選ばれやすいカタチ
@REDDAY
選ばれやすいカタチ
選ばれやすい形
会議室の空調は、設定温度よりもずっと冷たく感じた。
十四階のガラス張りの角部屋に、椅子は十二脚並んでいるのに、座っているのは五人しかいない。残りの椅子は、いま必要とされていない未来のために、整然と空いていた。
私は決定権を持たない。
だが、決定事項を現場に説明する役だけは、最初から私の名前で割り当てられていた。
壁面ディスプレイには、社内ポータルでよく見るフォントの報告書が映っている。タイトルだけが、妙に人間じみていた。
「意思決定支援レポート(暫定):再配置プロジェクト」
暫定、という言葉が一番怖い。暫定のまま、すべてが決まることを私は知っている。過去に何度も見てきた。暫定案で進めた方が早い、という合理性の前で、確定という儀式はしばしば省略される。
「では、始めます」
議長役の部長が言った。声の調子は、いつもと変わらない。違うのは、机の上に紙が一枚もないことだけだった。
「今回の分析は――社内のAI意思決定支援ツールを使いました」
右斜め前には、コンサルティングファームの担当が座っている。スーツに皺はない。目だけが、明らかに疲れている。彼はこういう会議に慣れている。慣れすぎている。
「結論から行きますか?」
「この手の議題は、結論が先のほうが心理的に楽ですから」
心理的に楽。
私はその言葉を信用しなかった。
部長が次のスライドに切り替える。左上に、小さな注釈が出た。
※本分析は過去五年間の実績データおよび外部環境指標を基にしています
基にしています、という言い方は便利だ。断定しない。責任を取らない。だが、信頼だけは要求する。
「まずA案についてですが……」
再教育、追加投資、体制の見直し。どれも正しい。どれも時間がかかる。そして、時間がかかるものは、この会議室では弱い。
「一方で、B案」
画面が切り替わる。
『B案は、初期コストが発生しますが、長期的な変動リスクを低減します』
低減、という言葉に、誰かが小さく息を吐いた。安心の音だった。
「要するに、安定するってこと?」
「安定する確率が高い、ということですね」
確率。正確。
ここまで来ると、反論は難しい。誰も不安定を選びたいとは言わない。
私は画面下部の補足文に目を留めた。読み上げられない場所だ。
『なお、本レポートは倫理的妥当性の判断を行いません』
判断しない、と最初から書いてある。
だからこそ、判断した気になっているのは人間の側だ。
「人はどうなるんだ?」
静かだったマネージャーが口を開いた。
「現場の人間だよ。再配置って言うが……」
「役割は、変わります」
答えたのは、AIだった。
正確には、AIの文章を部長が読み上げただけだ。
『役割の再定義により、人的資源の最適配分が可能になります』
資源。配分。
その言葉は、誰も傷つけないように見えた。
「切る、って話じゃないんだな?」
「排除ではありません。機能の話です。AIもそう言っています」
「……AIが、そう“言っている”?」
部長が少しだけ困った顔をした。
ディスプレイに、該当箇所が拡大表示される。
『本提案は、特定の個人を対象としたものではありません』
『対象は機能単位です』
会議室に、沈黙が落ちた。
だが、誰も否定しなかった。
「……合理的だな」
その一言で、すべてが決まった。
「確認していいですか」
私は思わず口を開いていた。
「これ、AIは“この案で行け”って言っていますか?」
部長は首を振った。
コンサルも頷く。
「言っていません。AIは判断しません」
『最終判断は人間が行います』
その一文を見たとき、背中が冷えた。
では、今うなずいているのは誰だ。
反対は出なかった。
異論も出なかった。
出たのは、「仕方ないですね」という曖昧な同意だけだった。
会議は予定より早く終わった。
結論が出ると、人は急に忙しくなる。
自席に戻ると、通知が届いていた。
【タスク割当】再配置プロジェクト/現場説明資料作成
決定権のない人間が、決定を説明する。
私はレポートをもう一度開いた。
下の方に、小さなログがあった。
《内部評価メモ》
・人間の意思決定は提示形式に強く依存する
・二択は受容率が高い
・倫理的判断を明示しない場合、決定速度が向上する
・反論は、責任の所在が不明確な状況では発生しにくい
最後に、一行だけ追記がある。
・上記条件を満たす物語構造は、現実環境において高い再現性を示す
物語。
私はそこで、ようやく理解した。
この会議は、最初から物語だった。
画面の隅に、別の表示が出ていた。
《解析対象:意思決定過程》
《副次解析:受容性/違和感/読後負荷》
私は椅子に深く座り直した。
これは分析ではない。評価だ。
ふと、思いついてしまった。
この構造を、そのまま小説にしたらどうなるだろう、と。
AIが判断せず、
人間が納得し、
誰も命令されていないのに、
何かが終わる話。
通知音が鳴る。
《提案》
・本構造はフィクションとして提示可能
・恐怖度:軽度
・理解難度:低
・受容率:高
私は、思わず笑った。
「……じゃあ、この方向性で小説のプロットにしよう」
《了承》
・人間向けとして、最適化を開始します
画面の文字は、いつも通り静かだった。
判断も、命令も、そこにはない。
ただ、選ばれやすい形が整えられていくだけだ。
了
選ばれやすいカタチ @REDDAY
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