帰宅
ゆあさ
帰宅
「Tさん、うちの実家からね、みかんがいっぱい来たから、後で届けていいかしら?」
近所のおばちゃんに声をかけられ、私は思い切り笑顔で、頷いた。
「みかん大好きなんです。すっごく助かります! ありがとうございます!」
都心から、思い切って、ここに引っ越してきて半年。
のどかな田舎町である。
コンビニに行くのにも車を使うようなところだけれど、車で30分も走れば、大きめのショッピングモールがあって、安いスーパーもある。
前よりは少し時間がかかるけれど、JRの駅まで出れば、都心までは電車で一本。
会社にはかなり遠くなってしまったけれど、コロナ以降は出勤の日数も減り、リモートワークで仕事が済むことも増えた。
たまに乗る電車も、ラッシュから時間をずらして出勤できるので、本を読むのにちょうどいい、と思える時間になった。
ここで暮らすようになってから、精神的にも肉体的にもすこぶる調子がいい。
広々とした土地で、空気も気持ちいい。
半年前、私は、そんな町に建つ、一軒家を借り越してきた。
家は小さいけれど、ひとり暮らしには十分過ぎるし、リフォームしたばかりで綺麗だし、なにより、庭が広くて、趣があるところが気に入った。
家賃は前の、小さなぼろアパートより安いし、何と言っても、ここでは趣味の陶芸が思いっきりできるのだ。
(半年前は、けっこう精神的にキテたのかもなあ)
今なら、そう思える。
あの時は気がつかなかったけれど、仕事もなんだか上手くいかなくて、疲れ果てて家に帰ってもなにもする気になれず、ただダラダラしていた。
それに比べ、今はとても充実した日々を送っている。
近所の人も親切で、だからってお節介と言うほどでもない。
近くに住む大家さんも、とても感じのいい人で、庭に陶芸窯を置くことをすぐに快諾してくれた。
つい先日、自作の窯が完成し、初めて焼きをしたところである。
「いいのが焼けたら、是非見せてちょうだいね。楽しみにしてるわあ」
今はまだ、趣味でしかなく、なかなか思い通りに焼けないけれど。
本当に引っ越してきてよかった、と思う。
「こんなにたくさん、いいんですか?」
玄関先で、さっきのおばちゃんから、みかんの詰まったビニール袋を受け取って、私は喜んだ。
みかんは本当に大好きだ。
美味しいし、手軽に食べられるし。
けれど最近の果物は高いから、なかなか買い物かごに入れようと思えない。
月に1、2回、どうしても食べたくなって買うけれど、つい食べ過ぎて、すぐなくなってしまう。
だから、心から嬉しかった。
「いいのよ。本当にダンボール一杯送ってきたんだから、気にしないで」
「うわあ、美味しそう」
「今年の夏は……いやいや、もう去年か。夏、暑かったでしょう。日照時間が多くてね、果物の当たり年なんだって」
「へええ、楽しみ!」
「それに、お客さんも来てるんでしょ?」
「え、お客さん?」
「さっきそこで、立ち話してたでしょ。Tさん帰って来る前に、この家に男の人が入っていったから」
てっきりお客さんが来てるんだと思ってね、と言われ、背筋がぞぞぞっとした。
いやだって、そんな人。
心当たりがない。
「もしかして……」
私の様子にただならぬものを感じ取ったのだろう、おばちゃんが小さく声を上げた。
いや、もしかしたら声を潜めたのかもしれない。
私はおばちゃんに、無言で頷いた。
だって、もしどこかでそんな会話を聞かれていたとしたら。
そう思って。
私はみかんを玄関に置くと、急いでおばちゃんの手を取り、外へ出た。
「見間違えではないですか?」
「そんな昼間っから、見間違えるわけないと思うけど……」
「警察、呼ばないと」
「それより、大家さんに相談した方が良いわよ」
「大家さん?」
「まず、そうなさいな」
都会なら即座に警察だが、やはりこういうところは、田舎だ。
でも、おばちゃんがそう言うなら。
田舎には田舎のルールがあると、私はちゃんと知っている。
私は裸足で外に出てきてしまったことに気が付き、今一度、おばちゃんと玄関に入ることにしてもらい、靴を履き、鞄を持つと、また外に出た。
