神様からの誕生日祝いは何故か巨大なツリーでした。

石動なつめ

第1話


 私は誕生日というものに縁がない。正確には祝ってもらった記憶がないのだ。

 この世に生を受けて三十二年。人生百年時代と呼ばれる今、その三割を過ぎてなお、私はロウソクの立った誕生日ケーキも、自分のためのバースデーソングも聞いたことがない。

 理由はシンプルだ。複雑な家庭環境だった、それだけである。


 そんなある日のこと。うちの近所に住む『神様』が、とんでもないことをやらかした。

 私の家に巨大なクリスマスツリーを出現させたのだ。

 給料とボーナスを貯めて購入したばかりの木造平屋の古民家。

 その真ん中に、まばゆい電飾が輝くクリスマスツリーが生えている。


 仕事を終えて帰宅した午後八時。残業続きで疲れていたこともあり、悪夢でも見ているのかと思った。

 しかし家の前で、神様がおろおろしている様子を見て「ああ、現実なんだな」と理解した。

 私の家は、何故こんなことになっているのだろうか。

 ずれかけた眼鏡を直し、恐らく犯人であろう神様に訊ねることにした。


「神様、クリスマスは数日前に終わりましたよ。これは一体何ごとですか?」

「い、いや、その……じ、実はだな、斎藤……」

「はい」

「あの、ほら……だって今日は特別な日だって聞いたから」

「特別? 何です?」

「斎藤の誕生日なんだろう? だから祝ってやろうと思ってだな」


 女性にも男性にも見える、とても整った顔立ちをした神様は、何とも美しい憂い顔を浮かべながらそんな言い訳をしている。


「誕生日?」


 思わず自分の目が丸くなったのを感じた。私は神様に自分の誕生日がいつかなんて話した覚えがないからだ。

 私が首を傾げていると「違うのか!?」と神様は焦った顔になった。


「ああ、いえ。確かに今日は私の誕生日ですが……」

「そ、そうか。良かった……」

「それがどうして、馬鹿でかいクリスマスツリーを立てることに繋がるのですか?」


 話しながら私はクリスマスツリーを見上げる。

 クリスマスのイルミネーションで有名な観光地には、こういう大きなクリスマスツリーが立っているのは知っている。

 しかし、あれはあくまでクリスマス用だ。誕生日にクリスマスツリーを連想するのは、少々不思議である。

 しかもこの神様は日本の神様だ。門松が立っている方が、時期的には少々早いがまだ理解できる。


「我は田中に聞いたのだ。十二月の末に生まれた者は、誕生日をクリスマスと一緒に祝われることがあると! 斎藤もきっとそうだと! そうだろう!?」


 神様はずいっと私に近づいて、そう訊いてきた。


(田中さんか……)


 田中というのは、近所に住む噂好きの主婦だ。

 世話好きで気さくな人なのだが、どうにも彼女は、私と神様が交際関係にあると思っているようで、困ったことに色々とお節介を焼いてくれるのだ。

 この神様も裏表がない性格なので「斎藤さんと仲が良いのね」なんて言われると「そうだぞ! 我と斎藤は仲良しだ!」と満面の笑みを浮かべて肯定するから、どんどん話がおかしな方向へ転がって行く。

 先日は田中さんの知人のウェディングプランナーが、営業スマイルを浮かべて資料を持って来たばかりだ。話の展開が早すぎる。

 

「斎藤にはいつも世話になっているからな。現代のことをよく知らない我のために、色々と教えてくれるだろう? とても感謝しているのだ。だからそのお礼をしたいとずっと思っていてな。そうしたら、斎藤の誕生日が今日だと言うではないか。これは祝わなくてはと思ってな!」


 私が若干遠い目になっている間に、神様はこうなった経緯を教えてくれていた。

 神様に悪意がないのはよく分かっている。知り合ってまだ一年くらいの付き合いだが、神様はお人好しで、困っている人を見かけると何とか助けてやりたいと考える方なのだ。

 しかし神様はルールで、直接人を助けることは禁じられているらしい。そこで私は神様に頼まれて、そういう人たちを手助けしているのだ。

 ちなみに私は別にこの神様の氏子ではない。

 残業帰りに、たまたま立ち寄ったラーメンの屋台で、隣の席に座っていたのが神様だったのだ。

 自分のことを「神様だ」と称していたので、最初は危ない人なのだろうと思ったのだが、話をするうちに妙に意気投合し、お酒が入ったこともあって、軽い気持ちで承諾したらこうなった。

 あの時は本物の神様だとは夢にも思わなかったが……。


(お祝いか……)


 私はクリスマスツリーを見上げながら、何だか感慨深い気持ちになった。

 誕生日なんて祝ってもらったことなど、生まれてこの方一度もなかったし、この先も祝われることなどないと思っていたからだ。

 まさか神様に初めての誕生祝いをしてもらえるとは、人生とは何が起こるか分からないものだ。


「斎藤! どうだ、我のお祝いは! 完璧であろう!?」


 神様は期待に満ちた眼差しで私を見ている。

 完璧かどうかは私には分からない。

 けれども、誕生日を祝おうとしてくれた神様の気持ちは、純粋に嬉しい。


「——ええ、完璧です。ありがとうございます、神様。とても嬉しいです」

「そうか! ふっふーん、そうだろうそうだろう! 誕生日ケーキも用意したぞ! 田中がおすすめしてくれたお店のだ! 苺がいっぱいのっているのだぞ!」

「それはすごい。神様、苺好きですもんね」

「そうだとも! ……あっ、いや、違うぞ! 確かに我は苺が好きだが、ちゃんと斎藤が好きそうなのを選んだのだ!」

「ふふ、ありがとうございます」


 私はお礼を言って、それからもう一度クリスマスツリーを見上げた。


「ところで、私の家は直りますか?」

「…………」


 神様はサッと目を逸らした。

 どうやら明日の休みは、丸一日家の修繕作業になりそうだと思いながら、私は神様と一緒にクリスマスツリーが真ん中に立ってしまった家の中へと入ったのだった。


 

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神様からの誕生日祝いは何故か巨大なツリーでした。 石動なつめ @natsume_isurugi

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