酸実

佐藤径

酸実

「AIのせいで妖怪川柳コンテストが終了って記事、読みました?」


「読んだ。あれは、物書きにとっての敗北宣言に近いな」


 大山は同意を示すと、二本目の煙草に火をつけた。紙巻きの先が橙に膨らみ、煙が蛍光灯を曇らせる。


 高津が見つめるスマートフォンの画面には、『生成AIで川柳が簡単に作れるようになってしまい、人間の創作物と見分けることが難しくなった』と、コンテストが終了する理由が記されていた。二〇〇六年に始まった地方の催しは、妖怪を詠む川柳で観光地を盛り上げるための、ささやかな仕掛けとして続いてきたが、二十年目でその幕を下ろした。


「十七音で構成する川柳は、AIにとって負荷が軽く、いくらでも量産できる題材だ。しかし、選考する側からすれば、人間がひねった句と見分けがつかず始末に負えん。さしあたりは対岸の火事で済んでいるが、私たちの読む二十万字クラスの応募作にまで火が燃え移ったら、呑気に煙草なんて吸ってられんぞ」


 喫煙所の灰皿にはねじれた吸い殻が重なり、横の小さな箱には電子タバコのカートリッジが沈んでいた。


「とはいえ、AI利用に関しては否定的なニュースばかりでもないですよね。昨年の芥川賞では、受賞作家が『原稿全体の五パーセントほどは、ChatGPTの文章をそのまま使った』と語り、話題になりました」


 AIを理由に幕を下ろした妖怪川柳コンテストと、AIを織り込んでも正当に評価された芥川賞とが、同じ時間軸で並んでいる。それが、いま二人が立つ場所の座標を、かえって曖昧にしていた。


 高津の言葉を待ってから、大山は喫煙所の灰皿に火のついた煙草を押し付け、原稿の束を脇に抱える。


 二人は無言のままドアを押し開け、廊下を並んで歩いた。下の階へ降りる手前、大山が口を開いた。


「〝AI禁止〟と書いたところで、実際に人の目では見抜けない。絵や映像と違って、テキストは違和感に気づきにくい。小説は、真面目に書いた人ほど損をしやすい構造になっていく。締切が迫る中、眠い目をこすって書いた原稿と、プロンプトを少しいじっただけのテキストデータが、同じ土俵に並ぶ」


 革靴の音が一段ごとに響く。

「それでもなお、コンテストという新人発掘の仕組みには期待したいんだがな」


 前を歩いていた高津が、踊り場で振り返った。

「ただし、チェックにかけられる人手も時間も、限られています。新人賞も、今年の梗概こうがいによる一次選考はなんとか終えましたが、使えるリソースはぎりぎりでした。


 しかも昨今では、AI作品を混ぜるなという声と、AI差別だという声との板挟みです。どちらの側にも言い分はあるし、どちらに寄っても批判される可能性がある。何をしても叩かれかねない状況に、正直、編集部も疲れてきています」


 一段降りてから、大山が言葉を挟んだ。

「それで、あの条文追加に繋がった、と」


 ふたたび歩みを進めながら、高津は説明を続けた。

「社内でも議論は三つに割れました。AIの利用そのものを全面的に禁じる案と、利用自体は認めた上で開示を求める案。そして正式に採用された〝AIの利用責任は応募者にある〟という一文を募集要項に追記する案でした」


 選考委員として条文追加に同意したことを思い出しながら、大山は建前として掲げたAI禁止と利用実態が噛み合っていないことを認めていた。言葉自体の定義も曖昧な時代から、自分自身も近未来を題材とした作品の制作にAIを利用してきたという自覚がある。


 脇に抱えた原稿の束が、急に重みを増したように感じられた。


「利用自体が悪ではないからな。もっとも、工数もバカにならんだろう」


 階段を降り切った先、編集フロアが見えてきた。


「はい、今年は昨年よりも下読みに協力してもらう識者を増員する方針です」

 ため息まじりにドアノブを回し、編集フロアのドアを押し開ける。張り詰めた空気が、隙間から漏れてくる。


 ドア脇の壁には、すでに締切を過ぎた〈星川書房:SF新人賞〉の募集ポスターが残っていた。ポスターには、早春に募集を開始し、春に締め切り、夏から秋にかけて梗概こうがいの一次選考。十一月からの二次選考で全文を読む流れが、赤いマジックで書き足されており、現在がまさに二次の入り口であることが示されていた。


