不思議な猫の物語

兎霜ふう

〈海の猫〉のなく頃に

 〈海の猫〉は海にいます。

 〈海の猫〉が鳴けばさざなみの音が響き、尻尾を揺らせば砂浜に水が打ち寄せ、体を捻れば海流が生まれます。

 〈海の猫〉は海の色をしています。明け方は薄青、昼間は真っ青。夜には、紺色の体に月光の銀の縞模様の背中、泡立つ水面の白の足先、珊瑚の色の可愛い舌。

 この日の夜、〈海の猫〉はお散歩をしていました。

 てちてちと、水飛沫を上げながら歩いていきます。空気はひんやりし、涼やかな水と潮の匂いがしています。夏の前、ちょっと肌寒くてお髭がそよそよと揺れてしまいます。

 潮の匂いが濃くなりました。磯に近づいてきたのです。

 ひゃあん。

 猫の声がしました。見回せば、岩場の影に一匹の仔猫が蹲っています。この近くで生まれた子でしょう。みぃみぃと泣いて、親を探しています。けれど周りに他の猫はいません。

 悲しげな泣き声が響きます。

 にゃーおん。

 〈海の猫〉は月を見上げて鳴きました。すると周囲の波が泡立って、きらきら光って弾けていきます。

 弾けた飛沫は集まって、泣いている仔猫の眼の前に来ました。光の粒は丸まって、仔猫の体を包みます。

 にゃおん。

 〈海の猫〉はもう一度鳴きました。仔猫を包んだ光の球が波間を漂い、浜辺へと流れていきます。

 浜辺に打ち上げられた光の球は弾けました。仔猫が転び出ます。

「わぁっ、猫⁈」

 驚きの声が上がりました。眠れずに砂浜を歩いていた青年が仔猫を見つけたのです。

 青年は仔猫を拾い上げ、胸に抱きました。仔猫はもう泣いてはいません。真ん丸な眼をじっと青年に向けています。

 これで大丈夫です。仔猫も、そして青年も、独りぼっちではなくなりました。

 にゃおん。にゃごにゃご。

 〈海の猫〉は鳴きます。ごろごろ喉を鳴らします。海のそばに棲む猫と人を救えたことを喜んで。

 

 〈海の猫〉は海にいます。海にいて、いつもみんなを見守っています。

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