「どんな人って言われてもね。男の人よ。普通の……黄色と黒のパーカー着てたかねえ。年は、20か、30か……顔はよく見えなかったけど、いやあ、20代だわねえ、きっと。ええ、鍵を開けて入っていったと思うけど……もしかしたら、開いてたのかもしれないわ」
大家さんのところで、改めておばちゃんから詳しい話を聞く。
鍵は、確かに、閉め忘れがあったかもしれない、と反省した。
買い物に行くだけだし、まさかこんな、のんびりした田舎で。
そういう心の緩みがまったくなかったとは言えなかった。
色々聞いてみたけれど、男の人に関して、大家さんにも心当たりがないようだ。
「リフォームした時に、玄関の鍵も替えたはずだしねえ」
それから、大家さんと親しくしているという、工務店の人が来てくれて、家の中をすべて調査してもらうことにした。
その工務店は、リフォームにも携わっていて、私の借りている家のことを知り尽くしているとのこと。
新年で忙しいだろうに、すぐに取り掛かってくれた。
暫く大家さんの家で待たせてもらったが、1時間後には、どこにも誰も潜んでいなかったし、その形跡もなかった、と報告があった。
越してきたばかりで荷物も少なかったし、そもそも小さい家で、隠れられる場所が限られているから、と説明を受ける。
確かに二階など、小さな部屋が二部屋しかないわけだし、収納も一階に押入れがあるだけだ。
もちろん、天井裏や、床下まで確認してくれたらしいが、何もなかったらしい。
一応はホッとしたけれど、気分が悪いままなのは、事実だった。
「私も、ちゃんと見てたわけじゃないから……もしかしたら、入ろうとして、入らず帰ったのかもしれないわね。酔っ払いかなんかが、家を間違えたのかしら。騒がせちゃってごめんなさいね」
おばちゃんからそう謝られて、「いえ、何もなくてよかったです」と返しながらも、心は晴れなかった。
だって、なんだか気味が悪い。
私はひとり暮らしなのだ。
もし誰かが潜んでいたら……そう思うだけで、身体が震える。
結局、その日は友達の家に泊めてもらうことにして、次の日の昼間に、帰った。
家の戸を全部開き、換気をする。
寒かったけれど、なんとなく、こうすることで自分が安心できる気がして。
家は、特に問題なさそうで、ホッとした。
やはり勘違いか何かなのだろう。
(人騒がせな……)
ちょっと前から、会話の端々に大袈裟というか、適当というか……そんな部分が見え隠れしていたし、おばちゃんとの付き合いは、あまり深めない方がよさそうだ。
私はそんなことを思った。
だが……
暫く経って、また。
会社から帰ってくると、門に、例のおばちゃんからの手紙が挟まっていた。
手紙と言うか、メモだろうか。
紙には大きめの文字で、
『帰ってきたら、家に入る前にウチに寄って
必ずね。渡したいものがあります」
そう書かれていた。
こんなことは初めてだったし、私はすぐに、この間のことを思い出した。
それで、21時過ぎの遅い時間に恐縮しながら、おばちゃんの家のチャイムを鳴らすと、案の定。
「今日は家に帰らないほうがいいわよ」
いかにも心配そうな顔で、言われた。
「もしかして、また……?」
「うん、夕方、またあそこで立ち話してたのよ」
「見たんですか? 同じ人?」
「そう見えたね。今度はちゃんと家に入っていったのよ」
「私の家に?」
「そう、Tさんの家に。私、見たんだから」
おばちゃんは神妙な顔で、しっかり頷いた。
「そのさ、おばちゃんっつーのがやばいんじゃないの?」
遅かったこともあり、私は大家さんに、とりあえず事情を話すと、この間と同じ、友達の家へと転がり込んだ。
久々の出社で疲れていたし、とにかく早く休みたかった。
だがご飯を食べて、風呂を借り、2人で酒など飲んでいたら、それはそれで楽しくて、つい話が弾んで、遅くまで話してしまった。
主に、あの家のこと。
「そうなんだよね、今のところ目撃者、おばちゃんだけだし」
「あんた、何かやらかしたんじゃないの。おばちゃんに嫌がらせされるようなこと」
