか?」
俺の言葉に、一斉に後ろに下がる弟子達。俺が師であると感じているんだな。その根拠が、目のヤル気のなさでないと信じたい。
「正解は……これだ」
二本の指を天に向けて伸ばすと共に、虚室の中で放たれたマキナによる攻撃を取り出す。
僅かに空間が揺らいだ瞬間、凄まじい閃光が辺りを包み――吹き飛んだ。
投げだされた宙では天地が何度もひっくり返り、地面でも転がり続けたあとで、ようやく止まれた。
この状況だ、感想は一つしかない。
「……痛い」
土って、こんな味をしていたっけな。
「先生!」
弟子達が、一斉に走ってきた。おう、まっすぐ育ってくれて先生は嬉しいよ。
「大丈夫だ」
とりあえず、いつまでも土の味を堪能しているわけにもいかないので起き上がった。まさか、暴発するなんて思っていなかった。これまで一度もなかったのに……この姿になったというのもあるだろうし、その他にも色々とあるかもしれない。
「吹き飛ばされただけで済んでよかったと考えよう」
腕くらいなら吹き飛びかねない威力だったからな。手の感覚はマヒしているが、一時的な物だろう。一時的な物だよな?……あとで医者に診てもらおう。
「誰も先生が別人なんて思っていませんから、もうこういうのはやめて下さい! そのヤル気のない目は、先生以外のはずがありませんから!!」
「おいっ!」
とんでもないことを言い出したぞ。
「目にヤル気がないことが、本人確認になると言われた師の気持ちを考えて欲しい」
「あー、ですが、ねぇ」
弟子同士が目を合わせあっている。だが発言を否定する者は誰もいない。
お前ら、俺をそんな風に思っていたのか。俺のいかなる特徴も、このヤル気のない目には劣ると?
「説明している時のドヤ顔も馴染みがあり過ぎて……」
「そ、そうか……」
俺って、物を教えている時、ドヤ顔をしていたのか。知りたくなかったな。
※
土汚れ+擦り切れ。服が、この複合技でボロボロとなったため、屋敷へと戻った。
不本意な形ではあるが……心底、不本意な形ではあるが、弟子達への本人確認は無事に終了したので、今は着替えて応接室で茶を飲んでいる。
しかし、この状況で、とても大きな謎に俺は直面していた。
「なんで、こんな服があったんだ?」
今俺が身につけているのは、最近になって一つのジャンルとなっている、ゴスロリといったか? その類の服だと思う。
黒を基調とした衣装で、生地は厚手の光沢を持つ特殊な素材で、フリルやレースは施されている。全体的にクラシックな雰囲気ではあるが、やたら豪勢な感じがする。
「メイド一同、その服を見て、愛らしいお嬢様に仕えていると妄想するためです」
「着替えてくる」
クラリスの言葉で、このゴスロリ衣装が、呪いの装備であることが判明した。
これは、いつまでも着ていていい物ではない。ウチのメイド達の妄執が、長い時間をかけて練り込まれた危険物だ。
「他に服がないので諦めて下さい」
「サイズは合わないが、俺の服があるだろ」
「お嬢様の服は、他にはございませんよ?」
コイツ、何をしやがった!? いや、後ろで他のメイド二人が頷いている辺り、一人の犯行ではないかもしれない。
「お嬢様はやめろ。いや、今はいい。よくはないが、今はもっと大切なことがある。俺の服……お前が色々言って話がややこしくなるから、ここでは千歩譲るが、男物の服はこの屋敷にあるよな」
「お嬢様が外に出ていらっしゃる間に、メイド達に洗濯物として全てクリーニング業者に持って行かせました」
やりやがった。いや、そこは問題だが、もっと大きな問題がある。くっ、このゴスロリ衣装をすぐに着替えたい。だが、俺以外の服で、他にどんな物が屋敷にある? コイツらのことだ。男物は全てが全滅していると考えるべきだ。
しかし女物と言えば、こいつらの服かメイド服くらいしか、いや来客用のもあったな。他には、バスローブや何やらも。
だめだ。妥当な物は全て手が打たれている気がする。それに、下手に女性物の服を求めたら、自分から女装を楽しみたいとアピールを――これ、女装でいいのか? と思わなくはないが、ともかく変なアピールをしているように取られかねない。
かといって、この呪いの装備を身につけているのも嫌だが、今はもっと大きな問題がある。
「なぁ、俺の下着って他に無いのか?」
今、履いているのは男性用下着ではない。さっきの地べたを転がった件で、風呂場に行って出たら用意されていたのは、性別に問題のある下着だけだった。
「履かないという選択肢をオススメしますとお伝えしたら、どうしますか?」
「屋敷から逃げる。特にお前から」
コイツ、俺の姿が変わってから、本性を表していないか? この屋敷の主は俺だが、ある種の身の危険を感じつつあるんだが。
「さようでございますか。愛らしい下着をご用意いたしますので、お屋敷からいなくなることはお止め下さい」
過剰なまでに丁寧な言葉だな。こんなときはロクでもないことを考えているから、どうするべきか迷うところだが、要望はしっかり言っておかないといけないよな。
「普通の男物の下着を頼む」
「とんでもない。幼さの残るお嬢様には――ふふ……」
クラリスは小さく握り締めた拳を胸に当て、恍惚とした表情でどこか遠くを見ながら言い放った。その様子に、俺が静かに震えていることなど露ほども気にすることもなく。
「……ぜひともスケスケのレースで出来た背徳的な下着をご用意させて頂きたいと思っております」
「絶対にやめて? 本当に、やめて。なぁ、聞いてる? 冗談じゃなくて、本気だからな。……やらないよな? なあ、本当に。聞いてる?」
本当に、屋敷から逃げるべきではないか? だが、俺の仕事に差し支えが出ることを考えると、それも出来ない。
