第1章 二つの顔(後編)

翌日、朝の教室は昨日よりさらに静かに感じられた。紗良はいつも通り、窓際の席に腰を下ろす。周囲の笑い声やノートをめくる音が、まるで遠くの世界で鳴っているかのように聞こえる。


「紗良ちゃん、昨日のテストどうだった?」

友達の声に振り向くと、彼女の笑顔が眩しくて、紗良は思わず目を逸らした。


「えっと……まあ、普通かな」

ぎこちない返事を口にしながら、心臓が早鐘のように打つ。日常のこの平凡さが、いかに危ういバランスで成り立っているかを知っているからだ。


バレそうになる瞬間


昼休み、教室の片隅で一人のクラスメイトがスマホを見せながら囁いた。

「これ、見てよ……神谷颯って、もしかして紗良ちゃんに似てない?」


紗良の手が自然に机の下で震える。息を整え、顔に笑みを貼り付ける。

「そ、そんなことないよね……?」


視線が合った瞬間、胸が押しつぶされそうになった。秘密が、ほんの一瞬で崩れそうな予感に、体中の力が抜ける。


「冗談だよ、気にしないで」

友達は笑いながらスマホをしまった。しかし、その瞬間の鼓動は紗良の心に深く刻まれた。


放課後の葛藤


授業が終わり、誰もいない教室で荷物をまとめる。胸の中は、緊張と焦りでいっぱいだった。

「今日も、誰にもバレなかった……」

小さくつぶやく声に、自分自身を慰めるしかない。


帰り道、夕暮れの光が差し込む街並みを歩きながら、紗良は心の中でシナリオを組み立てる。

「もし、誰かに見つかったら……どうしよう」


頭の中で何度もシミュレーションを繰り返す。怖さと同時に、少しだけスリルも感じていた。二つの世界の狭間で揺れる心は、簡単には落ち着かない。


家での変身


家に着くと、すぐに撮影用の衣装に着替え、メイクの準備を始める。部屋の中は昨日と同じ光景――カメラ、ライト、スタッフの声。


「颯、次は自然に歩いてみて」

鏡の中の自分は、完璧な美男子モデルの顔をしていた。


鏡越しに目を見開き、思わず息を吐く。

「これが私……?」


学校の自分と重ね合わせると、胸がぎゅっと締め付けられる。二つの顔を持つことの孤独、秘密を抱える不安、そして自分自身に対する疑問。感情が渦のように押し寄せる。


章の締め


夜、ベッドに横たわりながら、紗良は天井を見つめる。外の世界では普通の女子高生、家の中では誰もが憧れるモデル。二つの顔を持つ少女の心は、まだ揺れ続けていた。


「明日も……頑張らなきゃ」

小さくつぶやき、目を閉じる。

静かな部屋の中、鼓動だけが二つの世界をつなぐ音になった。


二つの顔――普通の私と、誰もが憧れる私。

その狭間で紗良の一日は、今日もそっと終わろうとしていた。

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