「えっ、仲良くやってたと思うけどなあ。色々くれるんだけどさ、中には、味のうっすい煮物とか、ちょっと迷惑なものもあるんだよね。それでも、ちゃんとお返しあげてたし。今回もね、みかんのお礼に、駅地下でチョコレート買ってきたのよ。チョコレートって、最近すっかり高級品だね」
私は床に置かれた、自分の鞄へ視線をやった。
この間、あげた高級なバームクーヘンには、
「ウチのオカズの残り物あげてるだけで、いちいちこんな気にしないでね、ほんとに。あげにくくなっちゃうわあ。こんなハイカラなもん貰っても、そんな舌が肥えてるわけでもないし」
そんなふうに笑っていたけれど。
それでも私はちゃんとお返しを忘れない。
実は田舎町では、そういう些細な気遣いが結構、大事だと思う。
ブツブツ交換ってやつ。
友達はタバコを吸いながら、煙たいように、手を振った。
「アタシには、ぜっったい無理。田舎暮らしなんてさ。下に降りたらコンビニ。これ、最高」
「あんたはねえ」
「そのおばちゃんって、もしかして頭がやばいんじゃないの? 若くても痴呆になる人っているみたいだし、アンタが何もやらかしてなくてもさ。向こうにだって悪気があるわけじゃなくても、そーゆー病気、増えてるんじゃないの。最近はさ」
「そんな感じにも見えないけどなあ」
「だいたい、そんな毎日立ち話って、なによ。アンタの家、監視してるわけ?」
「それはね、確かに立ち話、しょっちゅうしてるのよ。私の家の向かいの道でね。この時期でも陽が当たって暖かいからさ。とにかくおしゃべり好きな人が、結構いてね。犬の散歩って称して、溜まり場みたいになってて……」
「暇なんだね、皆。昔の不良みたいじゃん」
「田舎って、皆そんな感じだなあ。年金暮らしの人も多そう」
「ウチらの税金で生きてる感じか」
「間違いないね。そう考えたら、私、もうおばちゃんにお返ししなくても良くない?」
おばちゃんが買い物したものは、私が働いて納めてるお金で賄ってるわけで、つまり、物々交換なんて最初から成り立ってないんだ、と気がつくと、目から鱗だ。
向こうはもちろん、そんなふうには思わないだろうけど。
そんな話をしていれば、気も紛れたけれど、次の日も朝から、また家のゴタゴタがあるのかと思うと、ソファの上を借りて眠りにつく前、ひどく憂鬱になった。
(今回も、実は何事もないとかだったら、さすがに……大家さんにも迷惑かけて、工務店の人にも……ああ、ヤダなあ)
「特に問題なかったって」
大家さんが連絡をくれて、私は家に帰った。
正確に言うと、昨日遅くまで飲んでいたせいで、その電話で起こされ、家に帰る前に、大家さんのところに立ち寄った。
「工務店さんの方にもしっかり確認してもらったから、心配なら話、聞いて帰ったら」
工務店の名刺をくれる。
大家さんは、心配そうな顔はしてくれてるけれど、既に、ちょっと面倒くさそうにも見えた。
「あの、Kさんって……昔から住んでいる人なんですか?」
私は思わず、あのおばちゃんのことを尋ねていた。
「そうねえ。もう何十年かの付き合いになるかしら」
「そうなんですか……」
「まあ、ちょっとおっちょこちょいなところはあるけれど」
「いい人ではあるんですけどね」
「いい人よ、とても」
「そうですね」
本当はもっと、あの人のことを聞き出したかったけれど、下手なことを言うと、こっちが悪い印象になりそうなので、止めておいた。
私はここでは、新参者なのだ。
家について、もう一度、尋ねてみたし、工務店でも色々訊いてみたけれど、特に何も、新しい情報はなさそうだった。
その日から仕事だというので、次に友人のところに泊まりに行ったのは、週末だった。
「やっぱりそれってさ、お化けってことなんじゃないの」
友人は酒を飲みながら、軽い調子で笑いながら言った。
「他人事だと思って」
「まあね」
「やっぱ曰くのある家だったのかな。それで家賃が安いのかも」
「相場より安いんだ?」
「どうなんだろ。そもそも周りはみんな持ち家で、賃貸の一軒家ってないんだよね。あっても、広くてそのままじゃ住めなさそうなボロ空き家の売買とか、賃貸はアパートとか。そこも、驚きの安さだけど」
