ロボットキャバ嬢
床の間ん
前編 夜の街
知ってるか?
同じ景色を見てる人間なんざ、いねぇ。
一人の男が、歩いている。
LEDの看板が輝く、かつてのネオン街。派手だってのに柔らかな、いつかのネオンの灯り。それが今のLEDの明かりは…眩しすぎて目に刺さりやがる。
男は、上着のポケットに手を突っ込んで、ただ歩く。
この辺に来るのは、そうだな…久しぶりだ。あの頃から10年か。
何もかも、変わっちまった。
男は空を見上げる。灰色の雑踏が視界から消え、高いビルの、ギラギラした看板たちの間から、鉛色の空が覗く。
「クソが。」男がつぶやく。
その時、無駄に山ほどあるギラギラ看板の中に埋もれた、その一つが、男の目に、ふと
キャバクラ
[シンギュラリティ 2号店]
それは、他のより控えめな緑色に光るLED看板だった。
見覚えがある。
相変わらず地味な緑色だな。普通は赤やピンクだろ、紫でもいい。ははは。だってよ、10年前と同じことを思っちまった。
ははは。乾いた笑いに自嘲が混じる。
緑色の看板の、キャバクラ。そこには嬢がいねぇ。いや、血の通った生身の嬢はいねぇ。だからよ、看板は緑色だ。なんつーか、機械の色、だろ?
そこは、AI技術から発展した人型ロボット、ヒューマノイドが接客する、キャバクラだった。
すげぇな。10年だぜ、まだ店やってたのかよ。
気が付けば男は、このビルの5階[シンギュラリティ 2号店]に、吸い寄せられていた。
ビルに入り、昇りのエレベーターのボタンを押す
▲ (ピカー ボタンが光る
▼
男は振り返る。思い出しても仕方ないのに。
俺はあの頃、ヒューマノイド関係の仕事をしていた。ヒューマノイド、それは画期的な機械だった。なんたって、人間ができることは、だいたいできた。
が、割が合わなかった。コストが。
だってよ、例えばヒューマノイドに指示して倉庫で荷物を運ばせたらよ、故障したら普通は直す金が出ないんだよ。
だから、ヒューマノイドは負荷のかかる仕事はできない。できるけど、割に合わない。
人間じゃ難しい環境もダメ。暑い寒い、有害ガス、放射線、全部ダメだ。
ソレ以前に、あいつら雨降ったら壊れんだよ。
ヒューマノイドは防水なのに泳げないとかよ、沈んで壊れるに決まってんだろ。水に潜すなよ。生活防水は家にプールがあるお前の生活に合わせてねーんだよクソ成金野郎。
そんなんだから登場以来、世間を大騒ぎさせてたヒューマノイド関連業界にはよ、思ったほどの需要は、無かった。
俺もバカだよな。とっとと辞めればよかったってのに。俺はどうしても、ヒューマノイドの仕事がしたくて、しがみついちまった。
俺程度のスキルじゃよ、食えねぇってのに。
お陰で今じゃこのザマだ。
けどな、うまいこと考えた奴がいた。ヒューマノイドはただ座って話を聞く、話をする、だけで稼げる。な、これなら長持ちするだろ。天才かよ。
そいつがコレさ、ヒューマノイドの嬢が接客する水商売、機械のキャバクラだ。
な、ものすげぇイロモノだろ?最初、冗談だと思ったぜ。それがよ、ものは試しさ、そんな店があるんならってんで行ってみた。
そっから気付けば、ドはまりさ。
キャバクラ[シンギュラリティ]、あの頃の俺は足繁く通っちまってたんだよ。最初はよ、俺なんかが見たことも、もちろん整備したことも無いような最高性能のヒューマノイドをキャバクラ嬢にするなんてイカレてるって思ったのによ。
男の脳裏には、あの頃のことが…溢れる。
それから男の考え事、頭でグルグル回る。
結局よ、一番売れたヒューマノイドは、一番安いタイプなんだよ。機能も限られててよ、イスに固定するタイプだ。歩けないし自立もしない。バッテリーも無いから電源はコンセントさ。
けどな、話しかけられれば、そっちを見て、じっと見つめて、時折目を逸らして話を聞いてな、時折 コクリ と頷く。両手だけは一応動く。求めに応じて、手を握る くらいだ。
そんなヒューマノイド、どこで使うと思う?
老人ホームや病院さ。共用スペースの隅のイスに、やさしい瞳の少女人形がいつも佇む。利用者の話に耳を傾け、コクリ と時折頷くんだよ。
スタンドアローンで稼働して内蔵メモリは古い順から消去だが、年寄りは同じ話を際限なくするからな。実用上困らないだろ。
まるで孫さ。整備のために引き揚げる時、老人ホームの年寄りたち、人形相手に、 また来てな。 とかよ、そりゃまるで、孫やひ孫さ。
本当だったら、そんなヒューマノイドもどきは中身のある上半身だけ現場で外して引き揚げたいってのに、まさか孫の下半分だけ置いていけないからな。重くて苦労したぜ。
そんなヒューマノイドもどきにもよ、癒される人の心が、あるんだよ
男は、なかなか来ないエレベーターを待つ。
つづく
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