アースタウンで夕食を -異世界転勤者の休息-

未来屋 環

香川出身者、異世界に転勤。

 ――見知らぬ地で出逢う慣れ親しんだ食い物というやつは、何故こうもうまいのだろう。



 『アースタウンで夕食を』/未来屋みくりや たまき



「はぁ……」


 本日最後の営業先を出た俺は全力で作っていた愛想あいそ笑いを消してため息を吐く。

 今日も疲れた。俺は夕暮れの商店街をとぼとぼ歩く。


「お兄さん、一杯どう?」


 いきなり話しかけられて顔を上げると、そこにはワシの頭をした男が立っていた。

 こちらの世界に転勤してきた直後はいちいち心臓が止まりそうになっていたが、3ヶ月も経てば慣れたものだ。

 俺が「いや、いいです」とはっきり断ると、ワシ男は「残念、また来てくれよな!」と言い残しどこかに羽ばたいた。新しい客でも探しに行くんだろう。

 日本に住んでいた頃のように目を合わせず通り過ぎようとして散々さんざん付きまとわれた苦い思い出が霧散むさんし、俺はほっと胸をなで下ろす。


 そもそも何故俺はここにいるのだろう。

 同期の中でも営業成績は良い方で、自分で言うのも何だが出世頭しゅっせがしらだと思っていた。

 異動先もだいぶ前から海外を希望し、課長からも「ちゃんと本部長に掛け合っているから」と評価面談の度に聞かされていた。


 それが、辞令の封を開けてみれば――異世界?


 確かにサラリーマンはどこにでも転勤の可能性があるし、育児や介護など何かしらの事情がなければそれを断れるものでもない。

 ましてや俺は独身だし、幸運なことに両親ともピンピンしている。


 だからといって、異世界でしょうゆの拡販かくはんは厳しくないか?

 そもそもしょうゆ、異世界で需要あるのか?

 たとえばあのワシ男、食い物にしょうゆかけるか?


 言いたいことは山程あるが、雇われ者の運命とあらばどうしようもない。

 せめてもの景気付けに、今晩は予定通りあの店に行くこととしよう。

 俺は夕闇に沈み始めた街をそそくさと後にした。


 ***


「おまちどおさま、月見うどんです」


 カウンターに座った俺の目の前に、重みのある丼がごとりと置かれる。

 上品なだしの香りが立ち昇り、俺は思わず笑みを浮かべた。



 ――ここは地球人たちがつどう街、アースタウンの一角。

 世界各地にチャイナタウンがあるように、俺のように地球から異世界にやってきた人々はこの街で羽を休めている。

 ありがたいことに、ここにくれば地球に存在するメジャーな料理には大抵ありつけるのだ。

 とはいえ決して安いわけではないので、普段は自炊か異世界ローカルフードで食いつなぎ、毎週金曜日の夜1週間頑張ったご褒美としてここを訪れることにしている。


 今日は俺の故郷、香川県のソウルフードを出すうどん屋にやってきた。

 周囲を見渡してみれば、俺のような日本人に限らず他のアジア人や西洋人、そしてアースタウンに観光に来たであろう異世界人もいる。


 某有名うどんチェーン店の売上1位はハワイのワイキキにある店舗だと聞いて驚いた記憶があるが、確かに希少性という意味では日本国内のそれよりも段違いのありがたみがある。

 異世界への移住者は年々増えているというし、この前お客さんから聞いた話だとアースフードブームがじわじわと異世界をも侵食しているらしい。

 この調子でいけば、このうどん屋の売上は更に跳ね上がるだろう。



 まぁそんなことは置いておいて、とにかく今は目の前のうどんを頂くことにしよう。

 レンゲでつゆを一匙ひとさじすくい口に運ぶと、ほっとする味が口内に広がった。

 次に麺を手繰たぐって一息にすする。

 小麦の味がしっかりとする麺はモチモチと歯を押し返し、咀嚼そしゃくするごとに俺の心を満足感が包み込んだ。


 透明な玉子の白身がほんの少しだけ白く色付く様を見ながら、いつ黄身を割ってやろうかと心の中で算段する。

 もうそろそろ良いかと箸で黄身をつつけば、とろりとしたオレンジ色が白い麺とつゆを控えめに彩っていった。

 一昔前は地球上ですら海外で生卵を食べるのは躊躇ちゅうちょしたというのに、今では異世界でも生卵が食べられるなんてありがたい限りだ。

 俺は最高の味変を楽しみながらうどんを食べ進めていく。


 つゆを最後まで飲み干し、丼をカウンターに置いたところで店主と目が合った。

 うどんのうまさに十分癒された俺は、笑顔で「ごちそうさま、おいしかったです」と伝える。


 すると、少し強面こわもての店主が表情を少しだけほころばせて言った。


「ありがとうございます。それもこれも、お客さんが日本から運んできてくれるしょうゆのお蔭ですよ。慣れない地でのお仕事は大変でしょう。いつもおつかれさまです」


 その言葉に、俺の項垂うなだれていたはずの心がむくりと起き上がる。


 ――何、そんな一言でやる気が出るなんて、随分と単純なやつだって?

 いいじゃないか、別に。

 だって、俺の仕事がこんな幸せにつながっているなんて、嬉しい話だろう?


「こちらこそ、いつもおいしい食事をありがとうございます」


 俺は店主にそう伝えて店を出た。

 夜空を見上げると、先程食べたうどんのように月がぽかりと浮かんでいる。

 俺は珍しくいい気分で、ムーン・リバーを歌いながら帰路きろに着いた。



(了)

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アースタウンで夕食を -異世界転勤者の休息- 未来屋 環 @tmk-mikuriya

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