「そういう話は控えて頂けませんか? 少々、居心地が悪いので」
「そうだな。悪い。話を戻そう」
コウルの言葉で我に返る。クラリスと恥じらいもなく下着の話をしていたのは、完全にコイツのペースに乗せられていたせいだ。ヤバかった。あのままでは男の尊厳があの世に旅立つような形に、話を持っていかれていたかもしれない。
さて、何の話をしていたか? クラリスのせいでかなり動揺して、話の内容を忘れてしまった。しばし考えたが、弟子達の顔に目を向けたら、ようやく思い出せた。
「なんで俺に学園を勧めたんだ?」
サラスが、この街の学園に通うことを勧めてきたんだったな。自分の年齢を考えると、今さらという気がしなくもない。しかしサラスが言うのなら、相応の理由があるのだろう。
「先生は昔から遠距離戦は得意でも、近距離戦は残念ではないですか」
残念って言うな! 少し苦手なだけだという言葉を飲み込んで、そのまま話の続きを聞くことにする。
「学園では接近戦を学ぶこともできます。それに教師も研究者として一流の方が揃っていますから、先生のさっきの暴発を防ぐ方法が分かるかもしれません」
確かに、学園であればどちらもその通りだ。しかし、俺の立場を考えれば、あまり魅力のない内容だ。
「だが、それだと家庭教師を頼めば、学園に行くよりもよっぽど効率的に学べるんじゃないか? それに研究者についても、どっかの……いや、口の堅くて優秀となると探すのは大変だろうが、信用のできる研究所を探して仕事を依頼するのは不可能ではないだろう」
自分で言うのもなんだが、俺はそれなりに金持ちだ。無理に学園に行かずとも、学ぶ方法はいくらでもある。
「効率を考えればそうですが、先生は女の子になったのは初めてなので、周りに比較できる子がいた方がいいと思うのです」
おい、ディーン。笑うんじゃない。男から女の子に初めてなるヤツは少数なのは認めるが。
「比較か……まぁ、そうだな」
この姿で、どれだけの時間を過ごすことになるのだろうか? たぶん一生だろうな、と思っている。肉体よりも、もっと根本的な部分に原因があるだろうからな。
「確かに、比べる相手がいないと、自分の間違っている部分に気付けないものだよな」
「ええ、そうです。それに、学園でいくつか小さな問題が起こっていましてね。いえ、本当に小さな問題です。ただ……放っておくと、いずれ大きくなりそうで。それを学園の創立者である破壊者としても、見て頂きたいのです」
破壊者というのは、俺がこの姿になるまでの俗称。それと破壊者の右腕という、二つ名もある。この名前を持つヤツが、学園に入る意味が分からないとは思えないが、いちおう確認しておこう。
「破壊者が一言いえば、それは命令になるっていうのは、分かっているよな」
「はい。ですが、今は破壊者ではなく女の子に過ぎません。ですが、ただの女の子であれば、先生は学園を歩きまわることができますよ。それに今の姿であれば、破壊者と先生は結びつかないので、ただの何を言っても生徒の意見に過ぎません。先生の理念に今の学園が向かっているのか、それとも遠ざかっているのか確認できる機会として、今ほど適しているタイミングはないのではないでしょうか?」
この姿になってから動揺していたから気付かなかったが、そういうプラス面もあるか。
少し考えてみる。
・接近戦を学ぶ(遠距離以外が残念だからではない。断じて)
・暴発を防ぐ(あまり期待はできないが、やらないよりはマシか)
・周りに比較対象がいる(上の二つを効率的に行うのに役立つ。すなわち優先順位は低い)
・学園での問題の対処(サラスの目的は、間違いなくこれだろう)
・学園が予定通り機能しているか(俺にとって、これが一番重要な部分だな)
大きなメリットはないが、小さなメリットを複数得られるという感じか。
全体的に見ると悪くない話だな。
「確かに、そうだな」
俺が頷くと、サラスが満足げに言葉を継いだ。
「もしも通うのでしたら、先生の見た目だと中等部辺りが妥当ですが、それだと先生が鬱になりそうですから、飛び級ということで高等部にしてはいかがでしょうか?」
妥当なラインか。
それに学園が機能しているのか見るためにも悪くはない。
初等部から入った人間であれば、高等部の頃になれば、ある程度ではあるが教育方針の結果が出始める時期だろうから。
「今、学園は長期の休みに入っていたよな」
「はい。ですから先生が学園に通うのなら、この休みが終わってからなので二週間ほど先になりますね」
それなら、準備はできるよな。
「入学は、二週間よりも少し先になるかもしれないがいいか?」
「ええ。問題はありませんよ。休みが終わったばかりのタイミングは、キリがよいというだけなので」
なら環境面はなんとかなりそうだ。問題は俺が、その勉強についていけるかどうかだが。全部、独学でやってきたから、少し心配だな。
「コウル。商会への依頼だ。家庭教師を探してもらいたい。学園に通う前に、今の段階の授業についていけるようにしておきたい」
「了承しました。学科だけでよろしいでしょうか?」
「いや、学科以外にも、そうだな……俺くらいの歳のヤツに運動を教えられる家庭教師も頼みたい。学園の休みが終わった後も、何ヶ月か家庭教師のままでいられる人間が理想だ」
こうして、家庭教師の手配を皮切りに、学園に入るための準備が始まった。
「……うふふ」
話が進んでいく横で笑うクラリスに、不吉な物を感じずにはいられなかったが。
たぶん、どうしても俺に何か着せたいのだけは分かった。
そして、それを止めることはできないことを理解できてしまう自分が、悲しかった。
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