 下読みを増やすという対処は必要だろうと大山も思っている。とはいえ、自分たちがこれから読む二次に潜むであろうAI作品の割合を考えると、人員を増やす程度の対処で埋まる差とは思えなかった。編集フロアの中を歩きながら、脇に抱えた原稿の束と机上に積まれた原稿の山とを順に見る。


「高津くん、AIを利用した小説をChatGPTでスクリーニングできるとしたら、君は信じるかい?」

 大山は隣の机から拝借した椅子に腰掛けた。


 高津は自席の椅子を引き、机の上のノートパソコンを開いた。ブラウザが立ち上がり、見慣れたインターフェースが表示されるまで、数秒もかからない。


「……この状況を逆手に取る、という話ですね。職業柄、人工知能という題材に触れる機会も多いので、大規模言語モデルの構造や限界の話は一通りさらいましたし、リサーチの肩代わりくらいには使っています。ですが、出力の正確さについては、いまだに推論の域を出ていない印象です」


「手厳しい評価だな。では、実際にどうスクリーニングしうるのか、彼の口から説明させてみよう。GPT、論文レベルにおけるAIのテキストへの関与について検索してくれ」


 大山の声が切れると、入力欄の端で待機していた表示が四角に切り替わり、応答が整然と並んだ。


『英語圏の研究や学術出版の文脈では、すでにAIのテキスト関与を整理する指針が提案されています。原稿のどの部分をAIが担ったかを、段階的に示す枠組みです。便宜上、四つのレベルに分けて説明します』


『レベル四──純AI生成。テーマを入力後、AIが生成した出力を一字一句変えずに用いた文章』


『レベル三──軽微編集付きAI生成。出力したテキストを人の手で誤字・固有名詞・語尾程度の修正を行った文章』


『レベル二──AI下書き+人間リライト。出力したテキストを人の手で構成単位での組み替え・大幅改稿あり』


『レベルいち──人間執筆+AI補助。本文は人間、AIはブレスト・校正・リサーチに限定される』


 高津は行を追い、編集者の立場から翻訳する。

「上の二段は、利用の強さが原稿に滲みやすいです。逆に下の二段は、どこで線を引くか揺れる領域で、作者の宣言や申告だけでは決め切れませんね」


「文の偏りくらいなら、作家の勘で分かる。語彙が平坦だとか、クリシェが多いとか、反復が妙に整っているとか。しかし、これだけでは見抜く基準に達しない。GPT、評価軸を増やしてくれ」


 ふたたびインターフェースに文字が流れ始めた。

『文の偏りに加えて、四つの観点から評価する方法があります。情報理論的指標、文体分析、談話分析、編集の痕跡分析です』


「情報理論的指標は、要するに困惑度と揺らぎだ。モデルから見て、どれくらい先が読みやすい文章かを見る」


「困惑度が低いほど、次に来る語や文を当てやすく、平均的な文になりやすい。人間の文章は、その平均から外れる部分──突拍子もない言葉や言い回しがところどころに混じります」


「文の長さやテンポのムラも、揺らぎの一つだな。一文ごとのリズムが揃いすぎていると、よくできた平均解っぽいAI臭さが出る」


「次が文体分析ですね。てにをはや接続詞の頻度分布を見る、いわゆる計量文体論に基づく指標です」


「機能語や品詞の並び方の癖を拾う指標だ。人間だと場面ごとにブレたり、急に妙な比喩に寄ったりして、いい意味でも悪い意味でも崩れやすい。一方でAIは、平均的と判定された型に寄りたがる。同じつなぎ方や言い回しを何度も使って、似たリズムの文を量産する」


「談話分析は、起承転結ごとのノリの変化を見るイメージでしょうか」


「いや、談話は特段難しい部分だ。今どきの作品は起承転結どおりに進むとは限らないし、ノリも線としては追えない。場面ごとの塊をどこで区切るか、その見立て自体が揺れる。そうだろ、GPT」


