入学式(瀕死)
「――――――――っ!?」
全身がビクッと震え、微睡に落ちていた意識が現実に立ち返る。
惚けた声を出そうとする口を慌てて手で押さえ、揃いの制服を着た周囲の人たち、わたしの同期となる彼ら彼女らに不審がられないように、視線だけを右に左にと動かし状況を確認する。
わたしに注目している人はおらず、皆、前方の壇上に立つおじさん、おそらく学園長だと思われる、へ視線を向けていた。
どうやらわたしが眠っていた、いや、意識を失ってしまっていたことはバレていないらしい。その事実を受け、小さく安堵の息が漏れた。
つい先ほどまで、懐かしく暖かい、そんな、遠い日の木漏れ日のような夢を見ていた気がする。
が、そんなこと、今のわたしには心底からどうでもよかった。
――――もうなんでもいいから今すぐおうちに帰りたい。
それが、今のわたしが心の底から希う、たった一つの望みだった。
ああ、どうしてわたしはこんなところにいるのだろう。
絶対に、確実に、間違いなく、こんな場所、わたしには不釣り合いだった。
だって、周りにいる人たちはみんなキラキラしている。特別に何かしているわけでもなく、推定学園長の祝辞を座って聞いているだけなのに、わたしには絶対に出せない、希望に満ちた輝かんばかりのオーラを放っているのだ。
彼ら彼女らから溢れているのが正のオーラとするのなら、きっと、わたしから滲んでいるのはドス黒くくすんだ負のオーラといったところか。期待に胸躍らせる周囲の人たちとは比べるべくもなく、わたしは現状に絶望しかしていないのだからそれくらいが妥当だろう。
帰りたい。今すぐ帰りたかった。ああ、でも帰れないんだ。
ううっ、あの血も涙もない薄情者のせいで、わたしはこんな異国の地に一人…………。もしキラキラオーラに焼かれて死んでしまうようなことがあったら呪ってやる!!
わたしはそうやって心のうちで軽口を叩く。正直軽口になっているのかはわからないが、それでも何か考えていないと精神的に死んでしまいそうだった。
だって、生まれてから16年、こんなにたくさんの人に囲まれるなんて初めてのことなのだから。
わたしは、自他共に認める大の人嫌いだ。
どれくらい人のことが嫌いかといえば、親しい人、とはいっても片手の指で数えられるほどだが、以外の人と一緒の空間にいたならば、ものの数分で体調を崩してしまうほどだ。
この、体調を崩してしまうというのはとてもソフトな表現で、ぼかさずにいえば胃の内容物が空になったりするということである。
そんなわたしが、なぜこんなに人がたくさんいる空間に長時間いられるのか。それはあの独裁者が、わたしが屋敷を出る際、今日のためにと効き目抜群の吐き気どめの薬を用意してくれていたからだった。
いや、わたしが苦しまない方向で助けてよ。あの人が薬を渡して来たとき思わずそうつっこんでしまったが、このことについては絶対にわたしは悪くないはずだ。
…………入学式が始まってからいったいどれほどの時間が経ったのだろうか。わたしではその問いの答えはわからない。だって現実に耐えきれず途中で何度か失神していたし。
はっきりいって、わたしの体は、そして精神は、すでに限界だった。
このままではあまりのストレスに耐えきれず、誇張抜きに死んでしまうのではないだろうか。
わたしとしても流石にこんなくだらない理由で死にたくはなかった。死因が人に囲まれたストレスだなんて、動物でももう少し頑丈だろう。
だが、このままではそれが現実に起きてしまうのだという嫌な確信が、わたしにはあった。
ならばどうすればいいのか。頭の中をひたすらに漁り回り、ああでもないこうでもないと悩むことしばし、そうして閃く。
――――そうだ、魔法を使って無理やり意識を失ってしまえばいいんだ、と。
これまで何度も失神しているけど周りの人から何も言われてないし、口うるさく注意してくるあの薄情者のような人もいない。第一、このまま我慢して死んでしまったり、あるいは人としての尊厳を失ったりするよりはずっといい。
咄嗟の思いつきではあるが、それでもいい考えに思えた。きっと、白目を剥いたり簡単に意識を取り戻せないかもしれないが、それも許容範囲内、背に腹はというやつだ。
この言葉の使い方が本当にこれで合っているのか怪しいところだが、今はそんなことどうでもいい。
やることが決まればあとは早かった。
わたしは懐に入れていた自作の杖、金属製で杖というよりも指揮棒といった方が形としては近いだろう、に手を伸ばし、自身を対象に眠気を引き起こす魔法を発動した。
他の人に影響が出ることはない、と思う。多分、きっと、おそらく。まあ、もし仮に影響が出てもわたしが犯人だという証拠はないし大丈夫だろう。
魔法を発動してすぐ、瞼が重くなってきた。
現状のような絶望的場面において真っ当に眠気が訪れるのかという懸念点はあったが、どうやら問題はないようだ。むしろ効力以上に眠くなっている気すらする。
おそらく、精神があまりにも疲弊していたため、わたしの体が本能的に睡眠を求めていたのだろう。
周囲360度を人に囲まれた状態ながら、強烈な眠気がわたしを襲う。
そして、わたしはそれに抗うことなく、再び訪れた微睡に身を任せるのだった。
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