「時期も、気になるよね」
「時期?」
「だってさ、引っ越してきてすぐなら、家に何かが取り憑いてるのかもって思えるけど、もう半年も経ってるわけじゃん? なんか最近、変わったこととかないの? トラブルとか」
「ん~……あれから色々考えてみたんだけど、ないんだよね……。やっぱりおばちゃんがおかしいとしか思えないよね」
「普通で考えれば、そうなるね。寒い時期って、年寄りが倒れることも多いみたいだし、ま、あんま気にしないでおけば」
「そうは言うけどさ……」
やはり、嘘だろうと思っていても、言われると気になるものだ。
「Tさん、ちょっとちょっと」
ほら、また、こうして。
買い物帰り、私は例のおばちゃんに、また呼び止められて、ついうんざりした顔を隠しもせずに足を止めた。
「もしかして、またですか?」
「そうよ。今度はちゃんと見たの。家に入っていったわ。鍵、ちゃんと閉めていった?」
「はあ。もちろん……」
「すぐにチャイム押したけど、反応なくて」
あんなことがあったのだ。
出る前に戸締まりは何度も確認した。
今回は、気味が悪いと思うよりも、もういい加減にしてって気持ちが強かった。
だが……
「今回は、私だけじゃないのよ。目撃者」
「え?」
「向かいのFさんも一緒に見たのよ。Mさんもいたけど」
まさか、そんな。
私はもちろん、もう一度、大家さんに相談に行くことにした。
だが今回も、家の中に異変はなかった。
誰かが上がり込んだ形跡もない、とのこと。
でも、目撃者が二人も三人もいるんじゃ、信じないわけにいかない。
(もしくは皆で私をここから追い出そうとしているのかも……)
私はとうとう警察に相談にすることにした。
この辺りにはないけれど、ちょっと行った大通りには、監視カメラがあるはず。
それを確認してもらおうと思ったけれど、『そんな不確かな情報では動けない』と言われてしまった。
家の中に入った形跡がない以上、こちらではどうしようもないですね。
だって。
(もし、おばちゃんの話が本当だったら……)
そう思うと、押し入れの中や物の隙間から、誰かに見られているような気がして、しょうがない。
自分で天井裏に上がってみたりもした。
二階から小さな物音がする気がして、しょっちゅう箒を手に二階へ上がっていっては、誰かいないか警戒してしまう。
(もし、おばちゃんの話が嘘なら……)
私はこの地域にとって、邪魔だと思われているのだろう。
おばちゃんも、近所の人も、大家も、もしかしたら工務店の人も、グルかもしれない。
家にも外にも敵だらけな気がして、怖くて。
私は少しもしないでノイローゼになってしまった。
こうなったらもう、陶芸どころの話じゃない。
本気で引っ越しを考えていた、ある日。
警察から電話があった。
でもなぜか、会社の近くの警察署。
話をしたいと言うので、私はすぐに向かうことにした。
担当だという、ちょっとチャラめの刑事さんが応対してくれる。
もちろん緊張した。
警察署に入るのなんか、免許の更新の時くらいしかないかったし。
もちろん、あの家のことで、なにか話があるのだろう、と私は思っていた。
が。
「Tさんね、実は探していたんですよ」
「私を、ですか?」
「年末にね、若い男の人が路上で亡くなった事件がありまして……」
「え?」
「その人、Oって、ほら、ご存じないですか。昔はアイドルだった。今はタレントさんの。あの人の、息子さんで。ご自身も有名なデザイナーだったとか。テレビで報道されてたでしょ」
「ああ、それならニュース、見ましたけど……」
「彼が亡くなった時刻、近くの防犯カメラにあなたが写っていたものだから。もちろん、殺しに関与しているとは思ってません。そっちの犯人は、もう捕まっていますんで」
「そう、報道されてましたね……」
「でも、犯人の男が、なかなか自供しないもんで、こっちは色々な情報をね、集めているわけです。証拠を固めないとね、起訴できませんので」
「それで、私が……」
「なにか気が付かれたことはありませんか。12月26日のこと。金曜日ですよ」