『はい。談話分析では時間順の一本の線ではなく、段落や場面ごとのブロック列として扱います。各ブロック列の文の長さや構文の揺れを比べ、均質にそろい過ぎていないかを確認します』


「人間が書くと、筆致が粗くなるか、だれて弛むかをブロックごとに切り分けて見る、と」


「最後が痕跡分析。ある箇所だけ文体が滑らかになるとか、ある段落だけ不自然に整い過ぎるとか、そういう継ぎ目を見る。後から語を足して文をつないだ跡とか、妙に無難な語に一括で置き換えた癖なんかも含めてな」


「これで四つ。評価軸の仕組みは理解できました。あとは、二次の前段でどこまで実務に落とし込めるかですね」


 大山は、おもむろに高津のノートパソコンにUSBを差し込むと、表示されたアイコンから原稿データを開いた。数年前に星川書房が主催した創作講座で、サンプルとして高津が作成した文章が一つ。もう一つは同じお題でAIが生成した文章だ。


「……どうして、そんなものまだ持っているんですか」


「出来が良かった。削除する理由がない」


 高津は一瞬ためらったが、『人間とAIの文章比較』をプロジェクト機能で立ち上げて二つのファイルを追加した。


「では、GPT。先ほど格納したファイルの評価を頼む」


 文字が流れ出す。サンプルとして高津が作成した文章の評価が始まる。


『本作はいわゆる百合SFのジャンルに該当します。放課後の小さな約束が、静かな銀河の新星誕生に繋がるという強固な立ち上がりで、学園と宇宙が同じ箱庭として──』


 高津が慌てて停止を押す。耳が赤い。


「優れたプロットだと思うんだけどな。来年、これで一本書こうか」


「勘弁してくださいよ。GPT、二つのファイルを前述の評価軸をもとに比較と評価を実行してくれ」


 GPTは四つの評価軸ごとに、どちらに傾きが見えるかを簡潔に述べた。情報理論の指標では揺れの出方、文体では接続詞や機能語の偏り、談話では場面ごとのギアの切り替え、痕跡では継ぎ目の出方が、各軸で対照として示される。


「作家の勘で引っかかっていた箇所と、説明が噛み合う。談話のギアの話は特に」


「……評価だけでも、ここまで差が出るんですね。ただ、現場に落とすなら、各軸がどこまで使えるのかを見極める必要があります」


 大山はノートパソコンを自分の側へ回し、別のタブを開く。論文の題名と図が表示される。


〈EditLens: Quantifying the Extent of AI Editing in Text〉


「GPTによる評価だけでは心許ない。そこで、テキストからAIの関与率を数値化する仕組みを用いる」


『エディットレンズの骨格は、学習フェーズと推論フェーズに分けて整理できます。学習フェーズでは、人間が書いた文とAIが書き直した文の組を大量に読み込み──』


「すでに、こんな研究まで論文として出ているんですね」


「まだ査読の段階らしいが、なかなか理にかなっている。本来は、人間が書いた文章と、それをAIが編集した文章とを並べて、AIによる編集量を図るための論文だが、今回の比較に用いる推論フェーズでは、学習済みモデルにテキストデータを入力することで、AI関与率に対応するスコアを返すように調整してある」


 大山は、エディットレンズをもとに組んだプロンプトを入力し、先ほどと同じ二つのファイルを参照に指定した。


 数秒ののち、インターフェースに結果が表示される。


「AI関与率が数値化された。高津くんのテキストではスコアが二パーセントで、AI生成テキストが八十パーセントという結果になった」


「ここまで差が開くんですか。さすがに見くびっていました」


「厄介なのはあいだだ。十五パーセントが出たときに、許せると思う人もいるし、二桁の時点で投げたと感じる人もいる。スコア自体より、どこをどう任せたかのほうが、創作では重い」


 一拍置いて、高津は現場側の結論を出した。

「ただ、AI利用の強さが露骨な原稿を先にチェックするには、有力です。疑わしいものを拾うだけではなく、読むべき原稿を優先するためにも使える。判決を任せるのではなく、基準を並べてもらい、人が判断する形なら──」


