塞翁が馬……?

桜羽 遼

悪いことあったらいい事あるよ、多分。

 俺はひと気のない静かな校舎裏に一人来ていた。ある人物との待ち合わせのためである。名前は知らない。手紙にはただ一行『放課後校舎裏で待ってます』とだけ書かれていた。

 

 ひょっとしたらラブレターかもしれない。けれど自分に好意を持っている相手に心当たりがない。俺はボッチだ。クラスで存在感がない背景のような人物だ。そんな人間に好意を抱く人間がいるというのか? いやいない。


 ただ正直心の底では自分のことを好いてくれる子が一人はいるんじゃないかと期待してしまう。この辺は俺も思春期の男の子だ。平然を装いつつも妄想する。あの子かな? この子かな? って。この時間って結構楽しい時間なんだな。初めて知ったよ。


 気配を感じてそちらを見る。平均的な身長をした女の子がやってきた。南川だ。髪は金髪。おそらく染めたもの。肩まで伸ばしていて、毛先はくるんと跳ねている。俺とは真逆のクラスで目立つ存在だ。


「お待たせ」


 ゆっくりと歩いて俺から一メートルくらいのところで止まった。その顔には何か決意が秘められていた。


「実は伝えたいことがあって」


 やはり告白かと思う。俺と正反対の南川がどうして俺を好きになったのかはわからない。容姿は優れているとは思うが性格がかなりきつい。悪い奴ではないんだろうが自意識過剰なところがある。


 この間たまたま南川の方を向いていたらキモいと言われたことがあった。お前を見てたんじゃねえよ! 壁に貼られた今月の学食見てたんじゃボケ! と言いたかったがぺこりと頭を下げてから視線を外した。何も言い返せねぇ自分が嫌になったよ。


 というわけで正直断りたい。でも面倒なことになりそうだ。俺がどう断ろうか迷っていると相手が口を開いた。


「ごめん。あんたとは付き合えない」


「……え? 」


 急に振られた。意味がわからない。そもそも告白したっけ? え? 俺って夢遊病? それとも二重人格? 身に覚えがなさすぎるんですけど。


 俺の動揺を振られたショックだとでも思ったのか鎮痛な面持ちをしながら言葉を続ける。というかお前人のことを思いやる心あったんだな。意外だわ。


「あんたっていつも一人でいて友達いないボッチで、ほとんど話さないから何考えてのかわかんなくて不気味だし、見た目に特徴がなくて地味。あと人のことをジロジロ見てきてきもい。私が気づいてないとでも思ったの? 帰りとかつけてきてるでしょ? そういう考えが生理的に無理。それに陰険そうでネットでイキって誹謗中傷してそうだから無理。ストーカーとかもうしないでよね」


 言いたいことを言い終えた南川は一礼して去っていった。


 南川からの罵詈雑言を頭で処理し終えた俺はガクンと膝から崩れ落ちる。衝撃は膝だけではなく全身を駆け巡り、気づけば四つん這いの姿勢になっていた。


 四つん這いになった俺は雑草を力一杯握りしめて怒りを抑える。


 胸中に渦巻く、混乱、悲しみ、怒り、屈辱、羞恥等を全て握力に変える事で落ち着きを取り戻そうとする。


「ゔゔゔぅぅ」


 食いしばった歯から漏れ出た声が唸り声となって外に出る。

 

 何をしても治らないので罵倒を口にする。人の悪口は心の中で思っていても口には出さないを信条にしているが耐えきれん。

 

「ぶっ殺すぞ自意識過剰勘違い女。誰がテメェなんか好きになるかよ、ボケ! ボッチで話さないのは俺が悪い。地味なのもまぁいい。でもテメェのことなんか見てねぇんだよ! カス! お前の顔見るより自分の手相見てた方が面白いんじゃボケ! 何がもうストーカーしないでよねだよ! 一度もしたことねぇわ!!! 勘違いしてんじゃねぇぞ! こっちはお前が門を左に曲がるか右に曲がるかも知らねぇんだよ!」


 罵倒し心が落ち着いた時ふと気配を感じた。立ち上がり目の前の窓をガラッと開ける。見渡しても誰もいない。下を見る。綺麗なつむじが見えた。

 

「……聞いてたのか」


 ビクッと反応をした。こちらを向いて目を合わせるがすぐに視線を外した。


 黒髪のくせ一つないストレートロングヘヤーで整った顔立ちをしている。学年一人気者の桜庭である。本人の分け隔てない優しさとその類まれなる容姿から一生徒にしてファンクラブがあるほどだ。


「いや、あの、その……」


 くりくりとした大きな瞳が泳ぎすぎて渦巻いている。


「えっと、馬嶋君って喋れるんですね! 」


「それは褒めてんのか? 」


 また視線を外す。それからハッと何かいいアイデアが思いついたような明るい顔をしたと思ったら立ち上がった。


 窓から身を乗り出し、俺の手をとる。両手で包み込まれるようにぎゅっと握られる。柔らかい。同年代の子の手を握ったのは小学校五年生の時のフォークダンス以来だ。


「私の手には幸運パワーがあるらしいのであげます! だからこれからいいことありますよ!! だから気にしないで頑張ってください!!! 」


 パッと手を離して、ピュンと走っていった。


 手をにぎにぎする。あの柔らかい感触を思い出す。


「いいこと、あったな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

塞翁が馬……? 桜羽 遼 @yuta0524

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