「26日……仕事納めで、出社しました。最近はリモートワークが多いので、久しぶりの出社で。あ、忘年会がありました……近所の居酒屋で」
「時間的には、その帰りですかね。なにか変わったことはありませんでしたか?」
「はあ、なにか……。ああ、そういえば、駅まで近道したら、男の人が道の端に倒れてました。大したことじゃないと思って、今まで忘れてました」
「ああ、その方がね、今回亡くなった、Oさんなんですよ。頭を殴打され、座り込んだまま、暫く生きていたはずです。あなたが見かけた時も、まだ生きていたかもしれません。そのまま、凍死したんです」
「え! で、でも、私、酔っぱらいが飲みすぎて寝ているだけだと思って……だって、怖いじゃないですか。相手は男の人だし。それに、人通りがまるでないところでもないわけですし……」
「他には、なにか見ませんでしたか?」
「なにも……」
「例えば、彼の財布とか。行方不明なんです」
「そんなの、知りません。近づくの、怖くて……だからその時、その人がもう亡くなってたかどうかも、わかりません。とにかく私、全く関係ないんです! そりゃあ、通報すればよかったのかもしれないけれど、私もお酒を飲んでいたので、そこまで考えられませんでした……」
「その、息子じゃないかって? 今回、アンタの家に何度も来てたのは」
友達の言葉に、頷く。
警察に呼ばれてから、ひと月。
本当に忙しい一ヶ月だった。
まず警察は、最初から私が、彼の財布を盗ったと決めつけて話をしてくるものだから、本当に面倒だった。
防犯カメラに私しか写ってなかった、とかなんとか言っていたけれど、そんなの、殺した犯人が盗んだに決まってる。
何度もそう言ったけれど、なかなか分かってもらえなかった。
裏道だったとはいえ、年末の、都心である。
他に容疑者はいくらだっていそうなものなのに、その時に限って、私しか写ってなかったんだとか。
とにかく知らぬ存ぜぬで、やり過ごすしかなかったが、その後も、家にまで話を聞きに来て、ほんとに辟易した。
暫くすると、どこから嗅ぎつけたのか、雑誌の取材の人が来た。
「Oさんの最後の様子を教えて下さい」
そんなの、知るわけない。
沢山の報道陣が詰めかけたわけではないけれど、小さな町だ。
なんとなく居辛くなって、私は引っ越しを決めた。
陶芸なんか、もうどうでもいいし、あの町に未練があるわけもない。
で、再び都会へやっと引っ越し、今日は久々に友達の家に飲みに来た。
まだウチは片付いていないから、ここで引っ越し祝いだ、とかなんとか言って。
まあ、引っ越したおかげで家が近くなって、これはこれで良かったかもしれない。
これで暇さえあれば、一緒にパチンコ行って、酒飲めるねって、笑った。
やっぱり、こういう方が安心する。
少なくても私には、合ってる気がする。
今は、亡くなったOが、おばちゃんの目撃してた男の人だったんじゃないかって話になったところ。
「たぶんね。犯人を逮捕してくれって、訴えに来てたんだと思う」
「犯人は随分前に捕まってたんでしょ?」
「でも、証拠が固まらないと起訴は難しい、みたいなこと言ってたから、それでじゃない?」
「ほーん」
「なんにせよ、マジで災難だったな。運が悪すぎた、私! たまたまそんなとこに居合わせるなんてさ。死ぬならもっと、違うとこにしてくれればいいのに、通り道でとか、マジ迷惑」
「でもまあ、Oくんは死んじゃったんだしさ。それは、本人のせいじゃないじゃない? 可哀想じゃないの」
「いやいや、私のほうが可哀想でしょ。関係ないのに巻き込まれて」
「でもさ、実際、どうなの? その、なくなった財布って。そんなに重要なものだったのかな?」
「えへへ、実は私、その財布、持ってきちゃったんだ」
「え?」
「いや、地面にさ、落ちてたの。で、手に取ったら、すごく重くてさ。魔が差したっていうの? しかたなくない? あの状況なら、誰でも同じことしたと思うよ! 中身、結構いっぱい入っててね。ラッキーってその時は思ったけど、こんなにゴタゴタするなら、止めておけばよかったよお!」
「マジかよ……」