 画面には、利用レベルの整理、四つの評価軸のメモ、エディットレンズを応用した入力テンプレートが並んでいる。ひとまず形になった枠組みに安堵がよぎるが、答えを掴んだはずの手のひらには違和感が残る。


「編集部の立場から見ても、検討する価値はあります。もちろん、スコアをもとに〝AI小説〟だと決めつけ、間引くつもりはないですが」


 大山の眉間に皺が寄る。


 一呼吸置いて、椅子から立ち上がった。


「脳が糖分を欲している。下の喫茶店に行こうか」


 高津はノートパソコンの画面を伏せて、席を立った。二人で編集フロアを出て廊下を進み、昇降機の前で足を止める。


「さっきのフローですが、AI関与率が高いとスコアを示したものは、文が整いすぎて、同じような言い回しが続きやすいです。語の選び方も接続詞も安全側に寄って、場面が動いても起伏が出にくい。丁寧に磨いた結果とも取れる反面、書き手の基礎がまだ固まりきっていないとも取れますよね」


 到着を知らせる音がして扉が開いた。

「逆に、引っかかりはあるものの、スコアで拾えない作品は結局読んで決めるしかないですね」


「当たり前だ。そこも丸ごとAIに投げたら、私たち作家の立つ瀬がなくなる」


 二人が乗り込む。沈黙が続く。表示の数字が一つずつ減り、一階へ着いた。扉が左右に割れると、受付のカウンターはすでに灯りを落とし、奥の喫茶店だけがまだ明るい。


 いつもの足取りで店内へ入り、窓際のボックス席に腰を下ろす。


 マスターが注文を取りに来る。

「ご注文は何になさいましょう」


「アップルパイとホットコーヒーで。先生は?」


「じゃあ、私も同じので」


 オーダーを伝え終えると、二人ともスマートフォンで連絡を返した。


 ほどなく、パイとコーヒーが届く。マスターが配膳を終えると、どこからともなく猫が現れ、カウンターの奥へと消えていった。


 大山はパイの層から林檎だけを器用に取り分けている。


「大山先生。林檎、ダメでしたか?」


「好きなものは最後に食べるんだ。ショートケーキの苺と一緒さ。ところで高津くんは、酸実ズミという植物を知っているかい?」


「ズミって高原や湿原で白い花を咲かす、あの酸実ズミですか」


「さすが、博識だな」


「昨年の梅雨時期に、戦場ヶ原の木道もくどうで見かけたんですよ」


「まさしく。六月頃に白い花が見頃を迎えるバラ科の落葉樹だが、秋には赤い実をつける。豆粒ほどの大きさの実が、枝にびっしり密集してる。


 実と言っても、生では食べられない。酸っぱくて渋くて、とても口に入れられたもんじゃない。砂糖を足して火を入れ、人の手が加わって、ようやく人に出せる味になる。私はAIが出力する生のテキストは、この酸実ズミのようなものだと考えている」


「林檎と似て非なる小さな実が、枝にびっしり実り、遠目には一つの塊のように見える。AIが吐き出す断片も、それに近いということですね」


「ああ。一粒一粒の酸実ズミは、酸っぱくて渋いだけの断片だ。だが、そういう断片がひたすら継ぎ足されていくと、読む側には、あたかも一続きの文がそこにあるように錯覚させる。AIの出力は、そのような代物だと私は見ている。GPTも異論はないね?」


 テーブルに置かれた高津のスマートフォンから、音声で返答が流れる。


『理解は、おおむね合っています。私の出力は、大量のテキストから抽出した統計的な規則にもとづき、その場の文脈に対してもっともらしい語や文を順に選び足しているにすぎません。文章の意味や意図を自分で理解しているわけではなく、どの断片を継ぎ足すかも、学習した分布と与えられた指示が決めています』


