12月12日『ドミノ市』

 ドミノが好きなんだ、と彼は語った。都市の真ん中にあるカフェで私は彼と向き合っていた。静かな席だった。

 彼は私の幼馴染で、高明な建築家だった。この街じたいを僕がつくったと言っても過言ではないね、と彼は豪語した。ならこのカフェも? ああ、素敵な造りだろう。

 ドミノは良い、と彼はコーヒーカップに口を付けながら言った。些細なきっかけですべてが壊れるのが最高だろう、と。

 私は理解ができないながらもなんとか答えた。それって、時間をかけたものが壊れてしまうことへの——なんというか、倒錯した歓びってやつ?

 彼は間髪入れずに首を横に振った。そんなサイコじみた話じゃないよ、ただ、僕は本当の青空ってやつが見たいんだよ。

 ……どういうこと?

 君はこの街に来て空を見上げたことはあるかい? どう思った? と彼は訊いた。私は素直に答える。

 高層ビルが立ち並んでいるせいで狭いね。特に田舎住まいの私には。

 彼は我が意を得たりとばかりに頷く。そうだろう、でもね、この摩天楼が根こそぎ崩れ去ったあとに見える空って、いちばん広いと思わないか? そして一息で続けた。美しい青空もそれを綺麗と思う感情もすべて、解放という変化がなければ起こらないのさ。そしてそれをもたらすのが、まさしくドミノなんだよ。言っただろう、この都市は私がつくり上げたんだって。

 私は曖昧に相槌を打ちながらコーヒーに口を付けていた。彼は構わず私の目を見て言った。今日は雲一つない晴れだ。ドミノの最初の板を倒す絶好の機会だとは思わないか。

 そうして彼は私たちのテーブルの横の壁をトン、と軽く押した。

 崩壊が始まった。

 轟音を立ててカフェの壁が崩れ落ち、慌てて周りを見れば信号機も、向いのビルも、都市のすべてが崩壊を始めていた。やがて、灰色の大地と果てしなく青い空が視界を二分した。

 目の前では彼が微笑んでいた。コーヒーカップを飲み干して天を仰いでいる。そして私に告げた。上を見ろ。

 ……まだ青くないものがあるだろう。

 そして彼の肉体もまた、ドミノのようにカチャカチャと音を立てて崩れていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る