「ま、もう中身使っちゃったし、他のものも燃やしちゃったけどね。ほら、陶芸窯で」
「もしかして、それに怒って出てきたんじゃないの、Oくん」
「まっさかあ。怒るなら断然、自分を殺した犯人に、でしょ」
「それはそうかもしれないけど……」
「ま、もういいじゃない。んなこと、忘れよー!」
私たちは何度目かの乾杯をし、その日は朝まで飲んで、他愛もない話をした。
次の日、私は二日酔いの頭を抑えながら、新居に帰った。
今回は、セキュリティのしっかりした、女性専用マンション。
前よりは、かなり家賃が高くなってしまったけれど、最近嫌なことが続いていたので、やはり何より安心できるところを、と思って選んだ。
家に帰ると、エントランスで、管理人に呼び止められた。
オーナーの親戚だという管理人の女性は、まだとても若い。
20代前半かな。
趣味は掃除、らしい。
おしゃべりが好きなのか、引っ越しの時に、ずいぶん話をしたのである。
「Tさん、困ります」
え、と思った。
「なにかありました?」
「男の人が、あなたの部屋に……ここは女性専用マンションで、ご家族でも、ちゃんと申請していただかないと、男の人は入れないって、説明受けてますよね?」
「そんな……いったい誰が……」
「心当たり、ないんですか?」
「あるわけないです! 家族にだって、まだ住所を教えてないですし……」
管理人は頷き、
「やっぱりですかあ」
「やっぱり?」
「ドア開けないで入っていかれたので、幽霊なのかなって思ってました」
「そんな、まさか……!」
「まあなんにせよ、ここは女性専用マンションなので、オーナーに報告させていただきますね」
「え? 困ります、そんな……」
「Tさん。霊はホンモノを呼ぶんですよ」
「ほんもの……?」
「本当の人間。弱ってたり、沈んでる人間をね、連れてくるようになるんです。そのうち」
「それ、私のせいだって言うんですか?」
「ここのマンションは、安心が売りですし、男の人は、例え霊でもお断りなので……オーナーも多分、そう言うはずです。引っ越し先、探したほうがいいですよ」
ついこの間、越してきたばかりなのに。
私は愕然とした。
「やっぱり財布が……?」
つい口を滑らせる。
昨日、友人にうっかり話してドン引きされたっぽかったから、もう絶対、この話は口に出すまい。忘れよう、と思っていたのに……
でも、だって、それくらいしか、私と彼とは接点がない。
管理人は、なんとなく分かった顔で、首を傾げた。
「心当たりがあるんですね」
「いえ、それが私、亡くなった人の持ち物を、うっかり持って帰っちゃったみたいで」
「その方が、持って亡くなった物を、ですか?」
「まあ、そうなるのかもしれません……。でも、もう燃やしちゃったんです。あ、ねえ、燃やすって、供養の意味とかもあるんじゃないんですか? 燃やすでしょ、ほら、神社でも、やっぱ色々。霊は煙になって供養される、みたいな。だったら問題ないですよね?」
「詳しくはわかりませんが、迎え火っていうのもありますからねえ」
「迎え火……」
「昔、そんな風習のある地方があったって、聞いたことありますよ。初盆に、その人に深くゆかりのあるものを焼いて、迎え入れる。ダイオキシンの問題で、今はやってなさそうですけど」
「でもアレって、家に帰ってくるんですよね? 取り憑くなら、家でしょう?」
「そうやって呼んだ霊は、家や場所に帰ってくるわけじゃなく、人に憑くから、迎え入れる時に人形の贄を用意するって。送る時は、その贄を一緒に焼くことにより、送る」
「この場合の、贄って……」
「あら、もうこんな時間。これから、お掃除のお手伝いを約束してまして。では、Tさん。引っ越しの件、よろしくおねがいしますね。後でオーナーから連絡、行くと思いますけど」
なんだか詳しそうな口ぶりだったので、まだ話をしたかったのに。
私の電話が鳴って、会話は終わった。
電話の相手は、警察だったようだ。
帰宅 ゆあさ @Tmo_03
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