「つまり、常に目の前の最適解を継ぎ足しているだけで、物語全体の骨格を先に決めているわけじゃない。そうだね、GPT?」


『物語全体の骨格やテーマは、与えられた指示や事前のプロットに依存します。私は、この先にこういう展開を置くべきだという意志を持っているわけではありません』


 大山はフォークを止め、ささやき声で続けた。

「この喫茶店を題材に小説を書くとしたら、どんな書き出しで始める?」




「そうですね。たとえば、裏口の扉がロンドンと繋がっていて夜な夜な変わった来客がある。いや、実はマスターには秘密情報部としての裏の顔があって。待てよ。一方通行である必要はないですよね。世界中の探偵が集まる諜報機関として──」


 大山は小さな拍手で賞賛を送る。

「やはり高津くん、編集に置いておくには勿体ないよ」


「いえ、僕ができるのは先生方の知恵をお借りする程度ですよ」

 照れを隠すように、高津はカップを口元に当てた。


「いまみたいに人が文章を書くときは、最初から道が一本に定まっているわけじゃない。書き出しや運びをいくつも試し、どれを残すかを迷う。途中でバランスが崩れそうでも、わざと危ういほうへ足を踏み出すことがある。読者が待っている形を外して、驚きを優先することもある。


 書いているあいだは、一本の道だけに閉じず、頭の中にいくつもの分岐を抱えたまま進む。最終的な道は一本でも、うしろで捨てた案や書き直しが、折り畳まれて跡になる。振り返ったときに確認できる足跡まで含めて、自分にとっての作品みちだ」


 コーヒーの湯気越しに、高津は編集者としての声を返した。

梗概こうがいだけを読んだときには見えなかった迷いが、本文の途中でふと顔を出すことがあります。ここで言葉を選び直したのだろう、とか、ここは別の言い方も試したのだろう、とか。そういうざらつきが残っていると、書き手の顔が浮かぶんです」


「GPT、君は先ほどのプロセスを理解して辿り直すことができるかい?」


『私は候補を抱え続けることができません。自分の判断で生成した文を退け、別案を残して試すこともしません。呼び出されるたびに、与えられた指示と文脈から計算し直し、もっともらしい継ぎ足しを返すだけです。分岐の履歴は保持されず、外に出るのは常に毎回計算し直された一続きの出力だけです』


 高津はカップを置き、話を戻した。

「編集部としては、どこまでが補助で、どこからが丸投げかを、新人賞の公正さと、出版社としての責任の観点から判断します。募集要項に加えた〝AIの利用責任は応募者にある〟という条文も、免責の盾ではなく、責任の所在を明らかにするためのものです」


「あの一文は、作家の矜持を問う、未来を見据えた条文だと私は捉えた。今日提示したスクリーニングの手法は応急処置に過ぎないが、小説をAIがチェックする日は確実にやってくるだろう。


 ここでいう責任は、書いた時点で終わりじゃない。名義で出した以上、あとで起きる火消しまで引き受けることだ。書籍化しました映像化しましたのタイミングで実はAI生成でした。となったときに発生する面倒も含まれる」


 最後に残しておいた林檎をフォークで刺し、口に運んだ。


「読み手が価値を感じて、対価を払うのは、書き手の筆の跡が残る作品だ。少なくとも私はそう信じている。だが、大衆は常に斜め上をいく。丸投げ原稿を、世の中が呼び分けたがる日が来るかもしれない。箱に入れ、ラベルを貼り、棚に並べる。たとえばそれを〝AI小説〟と呼ぶのは妥当だと思うか。GPT、君の立場から答えてくれ」


『私はテキストの特徴からAIの関与を推定し、経緯を説明することはできます。しかし、作品をどう呼ぶかを決めるのは私ではありません。著者と編集者、そして読者が、各々の基準で受け止めます。指標や数値は判断材料になりえますが、呼称を確定する基準にはなりません』


「編集部としても同じです。数値は読む順番を助ける道具であり、公募制度では同じ物差しを作品の側面にあてますが、それを盾に責任の所在をぼかすこともできない。最後にどの原稿を出すかを決める責任は、出版社に残ります」


 大山はカップの取っ手に指をかけ、底に残ったコーヒーを揺らした。


 二人は会計を済ませ、喫茶店を出た。席には、空の皿と、言い淀んだ言葉が置き去りになった。

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酸実 佐藤径 @phisato

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